人間性なき科学

雪の中、笑顔で手を振る麦わらのルフィと、
様子を伺う麦わらの一味に、は口角を上げる。

「随分懐かれたわね、ロー船長」
「・・・」

ローは何とも言い難い表情でルフィを一瞥する。
どういうわけか行動を共にしているらしい、
茶ひげの身体から降りて、近づいて来たルフィは
なんのてらいも、ためらいもなく2年前のローの行動に感謝の言葉を口にする。
ローは無視し続けることは出来ないと思ったのか息を吐いた。

「よく生きてたもんだな、麦わら屋。
 あの時のことを恩に感じる必要はねェ、あれはおれの気まぐれだ。
 ・・・おれもお前も海賊だ。忘れるな」

ローが口にしたのは突き放すような言葉だったが、
ルフィは手配書の通り、海賊らしからぬ笑みを浮かべてみせる。

「ししし!そうだな、ワンピースを目指せば敵だけど、
 2年前のことは色んな奴に恩がある。
 ジンベエの次にお前に会えるなんてラッキーだ。
 本当ありがとな!」

沈黙で返すローに、は目を細めた。
このイレギュラーをどう扱うかはロー次第だろうが、
も一言、ルフィに言いたいことがあるのだ。

白いコートを翻して、はルフィの前に立つ。
髪も服も白いは、どうやら雪にとけ込んでいたらしい、
ルフィはそこで初めてに気がついたようだ。

「んん?お前、どっかで見たような・・・」
「あら、忘れちゃったの?
 生憎と私の方は忘れてないわよ。麦わらのルフィ。
 あの時は・・・私の肩を砕いてくれたわね?」
「えっ!?・・・あっ!」

ルフィがまじまじとの目を見つめた。
最初は首を傾げていたが、直に思い出したのか
雪が降っているというのに滝のような汗をかいている。
どうやら覚えていたらしい。

「ごめんっ!あんときは・・・!」
「別に良いわ、治ってるもの。ちょっと意地悪したくなっただけよ」

が揶揄うように言うと、ルフィはむっとした様子で頬を膨らませた。

「お前・・・」

なにかに言いたそうなルフィだったが、その場に押し掛けた海兵に遮られた。
スモーカーと知り合いなのか、手を振るルフィに、は眉を上げる。
ローへの親し気な様子や表情など・・・やはり随分と海賊らしからぬ青年だ。

G-5の連中も騒いでいる。
気絶したスモーカーに、心臓がないことに気がついたらしい。
たしぎがその目に涙を浮かべ、ローに切り掛かってきた。

ローは軽くため息をついて、その能力を発動する。
先ほど麦わらの一味にも使った力だ。

「よせよ、そういう泥臭ェのは嫌いなんだ」
「・・・誤解されてもしょうがないとは思うけれど」

人格の移植手術。
瞬時にたしぎと、スモーカーの意識を入れ替え、
ローはたしぎの動きをいとも簡単に止めてみせた。

その人知を超えた能力に麦わらの一味の剣士、ゾロが警戒を露にするが、
状況が状況だ。
ひとまず彼らはその場から逃げることに決めたらしい。

急ぐルフィに裏口へ回る様指示したローは、研究所内部へと歩を進めた。
扉が閉まったところで呟く。

「そろそろ心臓を取り戻しておかねェとまずいな」
「・・・だから後回しにするもんじゃないって言ったでしょう」

の呆れに、ローは言葉を返さない。
はここ数ヶ月再三してきた忠告を聞かなかったローをじろりと睨む。
ローは帽子を目深に被り直し、呟いた。

「まさかここまでのイレギュラーが起きるとは思っていなかった。
 ・・・想定外だ」
「でしょうね。
 さて、G-5と麦わらを加えて相手にするなら、
 計画も軌道修正すべきだろうけど。
 ・・・どうするつもり?」
「そうだな」

ローはしばらく沈黙していた。
思いの外早く、考えがまとまったのか、
いつかの手配書と同様に、不敵な笑みを浮かべてみせる。

「麦わら屋には、暴れてもらおうか」



R棟。
顔を出したローとに、ガスを纏った男が近づく。
シーザーは怒っていた。

「てめェ、なんてことしてくれた、ロー!」
「文句があるのはコッチだ、シーザー」

ローが応接に使われるソファに乱暴に腰掛けた。
その背もたれにが立ったまま腕を置く。
モネも今回は話に加わる気があるらしい、シーザーの向かいのソファに腰掛けている。
シーザーは憤懣やるかたないと言わんばかりに怒鳴りつけた。

「海軍に怪しまれると困ると言っただろうが!」
「では、きちんと麦わらの一味の件、情報を共有しておいてもらいたかったわね。
 そもそも、あなた達の他に人が居るとは聞いてないわよ。
 以前説明を受けたかしら?覚えが無いのだけど」

の皮肉に、シーザーが唇を引き結んだ。
は目を眇めてシーザーに甘ったるく囁く。

「我々の過失では無いことを頭の片隅に留めておいて欲しいわ」
「だが・・・!」
「うるさく言うだろうと思ったよ。土産だ、受け取れ」

ローがテーブルに転がすように放った心臓に、シーザーが目を丸くする。
補足するようにローが言った。

「海軍G-5、スモーカーの心臓だ」
「・・・気の利いた土産だ。
 既に海軍側に兵は送ってあるが、これじゃあもう勝負は見えてるなァ」

ようやく機嫌を直したらしい。
意地の悪い笑みを浮かべながら、シーザーはその心臓を手に取って眺め回している。
モネは何も言わず、本のページを捲っていた。

「麦わら屋の方はどうするつもりだ?」
「ああ、やりすぎかとは思ったが、イエティ COOL BROTHERSを行かせてる」
「・・・”雪山の殺し屋”ね」

が合いの手を打つ。

イエティ COOL BROTHERS。
それなりの実力者である。
単純に戦闘能力で比べるのなら麦わらたちのほうが優位だろうが、
絡め手を使う殺し屋の彼らは甘く見てはいけない相手だ。

噂をすればなんとやら、といったところだろうか。
でんでん虫がうるさく鳴った。
シーザーが受話器を受け取ると、でんでん虫がやつぎはやに喋りだす。

『マスター、”海賊狩り””泥棒猫””ソウルキング”の3名、
 イエティ COOL BROTHERSが討ち取ったと報告を受けました!
 引き続きターゲットを探すそうです!』
「わかった。ご苦労」

短く会話を終わらせると、シーザーは愉快そうに手を広げる。

「聞いたか?早速3人死んじまったぞ。
 仕事が速いってのは良いことだ、そうだろう、モネ?」
「ウフフ・・・期待外れだったわね、意外だわ」

モネは本を捲る手を止めず、含みのある視線をローへと送った。

「ローと同じ”最悪の世代”で、政府が”黒ひげ”に劣らず危険視してる一味よ。
 『完全復活』なんて仰々しく記事になっていたから、もっと骨のある奴らかと。
 ね?ロー・・・」

ローもも沈黙を守る。
モネは意味深な声色で続けた。

「あなたは彼らをよく知っているんじゃない?
 2年前のシャボンディ、そしてマリンフォードで、
 あなたは”麦わら”と2度関わっている」
「何?」

モネの言葉を受け、シーザーの顔に疑念が浮かぶ。
その懐から拳銃を取り出すと、まっすぐにローへとその銃口を向けた。

「お前らが呼び込んだってことはねェよな」

が軽く眉を上げる。
だが、ローは冷静だった。
呆れを滲ませながらも、取り乱すこと無く淡々と対応してみせる。

「玄関で鉢合わせるまで、あいつらが研究所に捕らえられていたことを
 おれたちは知らなかった。
 知っていたら違う対応を取っていただろう。
 忠告でもしてやったかもな。
 『麦わらの一味を部屋に閉じ込めたくらいで安心するな』とか」

ローがシーザーを睨んだ。
その目には演技ではない苛立ちが混じっている。

「お前らの対応の甘さでおれたちは海軍を追い払えなくなったんだ。
 ここがバレることは、おれたちにとっても都合の悪いことなんだぞ」

シーザーはしばし沈黙し、銃を懐にしまう。
ローの言い分にひとまずは納得したのだろう。

「・・・まァ、仲間を呼び込むならもっとうまくやるだろう。
 今更お前たちが話の拗れるようなマネをするハズもねェ・・・悪かったな」
「ところで」

背もたれに頬杖をついたが口を挟んだ。

「ドクター・シーザー、人体の巨体化計画は投薬段階にあるようだけれど、
 ・・・覚醒剤を併用しての実験はあまりおすすめしないわよ。
 子供の成長のメカニズムに目を付けているならなおさらね。
 脳に重大なダメージを与える、覚醒剤を投与した実験台では、
 正確な結果が得られないのでは?」
「!」

シーザーが眉を上げる。
モネも驚いては居るものの、に声をかけはしなかった。

ローはを一瞥する。
覚醒剤を投与された人間が居る、とは推測していた。
それが先ほど麦わらの一味と一緒にいた子供達だと、ローも薄々は勘づいてはいたが、
が自分からその話に触れるような真似をするとは思わなかったのだ。
感情的になるような話題は避けるべきだと、自身気づいているはずである。

「なんだ、ガキ共を見ただけで気づいたのか・・・。
 心配には及ばねェよ。あいつらは初期段階の”モルモット”捨て石だ。
 本格的な段階に移るのはあいつらの後になる。
 それに家に帰りたいと泣かれるのは面倒だ。
 中毒性のある覚醒剤はうってつけなんだよ」
「へぇ、・・・なるほどね」

シーザーの非道な言葉にも、は驚く程冷静に見えた。
意外に思ったらしいシーザーは首を傾げる。

「案外冷静だな。・・・気に入らねェと喚くと思ったぜ。
 女ってのはガキに甘いもんだからな」

意味有りげな声色に、は眉を顰める。

「・・・別に。あなたは間違ったことを言ってはいないもの。
 治験される実験動物がその過程で死んだり、
 副作用を起こすことは日常茶飯事。良くある話よ」

の答えに、シーザーは顎に手を当てて上機嫌に笑みを深めた。

「わかってるじゃねえか、その通りだ。
 なぁ、、実験の助手をやらせてやろうか?
 お前、どっちかと言えば研究畑の人間だろう?
 証跡の扱いを見れば分かる・・・」

驚くべきことに、シーザーの口ぶりは、冗談を言っているものではなかった。
は無表情にシーザーに目を向ける。

「近頃おれは、モネには秘書の役目に専念してもらいてェと考えていてな」
「・・・うちの船員を勧誘するな、シーザー・クラウン」

ローがばっさりとシーザーの提案を切り捨てた。
は微かに口角を上げる。

「生憎と、私は現場に立つ方が性に合ってるのよ、ドクター・シーザー。
 それから一つだけ言わせてもらうけれど、
 ・・・”人間性なき科学”に未来は無いわ」

ローが立ち上がりに目を向ける。
は頷いて先を行くローの背を追った。

「戦闘には参加してもらえるのよね?」

モネの問いに、ローは振り返らずに答える。

「必要なら呼べ。誰の首でも獲ってやるよ」



部屋を出ると、が大きくため息を吐いた。

「言ってしまった・・・」

額を抑えて嘆くような仕草を見せるに、
ローは喉の奥を鳴らすように笑う。

「お前、遠回しにシーザーへ”死ね”って言ったようなもんだぞ」

”人間性なき科学”の権化のようなシーザーへ「未来はない」と言ったのだ。
は少々ハッとした様子で狼狽える。
自分ではそこまで言ったつもりではなかったらしい。

「そこまで言ったつもりでは・・・いえ、そうね。そうとも受け取れるわね。
 でも撤回はしないわ。だって腹が立ったのよ。何なの、あの男は」
「悪趣味な野郎だ。・・・誰かを思い出す」

底冷えするような声に、は己の苛立ちも忘れてローを伺う。
子供に対する非道な扱いを不愉快に思っているのは、だけではないのだ。

「・・・シーザーのことはもう良いわ。
 取るべき行動は、既に決まっているんでしょう、ロー船長」
「ああ」

研究所の裏口へ出たローとはシーザーの部下に出くわした。

「あれ?ローさん、さん?一体どちらへ?」

彼は不運だったに違いない。
その時、ローもも苛立っていたのだ。

「今、近くに海軍の奴らが・・・!」
「関係ないわね」
「え!?」

の返答を不審に思うのが早いか、ローがその鬼哭を振り払うのが早いか。
その男はバラバラにされていた。
抵抗する間もない一瞬の出来事だった。

「どこへ行こうと、おれの自由だ」

一瞥もくれず、前を歩くローの後ろを、が歩く。
行くべき場所がどこなのか、なんとなくの見当はついていた。