契約
「シュロロロロ・・・またせたな、ヴェルゴ」シーザーがガスを服の裾に纏い、研究室へと現れる。
その場にモネ、ヴェルゴ、シーザーが揃った。
段々と、パンクハザードにドフラミンゴの気配が濃くなって行くのが分かる。
はのどがひりつくように乾くのを感じ、微かに目を細めた。
ヴェルゴがシーザーにいつ実験を始めるのか聞くと、
シーザーは間もなくだ、と頷いた。
モネに映像でんでん虫の用意をさせると、
檻の中を覗く。
「スモーカーが来たときにゃ、肝を冷やしたぜ、ヴェルゴ。
しっかり止めといて欲しかったんだがな。お前の部下だろう?」
「ああ、”野犬”なんだ・・・。手に負えない」
「シュロロロ、だがそれも、今日までの話・・・!」
言外に死を宣告されてもスモーカーは眉を軽く顰めるだけだ。
逆にスモーカーの体に入っているたしぎのほうが苛立ちに唇を噛んでいる。
次にシーザーはローに視線を合わせる。
底意地の悪さが浮き立った笑みを浮かべ、挑発するように言った。
「いいザマだな、ヴェルゴには、手も足も出なかったんじゃねェか?!
ロー、!お前らとの”契約”が役に立ったらしい」
ローはシーザーを鋭く睨むが、シーザーはなおも言葉を続ける。
「人は信用するもんじゃない。自業自得というやつだ・・・。
もう分かってると思うが、お前の心臓はヴェルゴが持ってる」
ローの反応を伺おうとしてか、ヴェルゴがご丁寧に心臓を掲げ、
その手で軽く握ってみせた。
ローは痛みに叫ぶ。
何が起こったのか分かっていない麦わらの一味とスモーカー、たしぎは頭に疑問符を浮かべている。
は小さく舌打ちする。
ローの肩のあたりを指が自由になる範囲で掴み、軽くローと目を合わせた。
その目に青白い光が微かに煌めくと、ローの感じていた痛みが和らいだのか、その表情から険が取れる。
鎮痛作用のある魔眼を使用したと気づいたらしい、ローは息を吐いた。
がそれを見て顔を上げ、ヴェルゴを睨んだ。
「・・・乱暴な人ね」
の苛立ったような声にシーザーが眉を上げる。
「、おれは残念だぞ。
ローとお前とは、良い友人になれたと思っていたのに。
モネにかかればお前らに気づかれねェように尾行するなんざわけも無い話だ・・・。
まさかお前らが何の目的も無くこの島に訪れてるとは思っちゃ居なかったがな、悲しいねェ」
は口を噤み、冷ややかにシーザーを一瞥する。
ローはその顔に挑発するような笑みを浮かべてみせた。
「優秀な秘書に救われたな・・・もっとモネを警戒しておくべきだった。
”マスター”があんまりマヌケなんでナメきってたよ」
シーザーはローの言い草にカチンと来たらしい。
ヴェルゴからローの心臓を取り上げ、握りしめた。
「口を慎め小僧がァ!!!」
ローは再び苦痛に叫ぶ羽目になった。
ショック症状は出ていないが、口の端からは血が滴っている。
「ロー船長!」
が呆れを交えてローを睨んだ。
「ガキじゃあるまいし・・・!くだらない挑発くらい受け流しなさいよ!」
「う、るせェ・・・黙ってろ!」
「お前すげェな、心臓とられて生きてんのか!?」
ルフィが驚きを露にする。
それに皮肉を零したスモーカーが自身の心臓のありかを問うた。
「てめェの能力を利用されてちゃ世話ねぇな。・・・おれの心臓はどこにある」
はそっとモネの視線を伺う。瞬きで軽い暗示をかけ、時期を待つ。
そうこうしているうちに、
シーザーがもったいぶって一つの心臓を掲げてみせた。
は内心で、仮にも人体実験に携わっておいて心臓の区別も付かないとは、と
呆れを滲ませるが、その方がローとにとって都合が良いことだった。
シーザーはどちらかと言えば、化学兵器や薬学の方が得意分野になるのだろう。
だが、どちらにしろここでシーザーに”心臓”を乱暴に扱われてはまずい。
「こーこーだよォー、スゥーモー・・・」
スモーカーの心臓、ではなくモネの心臓を手に取って笑うシーザーに、
が気をそらせようとモネを”操作”する
「”マスター”映像の準備ができました」
タイミング良く声をかけさせれば、
それ以上シーザーが心臓を乱暴に扱うことはなかった。
やはり実験の方を優先させ、映像でんでん虫を確認する。
は微かに安堵の息を吐いた。
※
はモニターを注視する。
シーザーがご丁寧にも毒ガス兵器についての解説をはじめている。
モニターに映し出されているスライムのような生き物はベガバンクの発見した、
悪魔の実を無機物に食べさせる方法を応用して作り出された生き物なのだろう。
シーザーはその生き物をスマイリーと呼んだ。
本体はウーパールーパーのような形をしている。
「・・・ちょっと可愛いわね」
「お前、正気か・・・?」
ローが奇妙なものでも見るようにに言う。
は頷いた。
「ええ、でも・・・そうも言ってられないかしら」
シーザーがモニター越しにスマイリーとの再会を喜ぶ。
スマイリーは長年会っていなかったらしい飼い主との会話をさておいて、
用意された餌と思しきキャンディをぺろりと飲み込んだ。
はその目を細める。
シーザーの口ぶりからはどう考えてもスマイリーの飲み込んだ餌に”仕掛け”があるのは明白だった。
スマイリーのゲル状の体の中で気泡が生まれる。
苦しんでいるように見えた。
やがてスマイリーはその体を保っていられなくなったらしい、
断末魔の悲鳴を上げながら、その体が溶けて行く。
「ごくろう、”スマイリー”・・・!また会おう。
そして・・・!さァ、生まれて来い、殺戮兵器”シノクニ”!島の景色を一変させちまえ!」
シーザーの声に答えるように、その生き物は爆発とともに凄まじい煙を上げた。
紫色のガスだ。
は思索する。
スマイリーの体は、シーザーの言うことが正しければ、毒ガスで出来ているという。
普通に考えても、スマイリーはH2Sガスそのもの、充分に危険で、殺傷能力の高い代物だ。
しかしシーザーの解説からして、あのキャンディによって
そのガスはさらに”改良”を加えられていることは間違いないのだろう。
モニターに映る、毒ガスに足をとられたシーザーの部下の一人が、
足元から徐々に、恐るべき早さで結晶して行くのが映った。
シーザーはそれを見て、諸手を上げ高らかに笑った。
「やったぞ!成功だ!
シュロロロロ!!」
シーザーはマイクをとり、どこかの誰かにむけて、あるいは自分自身確かめるように
その兵器の効果を説明し始める。
「H2Sガスは毒が効いても多少動けるから避難出来た。
だがシノクニは違う!灰のように体に纏わり付くガスは皮膚から侵入し、全身を一気にマヒさせる!」
悲鳴を上げ、体が固まって行く男達がモニターに次々と映る。
まるで作り事のような光景だった。
しばらく檻の中で呆然とその映像を見つめていたが、ルフィがなにか見つけたらしく、声を上げる。
「あ!おい見ろ!ほら、ゾロ達煙に追われてるぞ!」
「何やってんだあいつらあんなところで!・・・そんでなんちゅう走り方してるんだ!?」
「あら、お侍さん完成してるわね」
相変わらずこの一味は妙に緊張感を削ぐような言動をする、とは内心で息を吐く。
船長のルフィは仲間が心配なのか、聞こえないと分かっているだろうに
モニター越しの船員達に「逃げろ!」と叫ぶ。
だが、海楼石のせいで叫んでも体力を奪われるばかりだ。
「仲間か?麦わらのルフィ」
シーザーがルフィの顔を覗き込む。
その顔には底意地の悪い笑みが浮かんでいる。
「流石にお前の仲間はしぶとい。だが、それもいつまで持つかな・・・?!
外はやがて何も生きられねェ”死の国”へと変わる!誰一人生き残れやしない!
それはお前らだって例外じゃねェんだ・・・!」
機械が操作されたらしい。檻が傾き始めた。
「この殺戮兵器、”シノクニ”の前には
”4億の賞金首”!”海軍中将”!”王下七武海”でさえも!
何も出来ないとお前らが証明してくれる。
わざわざ実験台になりに来てくれてありがとよ・・・シュロロロロ!」
完全な外に出ると、眼下ではG-5の面々が騒いでいる。
死にたくないと叫ぶ部下に、たしぎが口を噤むと、スモーカーが皮肉っぽく笑った。
「ヴェルゴ基地長の話でもしてやれ、たしぎ」
その言葉を受けてか、ローが言う。
「・・・ヴェルゴの登場は想定外だったが、麦わら屋、
おれたちはこんなところでつまずくわけにはいかねェんだ。
作戦は変えない、反撃に出るぞ」
ルフィがぱちくりと目を瞬いた。
が笑みを浮かべる。
「反撃するって?」
「・・・そうこなくては。
さて、どうやってここから出ましょうか?
強行に突破もできそうだけど・・・どうする?ロー船長?」
ローはしばし考えるようなそぶりを見せ、言った。
「この中で誰かものを燃やせる奴は?
いなきゃ別にいいが」
「火ならフランキーだ!ビームも出るぞ!
そうだお前、ビームでこの鎖焼いてくれよ!」
ルフィの提案に、フランキーは少々困ったような顔をする。
「”ラディカルビーム”は両腕しっかりキメねェと出ねェ!」
「ビームは今はいい。・・・むかって右下の軍艦を燃やせるか?」
「お安いご用だ、兄ちゃん」
「・・・ああ、風上ね」
の呟きに反応したのはスモーカーとロビンだ。
あとの面々は頭に疑問符を浮かべつつも、成り行きを見守っている。
フランキーが深く息を吸い込んだ。
「”フランキー・・・ファイヤーボール”!」
「ぎゃー!!!」
「船が発火したァー!!!」
フランキーの口から火が放たれる。
軍艦がみるみる燃え盛り、眼下に居るG-5がもろに煽りを食らっていた。
それをみてスモーカーがローを睨むも、ローはどこ吹く風だ。
やがて煙が風に乗って檻を包むと、中に居た面々が咳き込む。
フランキーがローに抗議した。
「おいこらトラファルガー!煙がこっち来たじゃねぇか!」
「お前がやったんだろう」
「オメェがやらせたんだよ!」
そのやり取りを見て、ルフィが腹を抱えて笑っている。
ローは構わずに鎖を解き、半身を起こした。
「さて、これで映像でんでん虫には映らない。すぐにはバレずに済みそうだ」
「え!?」
ローはすぐさま能力で鬼哭をその手に取り戻し、の錠を壊した。
「何だお前!?どうやって海楼石の錠取ったんだ!?」
「始めからロー船長の鎖は海楼石じゃないわ。
万が一のことを考えて研究所内のいくつかの鎖は私がすり替えていたの。
シーザーもモネも能力者だから、詳しい判別はしたがらないしね。
どの鎖をつけさせるかは、私が操作すれば簡単に決められるし。
まあ、怪しまれずに錠をすり替えるのは時間はかかったけど」
ルフィの疑問に手首を擦りながらが説明しているうちに、
ローがフランキー、ロビン、ルフィの鎖を壊した。
「うおぉー!自由だー!!!」
「叫ぶな、バカ!」
ルフィが無邪気に喜ぶのをローが呆れ混じりに咎めたかと思うと、
すぐにたしぎとスモーカーに向き直った。
その手の平を返し、彼らに告げた。
「さァ、お前らをどうしようか。
・・・少し知り過ぎたな。お前らの運命はおれの心一つ・・・」
「!」
スモーカーとたしぎが息を飲む。
”スモーカー”がローを睨み上げた。
「どうするかはもう決めてあんだろ、さっさと・・・、あァ?」
そのときスモーカーもたしぎも違和感を覚えたのだろう。
自分の体に精神が戻っていると気づいたのだ。
たしぎが自身のあられもない格好に悲鳴をあげた。
それを見てスモーカーが呆れたように眉を上げる。
たしぎは悔しさを滲ませながらもを見上げた。
「は、早く鎖を解いてください、何でも言うとおりにしますから・・・!」
「・・・ヘぇ?」
が笑みを深めると、スモーカーがたしぎを怒鳴りつけた。
「ふざけんなたしぎィ!
海賊に媚びてまで命が惜しいか!?」
たしぎがそれに怒鳴り返す。
「今は!土下座してでも命を乞うべきです!
私たちがここで死んだら部下も全員見殺しにし、
ヴェルゴ中じょ、・・・ヴェルゴもこのまま軍にのさばらせることになり、
子供達だって・・・!」
たしぎの必死の嘆願にたじろぐスモーカーに、が冷ややかに言った。
「・・・私は別にどっちでも良いのよ。
おそらくこのまま、ここに居るG−5が全滅しても、ヴェルゴはその責任をとらされる。
部下の監督不行届きという名目になるのかしら?
・・・1隻丸々、しかも”スモーカー中将”がいながらにして姿を消すのよ。
海軍内部でも降格処分を受けるなり何なりするでしょう。
・・・ただ、そうなったところで別に良いと思ってるから、
あるいは大したお咎めなんて無いと思ってるからヴェルゴはここに居るのよ?
お分かりかしら?」
「!?」
たしぎとスモーカーがを注視する。
は口元に手を当て、微笑んでいる。冷徹な笑みだった。
「フフ、舐められてるわね、使い捨ての駒だと思われてるのよ、あなた達。
本当にそのままで良いと思ってるの?ねぇ、スモーカー中将・・・」
「・・・海賊に堕ちたお前が、海軍の行く先を憂うのか、・」
の顔から笑みが消える。
ローが会話を断ち切るようにスモーカーへ告げた。
「白猟屋、おれたちにお前を助ける義理は無い。
だが、お前達が生きて帰ることで、ヴェルゴの立場を完膚なきまでに潰すことが出来れば、
おれたちにも利があることは確かだ」
「・・・結論を言え」
「せっかちな野郎だ。
・・・おれの話と、ジョーカーについては全て忘れろ。
言っておくがこれは前提条件だ。”お前の命”と引き換えのな」
いつの間にかローの手には、真っ赤な心臓が握られている。
それを見てスモーカーは苛立ちに眉を顰めたが、
やがて何かを諦めたように目を瞑り、白い息を吐いた。