虎視眈々

倒れ臥したローと、庇うように前に出た
見下ろし、ヴェルゴは淡々と言葉を紡ぐ。

「”彼”が本当に何も知らないとでも?
 我々とてシーザーを信用しては居ない。
 だから彼は周到に潜り込ませておいたんだ。モネをな」

状況は芳しくない。
は無理矢理に口元へ笑みを貼付け、首を傾げてみせた。

「ひどいじゃないの。
 我々があなた達に、何かしたかしら?」
「何か起こった後だったなら、あなた達はもう死んでるわよ、

モネの声はどこか冷たかった。
ローを庇うそぶりを見せるを、嘲るような響きがある。

「大人しくしておくのが懸命だわ。
 あなた一人で、我々に勝てると思う?」

羽をはためかせながら、モネが笑った。
は奥歯を噛み締める。
短く悪態をついてローが鬼哭を手に、ROOMを展開しようとするが、
それより先にヴェルゴがその心臓を握りしめていた。
苦痛に呻き、鬼哭を取り落としたローに、が叫ぶ。

「無茶しないで!」
「・・・クソ!」

ローが抵抗しようとしたのが気に入らなかったのだろう。
ヴェルゴが武装色で固めた竹竿をローの頭めがけ振り下そうとした。

咄嗟には鬼哭を拾い上げ、武装色で固めた鞘でそれを受け止める。
硬い金属音がその場に響く。

「・・・ッ!」

なんとか受けきれたものの、の腕にビリビリとした痛みが走る。
鬼哭はローの妖刀だ。には扱いきれない。
眉根を顰め、睨むに、ヴェルゴは怪訝そうな顔をした。

「モネ、この女は?」
「ローの側近よ。ジョーカーに報告はしたけれど、
 大した実力じゃないから放っておいていいと聞いているわ。
 あなたにも伝わってると思ったけど」
「そうだったか・・・?」

首を傾げながらも竹竿を構えるヴェルゴに、
は迎撃しても良いかと、鬼哭を地面へ置くと、手首を掴む。

サングラスをかけた覇気使いと、
魔眼の暗示に弱いとはいえ、ロギアの能力者を相手にするのは厳しそうだが、と
は内心で悪態をついた。

あるいは、モネを魔眼で操るべきか?同士討ちをさせる?
だが、いずれにせよ、ヴェルゴがローの心臓を持っている以上、
戦闘は危険だ。ローの心臓が潰されかねない。
のこめかみを一筋汗が伝う。

すると、のコートの裾が引っ張られた。

振り向くとローがを睨み上げていた。視線が交錯する。
には、ローの言いたいことがなんとなく分かる気がした。

は目を閉じ、静かにため息を吐いた。
つかんだ手首をゆっくりと解き、手を上げる。

「・・・船長がこれでは、私が敵うわけないわね。
 降参よ、言うとおりにするわ」

ローの目に僅かな感情の澱を見て取って、は目を眇める。
この憂さは、必ず後で返してやろうと、決めた瞬間でもあった。



シーザーの部下に錠をかけられる。
はやはり、最初にシーザー、モネの夢魔に対する認識を
甘くしておいてよかったと確信していた。
目隠しをされなければ、逃げることは意外と簡単に出来そうだ。

どれがすり替えた海楼石の錠なのかもは覚えている。
シーザーの部下に暗示をかけて海楼石ではなく普通の錠を
ローにかけさせたので、ロー本人も隙を見て脱することは容易いだろう。

問題はそのチャンスをヴェルゴ、モネ、シーザーから得られるかどうかだが、
シーザーがローとを実験で殺そうとするのなら、その機会は自ずとやってくるはずだ。

ローとが黙って檻に入っていると、先ほど別れた麦わらの一味と、
精神が入れ替わったスモーカー、たしぎが同じ檻に入れられた。
シーザーの誘拐には失敗したらしい。

「あら、その様子では失敗したのね、ルフィ君」
「チッ・・・」
「あっ、お前らも捕まってたのか」

舌打ちするローに、ルフィは参った参った、と言いながらも
取り立てて悲観している様子は無い。

檻の外ではモネとヴェルゴは外の様子を話している。
詳しい内容は口にしては居ないが、シーザーは
この研究所の外を使って、大規模な実験をするらしい。

「大掛かりな実験というなら是非見て行きたいものだな。
 外の奴らは全員死ぬのか?」
「多分ね、この研究所内に居れば安全よ」

たしぎの姿をしたスモーカーはヴェルゴの言動に
耳を疑ったように驚きを露にしていた。

「おいヴェルゴ!
 外に居るのは全員”G-5”の海兵だ!お前の部下だぞ!」
「ああ、そうだな」

ヴェルゴはスモーカーの憤りにも堪える様子はない。
頬に付いたハンバーグの食べカスを口にしながら、淡々と肯定してみせる。
そして檻の中に閉じ込めた人間を眺めた。

「しかし、一つの檻に入るにはあまりに豪華な顔ぶれだな」

確かに、とは内心で同意する。
悪名高い麦わらの一味に、海軍本部中将、そして王下七武海。
一堂に会する機会はなかなか無いはずだ。

目を眇めたに、スモーカーの姿のまま、たしぎが問いかける。
その目には敵意と困惑が混じっていた。

「白衣の悪魔、あなたは知っていたんですか、
 海軍が、・・・ヴェルゴがシーザーの協力者だということを」

は肩を竦めてみせた。

「いいえ。でも、海軍の”何者か”が
 協力者の一人だろうとは思っていたわ。
 それを匂わせる痕跡があったからね。別に不思議でもないでしょう。
 ・・・背中に同じ正義の文字があっても海軍は一枚岩では無いもの」

の言葉に、たしぎは唇を噛んだ。
スモーカーが苛立ちを隠さずにヴェルゴを睨む。

「・・・つまり、シーザーがガキ共を連れ去った”誘拐事件”は、
 コイツの手で”海難事故”にすり替えられていたと言うわけだな。
 よりによって基地長が不正の張本人。
 ・・・軍の面子は丸つぶれだ」

スモーカーの悔恨の籠った言葉に、ローが口を挟んだ。

「とはいえ、お前らが気づかないのも無理は無い。
 ヴェルゴは海軍を裏切ったわけじゃねェ。
 奴は最初から、海賊だ」
「!?」

ローの言葉に、スモーカー、たしぎが息を飲む。

は微かに目を伏せる。
何を思い出しているのか、その瞳に暗い影が落ちている。

「奴は”ジョーカー”の指示で海軍に入隊し、約15年の時間をかけて一から階級をあげた。
 ・・・ヴェルゴは最初から、ずっと”ジョーカー”の一味なのさ」

スモーカーが悪態をついた。

「”ジョーカー”・・・確か、裏社会の仲介人の名だな。
 情けねェな、こんな近くに居るドブネズミの悪臭に気づかねェとは!」
「そう悲観せず、優秀な”白猟”の目をも搔い潜ったドブネズミを褒めて欲しいものだな、
 スモーカー君」

ヴェルゴはスモーカーの挑発にも対して動じた気配もない。
が口元に笑みを浮かべてみせる。

「フフ、仮にも身内にさえ尻尾を掴ませなかったのに、
 今になって正体を明かしたってことは、
 あなた、我々を生かすつもりは無いんでしょう?」

の問いかけにヴェルゴは眉を上げる。

「ご明察だ・・・白衣の悪魔、。多少は名の知れた賞金首だったな?
 かつては軍医のお前が、どういう経緯でローの船に乗ったのかは知らないが、
 付いて行く人間は見極めたほうがいい・・・しかし、ふむ」

ヴェルゴの視線に、は大きく瞬きをする。
一瞬その目に青白い光が灯ったの気がついたのは、
すぐ側に居たローだけだった。

ヴェルゴがこめかみの当たりに手を当てる。
モネがヴェルゴの様子に首を傾げた。

「どうかしたの?」
「どこかで・・・この女の名前を聞いた気がしたが、
 気のせいだった」
「・・・手配書のことじゃない?」

モネはどこか呆れた様子でヴェルゴを見る。
ヴェルゴ本人も頷いていた。

「そうだったかもしれない」

は内心で安堵する。
咄嗟に暗示をかけただけでここまで取り繕えるとは思っていなかった。
どうやらヴェルゴ本人が少し抜けた性格をしているらしい。
誤摩化しやすくてとしては助かる。

ドンキホーテファミリーの幹部が、 ひいては、ドフラミンゴが
についてどこまで情報をもっているかは
には分からないが、今はまだ、ローに打ち明けるべきではない情報が多々ある。
黙ってもらえるならそれがいい。

の思索をよそに、
それまで口を出さずに居たルフィがローへ問いかけた。
ルフィはローが、ジョーカーの正体をつかんでいることを
疑っていないようだった。

「トラ男、さっき言ってた”ジョーカー”って誰だ?」

その問いに、ローの目つきが少し尖る。

「・・・おれも昔、そいつの部下だった。
 だからヴェルゴを知っている」

は目を閉じる。
脳裏に浮かぶのは、手配書のあの顔だ。
かつて、軍艦の上で何度かその顔を見ている。
頂上戦争でも映像越しであるが、その顔を確認している。

「”ジョーカー”ってのは闇の仲介人としての通り名。
 だがその正体は世界に名の通った海賊。
 ・・・王下七武海の一人」

あの男はまだその唇に笑みを浮かべているのだろう。

「”ドンキホーテ・ドフラミンゴ”だ」