鎮静
B棟3階奥通路。ナミは天候棒を操り、キャンディを求め暴れる子供達を止めようと必死に戦っていた。
ロビン、チョッパーもそれに続く。
ナミは天候棒を子供達に向けた。
子供達を、傷つけることなく、足止めするために、
その棒の先端から、煙幕のように雲を生み出す。
「”ミルキーボール!”」
たった一人、正気の少女モチャがキャンディを持ったまま逃げる。
モチャは、そのキャンディがどのような代物か、チョッパーから聞いてもう知っている。
息を乱しながらもひたすらに逃げた。友達に食べさせるわけにはいかない、と、必死で。
ナミは眉を顰めた。
子供達を傷つけたくはないが、
興奮状態の子供達はキャンディを寄越せと叫び、暴れ、止まらない。
「らちが明かない!どこまで逃がせば良いの!?」
ロビンが額に汗を滲ませながら、一人の子供をその能力で拘束し、
その隙にチョッパーが鎮静剤を打つ。
ローとがモネを連れ出したおかげで、手に入ったものだ。
子供は暴れるが、鎮静剤を投与した瞬間、大人しく、正気の目を取り戻す。
チョッパーは安堵しながらも、歯噛みする。
「これでまた一人・・・!でも、こんな地道な作業じゃ、きりがねェ・・・!」
モチャが階段を進む。
研究所の内部、ビスケットルームと呼ばれる子供部屋の他をほとんど出歩かせてもらえなかった
モチャには、もうその階段を降りていいのか、上れば良いのかさえ分からない。
その時だ。
目の前に友達だったはずの子供達が、凶暴な目つきでモチャの前に現れたのは。
思わず悲鳴を上げたモチャの手からキャンディを奪おうと、子供達が暴れる。
その様子に気づいたナミが叫ぶ。
「回り込んでる子達が居た!」
「まずい!キャンディを奪われたら、また振り出しだ!」
モチャは懸命にキャンディの包みを抑える。
「止めて!絶対に渡さない!」
「うるせー!独り占めするな!」
「これは、身体を壊す薬なんだよ!?お家へ帰れなくなるよ!?」
モチャが諭そうとするが、子供達は全力でキャンディを奪おうと必死だ。
もう、どうしようもない、そう思い、モチャが覚悟を決めた、その時だった。
モチャの周囲に居た子供達がぱたぱたと倒れる。
「え・・・?」
戸惑うモチャの耳を、優しく、甘さを含んだ声が打つ。
「頑張ったのね、偉いわ、お嬢さん。
あとは私が何とかしてあげる」
「・・・!?」
突然現れた声の主がキャンディをモチャから取り上げ、
空中高く放り投げた。
そしてそのキャンディにアルコール消毒液の瓶をぶつけ、
そのまま敵兵から奪った短銃で撃ち抜く。
キャンディの包みはみるみる燃え上がった。
キャンディが燃え尽きるのを見て、
他の子供達が怒りの声を上げた。
「ああっ!?キャンディが!」
「お前、何すんだ!?」
「あら、悪い子ね、医者の言うことは聞いとくべきよ?
ねぇ、チョッパー君?」
「・・・!」
その二つ名の通りの白いコートを翻し、
白衣の悪魔、・は微笑んだ。
その目に青白い光を灯して。
「薬物中毒患者なら、私の”魔眼”はよく効くわ。
”鎮静”!」
の魔眼を受けた子供達がその瞳に正気を灯して行くのを見て、
チョッパーは息を飲んだ。このペースなら、きっと全員鎮められる。
そして子供達の怒りの矛先は全て、キャンディを燃やしたに向けられている。
必然としての目を見てしまい、
魔眼を受ける子供達は段々とその動きを止めて行く。
「どういう状況だ?!」
「ガキ共は無事か!?」
「海軍に、サンジ君!?」
「今、が子供達を引き付けているわ!助太刀を!」
いつの間にか現れたG-5の海兵達とサンジにロビンが言った、
サンジは聞き慣れない名前に首を捻り、に目を向ける。
「あれは、トラファルガーの船のお姉様!?」
暴れる子供を次々と魔眼で正気に戻しながらも、は状況を把握したらしい。
G-5が戸惑っているのを見て叫んだ。
「来たなら手伝いなさい、G-5!
後ろの方に居る子には、私の目が届かないんだから!
鎮静剤くらいは打てるでしょう!」
サンジはハッとして、G-5に指示を出した。
「医療班前へ!」
「イエッサー!!!」
海軍に指示を出すサンジに驚くチョッパーへ、サンジは声を荒げる。
「チョッパー!こいつら使え!注射くらい打てる」
「え!?うん!」
「よォし、大人しくなってもらうぜ、ガキ共ォ!」
まるで誘拐犯のように悪い笑みを浮かべるG−5が何故か今は頼もしく見える。
殆どの子供達が鎮静されたのを見て、はその場に膝を着いた。
目頭を抑え、肩で息をする。
「!大丈夫か!?もしかしてその魔眼って、お前の負担になるんじゃ・・・!」
「気にしないで。慣れてる」
ロビンに頼んでの側へ寄ったチョッパーは殆ど泣きそうだった。
そのチョッパーをはなだめるように撫でる。
「チョッパー君・・・状況が状況だったから、割と強めに鎮静したわ。
副作用は出ないと思うけど、後で念のため見てあげて。
ごめんなさいね・・・私はもう一仕事あるから今すぐに治療の手助けは出来ない。
また後ほどお会いしましょう」
そのままはゆっくりと立ち上がり、海兵に指示を出していたサンジへと近寄る。
「あなた黒足の、サンジ君?このまままっすぐ行けばR棟。出口がある。
あなたが先頭に立ってくれたほうがありがたいわ。・・・頼むわよ」
「お、お姉様・・・!このサンジ、謹んで承りましたァ!!!」
目をハートにしたサンジの返事を聞いているのか居ないのか、
はナミとロビンに向き直る。
「子供達のこと、任せたわ。私に出来るのはここまで。
ロー船長はどうせD棟で暴れてるでしょうし、
シーザーもガスを研究所全体に入れだす可能性がある。
猶予があるとは言ったけど、いつまでここが無事かは分からない。
なるべく急いで出口に向かってちょうだい」
「・・・!わかった!」
「ふふ、船長のワガママに振り回されるのは、どこの船員も同じかしら」
頷いたナミと、ロビンの軽口に、は微笑む。
「まったくだわ」
「まって!一仕事って、あんた、大丈夫なの?
・・・ふらついてるように見えるけど」
ナミの言葉に、は振り返り、その真剣な心配の眼差しに少し驚いた様子を見せた。
それからクスクスと笑い出す。
「なっ、なにがおかしいのよ」
「フフフッ、最近女の子から好かれることが多いと思ってね・・・」
「ハァ!?」
思っても居ないことを言われて唖然とするナミの横で
サンジが目をハートにしたまま身をくねらせている。
「お姉様を心配するナミさんも素敵だァー・・・!」と口に出したせいで、
ナミからは拳骨をプレゼントされることになったが、それでも嬉しそうである。
その様子を尻目にが立ち去ろうとすると、駆け寄って来た子供が居た。
巨大化した彼女はの前に立つと、目線を会わせるようにしゃがむ。
モチャだった。
「あの、?お姉さん?」
「ええ、そうよ。私の名前は。
頑張ってた子ね。友達のために、キャンディを渡さなかったのでしょう?」
が問うと、モチャはこくりと頷いた。
「わたし、あのとき凄く怖かった・・・お姉さん、ありがとう!」
は目を細める。それから微かに目を伏せた。
「きちんと治療なさい。そうすればきっと、素敵な大人になれるわ」
「お姉さんみたいに?」
モチャの言葉に、は驚き、やがて眉を顰める。
幼気な眼差しに、彼女にしては珍しく戸惑いを露にしていた。
「・・・私のようになってはいけないわ、海賊ですもの」
その場から逃げ出すように、は剃を使い、去って行った。
ロビンがその一部始終を見て笑っている。
「ウフフ、海賊らしくないのは、彼女も同じね」
※
子供達を麦わらの一味に任せ、はD棟へと歩を進めていた。
鈍い音がしたかと思うと、天井が一瞬重力を無視したように浮き上がる。
は笑みを浮かべた。
ローだ。
随分と派手に能力を使ったらしい。
ここまで強力な能力を使ったと言うことは、心臓を取り戻せたのだろう。
本調子になれば、ヴェルゴとの戦闘において、ローが遅れを取ることはまず無いはずだ。
天井が浮く程の斬撃は、SADを切り捨ててみせたのだろうか。
はその瞬間を見てみたかったとも思ったが、
子供達を気にかけていたことを、後悔はしていない。
段々とローの描いた筋書きの通りにことが運んでいる。
あとはシーザーの誘拐をルフィが成功していれば良いのだが、
破天荒で自由奔放なルフィが、あの性根の悪いシーザーを素直に”誘拐”するだろうか、と
は僅かに不安に思う。
だが、ローの悪運の強さは、類を見ないものがある。
今まではローの隣で、幾度も命の危険を味わい、
綱渡りのような駆け引きを海軍や他の海賊団と繰り広げて来たが、その度に感じるものがある。
周到な計画や策謀を描く頭脳もローの力ではあるが、
天性の勘の良さのようなものがローを生き延びさせているように感じさせる時があるのだ。
それは、麦わらのルフィにも通じるところがあるようだ。
おそらくは、大丈夫だろう。
は目を眇め、その部屋の前で足を止めた。
厳重なセキュリティで守られていたはずのその部屋の扉は、
ずたずたに切り刻まれている。
「D棟、SAD製造室。遂に来たわ。
それにしても・・・ローも随分と手荒に侵入したようね」
足を踏み入れると、SADのタンクがまっぷたつに割れているのが目に入ってくる。
戦闘の痕だろうか、至る所に血飛沫が飛んでいる。
ローは既にこの部屋を後にしたのだろう。
姿は無かった。
は製造室の横にある研究室へ足を運ぶ。
そう時間も立たないうちに、探し物は見つかった。
SADのレポート。
これをシーザーの前で焼却し、がシーザーに手術を施すことで、
当初ローと描いた計画は完成するのだ。
はレポートを抱え込むと小規模な爆発が起きつつあるその部屋を出ようとしたが、
何者かに足首を掴まれたような感触を覚え、足元を見る。
「・・・へぇ?」
それは確かに手首だった。
グローブを嵌めた手の主に、は覚えがある。
は足首を掴む手を、掴まれた方とは逆の足、靴の踵で踏みにじる。
僅かに気配のした方を探れば、その男と目が合った。
は自身の唇に、残忍な笑みが浮かんだのを自覚しながら、手首を掴み、男に近づいた。
二つに分たれた頭・・・それなのに彼は生きている。
ローのオペオペの能力は残酷だ。
一思いに殺してやれば、彼もこのように、
へ屈辱と怒りに燃える眼差しを向けること無く、
安らかな闇の中で眠れただろうに。
「ご機嫌いかが?”海賊”ヴェルゴ」