自覚
トロッコに乗りながら、ローは難しい顔で前だけを睨んでいる。そのどこか張りつめたような顔を見て、ルフィは首を傾げた。
「なぁ、トラ男、本当に白いの置いて来て良かったのか?
この研究所、崩れるんだろ?」
白いの。のことだ。
ローは硬い声で言う。
「・・・あいつは生きて戻ると言っていた」
「ふーん、そっか。なら平気か!」
ルフィがにか、と歯を見せて笑う。
ルフィはを苦手だと言ってはいたが、
ローに妙な信用を置いているのと同様に、
のことも信用しているらしい。
「ああ。そんなことより、誰か風を起こせる者はいねェか?
出口にもガスが待ち受けてるハズだ」
ローの言葉に、G-5とシーザーの部下だった男達が叫ぶ。
「そんな特殊能力者簡単にいるかよ!?」
だがそれに反して、ナミが手を上げた。
「あ、私出来るけど」
驚きの声を上げる男達を無視したりと、
どこか緊張感の無いやり取りをしているうちに、出口が見えてくる。
ナミは天候棒を構えつつも、ローに眼を向ける。
まるで苦言を呈すようにその唇は一度キツく引き結ばれた。
「ねぇ、トラ男。
・・・あの人、子供達を鎮静した後、すごく疲れてるみたいだったけど」
ローは空を睨んだ。
後先を考えない男は嫌いだと口にするくせに、
自身を省みないところがあるのは相変わらずらしい。
「”魔眼”は体力を消耗する。
ガキ共の半数以上をあいつ一人で鎮静させたなら、疲労は当然のことだろう」
「そんな・・・」
チョッパーがそれを聞いて息を飲んだ。
ローは苦い顔を隠そうともしない。
元々、は最初から本調子ではないのだ。
この研究所で、は満足に夢魔の空腹を満たせなかったはずだ。
の餓えをしのぐため、ロー自身の生命力を定期的に、
加減しながら摂らせてはいたが、
パンクハザードに麦わらの一味、G-5が来るまでは、
シーザーの部下たちから生命力を奪うことを許さなかった。
なるべく怪しまれるようなことが無い方が良い。
とローが来てから、妙に部下が疲れるようになった、等と
シーザーやモネに思わせないがためだと、
そう説明すれば、は容易く納得し、了承した。
ローの負担が増えることも案じるそぶりを見せたが、
他に方法があるか、と問えば、それ以上は何も言わなかった。
に無理をさせていたことを、ローは自覚している。
そもそも、魔眼を自在に操り、その加減を心得ているなら、
誰を怪しませることなどなかったはずなのだ。
複数の人間から生命力を奪った方が、ロー自身にとっても、
にとっても、負担は少ないと分かっていたのに、そうさせなかった。
その理由も、ローはすでに自覚している。
「のことは今は良い。
あいつが『生きて戻る』と言ったんだ。
万が一治療が必要な状況になって戻ってきたなら、おれが対処する」
「・・・そう」
ナミはそれ以上は何も言わなかった。
ローの口ぶりには、それ以上言わせないだけの真剣さが含まれていたからだ。
※
ドレスローザからの刺客、ベビー5とバッファローがシーザーを連れて逃げようとしたところを、
ウソップとナミが協力して捕まえてみせたそのとき、
ローは2台目のトロッコがやって来るのに気がついた。
ベガパンクの防護服のマスクを被った女二人が降りてくる。
白いコートを翻したがマスクを外し、
もう一人の女、モネの翼を掴んでいる。
モネは苦虫を噛み潰したような顔をしながらも、特に拘束されている様子も無いのに、
に抵抗する様子は見せなかった。
は辺りを見渡し、シーザー、ベビー5、バッファローが拘束されているのを見て、
納得したように頷いた。
「あら、早速刺客が来たのね」
「!・・・やたら遅いと思えばなぜモネを連れてきた?!」
ローは憤りを隠さず、を怒鳴りつけた。
は冷静に言う。
「強いて言うなら保険をかけただけよ。
前から思ってたけどあなたの計画リスキーだもの。
毎回なんとかなってるのは不思議だけどね」
は呆れたようにため息をついたと思えばモネを差し出した。
モネは唇を噛み締め、を真っ赤な目で睨んでいる。
「モネは自爆装置を押そうとしてた。
タイミング次第で我々は毒ガスで死んでたわ」
「・・・!」
ローが奥歯を強く噛む。
は静かに言葉を続けた。
「まぁ、手は打ったからそう心配しないで頂戴。
もうモネに逆らう気は無いだろうし。・・・できないと思うわ。
ちょっとモネ、アイスピックで私を刺してみてくれる?」
「!?」
の言葉に、その場に居た誰もが息を飲んだ。
モネが訝し気に眉を顰めながらも、やがてアイスピックを取り出し、その唇を舐めた。
「・・・良いの?本気で刺すけど」
「構わないわ」
「え!?だ、大丈夫なのか!?」
成り行きを見守っていた周囲が慌てているが
そうこうしているうちにモネがに刃物を振り上げる、
だが、に刺さるか刺さらないかと言うところでモネの身体が大きく痙攣し、
動きが止まった。
モネの頬が真っ赤に染まり、その場に崩れ落ちる。
「な、なんだ。なにした?お前」
ウソップがぎょっとして問うと、は指を立てて言った。
「発熱、動悸、目眩。目を合わせなくても、
モネは刷り込みが長かったから指一本の合図しだいで自在に効果を発動出来る。
魔眼に必要以上に反応してしまうタイプだし。
ついでに中毒性も仕込んでるから、モネは軽い魔眼中毒患者よ。
さして身体に害は無いけど」
さらっととんでもないことを言ったにモネがサッと表情を変えた。
「・・・ちょっと待って、聞いてないわ」
が何でも無いことのように応えた。
「今言ったわ。私に会いたくてたまらない日があったでしょう、あれ、このせいよ」
の声に嗜虐的なものが混じる。
身に覚えがあるだろう、と目配せをすれば、
思い当たる節があったらしいモネは頬を赤らめて抗議した。
「い、今すぐ解きなさい!」
「無理よ」
しゃあしゃあと笑うにローがすこぶる不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「なんだ、お前んとこのクルーも・・・、
あー・・・お前も苦労するな」
「うるせェ」
フランキーに同情するような声をかけられ、苛立たしげにローはへ近づく。
モネをあしらうのを止めてローと視線を合わせたは
作り物の笑みを取り払った。
「同情でもしたのか?」
ローの言葉に眉を僅かに顰め、は諧謔味を含んだ表情を作る。
「そんな可愛らしい女に見えるの?この私が」
そう見えるから聞いているんだ。
怒鳴り散らしたいのを堪えて、ローは深く息を吐いた。
こうなったらは頑固だ。分かっている。
「・・・次は無い」
「分かってる」
短い会話の応酬だった。
その合間何を思ったか、モネは子供たちに近寄った。
海兵が武器を構え、モネを威嚇する。
子供たちはなんとも言えない顔でモネを見ていた。
泣き出しそうな、怒っているような、戸惑うような、
そんな顔の一つ一つを見てモネは小さく呟いた。
「許してくれなくていい。・・・ごめんなさい」
雪に溶けるような声音でも、十分だったのだろう。
誰かが息を飲んだようだった。
モネはすぐに背を向けて、の元へと戻った。
「自己満足ね」
が常になく冷たく言う。
モネは軽く眼を伏せたが、その誹りを甘んじて受け止めたようだった。
「そうね、分かっているわ。・・・それでも、不思議ね、
あれだけの胸の痛みが、少し和らいだ」
モネの言い草に、ローはを見る。
はモネに、”感情の増幅”の効果を使ったのだろう。
何度か見たことのある魔眼の効能だった。
だが、を見つめるモネの瞳に浮かぶ色はもっと強く、複雑な色を持っているように見える。
どこかで見たことあるようなその色にローは表情を険しくした。
「、手伝え。オペをする」
ローの言葉には大きく瞬きをしたかと思うと、
誰のオペをするのかすぐに察したらしい。
その唇に緩やかな笑みを浮かべる。
「ええ、分かったわ。モネ、少しばかり拘束させてもらうわよ」
「・・・」
は何か言いたげなモネに容赦なく海楼石の錠をかけ、
既に拘束されていたベビー5らと共に岩に縛り付ける。
何か思うことがあったらしい。
モネはローにいつかと同じような、刺すような眼差しを送って来た。
ローは以前、その視線を無視して受け流したが、今回は違った。
ローはわざとらしく、その唇に挑発するような笑みを浮かべてみせたのだ。
モネはその意図を悟って、ますますその目つきを尖らせる。
は軽く首を傾げた。
「・・・ロー船長?」
「気にするな。行くぞ」
が海軍と話を付ける。
G-5もが子供達を鎮静させたことで、ある程度の警戒を解いているらしい。
子供達とともにタンカーに入るのを許可された。
「身体に溜まっている覚醒剤の成分を、今、出来る限り取り除く。
勿論、一度の手術でどうにかなるわけじゃねェが」
「そうね。それでも、負担が減るわ」
が眼差しを和らげて、微笑む。
「お姉さん!」
「白いお姉さんと・・・フカフカ頭の兄ちゃん!」
モチャがを見つけて駆け寄ってくる。
他の子供達も、を見て安心したような笑みを浮かべた。
は子供の素直な感想にクスクスと笑っている。
「フフッ、いまからこのお兄さんが悪い薬を取ってくれるわ。
目つきは悪いけど、腕のいいお医者様だから安心なさい」
「おい」
余計なことを言うな、とローはをじろりと睨むが、
は意に介した様子も無い。
ローは軽く息を吐くと、鬼哭を手にROOMを展開した。
「気を楽にしろ・・・すぐ終わる」
※
子供の一人をバラバラにし、覚醒剤の成分を抽出していると、
麦わらの一味の船医、チョッパーが扉を開けて入って来た。
「トラ男、!子供達の手術をしてるって聞いたぞ!
なにか手伝えることがあれば・・・ギャー!!!」
チョッパーが目にしたのは彼にとっていささかショッキングな光景だったのだろう。
チョッパーは悲鳴を上げる。
ローは振り返るとチョッパーの悲鳴に苛立ったように目を眇めた。
その目つきに気圧されてか、チョッパーは「ひ、人殺しー!!!」と叫びながら部屋を出て行く。
「・・・完全に誤解されてると思うのだけど」
「ほっとけ」
ローはテキパキと覚醒剤の成分を抽出し、が子供の身体を元に戻して行く。
最後の一人の身体を元に戻すと、チョッパーが再びタンカーの部屋へと戻ってきたらしい。
眦を尖らせてローに食って掛かった。
「お、お前一体子供達に何をしたァ!?
あいつらにもしものことがあったらお前ェ!許さないぞ!」
「・・・ガキ共の、体を切り刻んだだけだ」
ローの言葉にチョッパーは再び悲鳴を上げる。
ほとんどパニックになっているようで、すぐさま子供達の様子を見に行った。
その背中にローは独り言のように呟く。
「覚醒剤だ。・・・辛い長期治療は避けられねェがな」
は一部始終を見て、クスクス笑っていた。
「あなた、チョッパー君のことちょっと気に入ってるでしょ。
揶揄ったら可哀想よ」
「お前に一番言われたくねェセリフだな」
気に入った人間に軽口を叩かずにはいられないは
ローの皮肉に肩を竦めた。