パンクハザードの宴会
「あら、宴会でも始めるのかしら」かなりの大鍋を使って調理するサンジを見て、は首を傾げる。
どうやらパンクハザードを訪れた侍、錦えもんの息子、モモの助のために食事を拵えたらしい。
武士の矜持を幼いながら持ち合わせているモモの助は、
どういう理由かその食事を突っぱねようとするが、
父である錦えもんが進んで箸を取ったことで涙ながら食事を口にし始めた。
気がつけばG-5、シーザーの部下だった男達が食事をとる二人の周りに集っている。
ローはその様子を見てルフィに近寄った。
「おい、麦わら屋、ここは急いで離れるんだ。
ゆっくりメシなんか食ってたら追っ手が来る!」
ローの忠告に、ルフィはハッとしたように見えた。
「そうなのか?よし、わかった!」
ルフィも納得したのだろう、ローが安堵したように息を吐いた瞬間、
ルフィは樽の上に飛び乗り、叫んだ。
「宴だァーッ!!」
それに応えるように、その場に居た誰もがジョッキを掲げた。
歓声が響く。
奇妙な光景だった。
海軍、海賊、子供達、入り乱れての宴会が始まってしまい、ローは絶句する。
「これは止められないわね、ロー船長」
「・・・」
諦めたように帽子の上から頭をかいたローに、は腕を組んで難しい顔をする。
「でも、困ったわ・・・。
私さっき思いきり挑発したから・・・、
多分ドフラミンゴ直々に、この島に来るんじゃないかと思うのだけど」
その言葉に、ローはもちろんのこと、近くに居た麦わらの一味、
ウソップもぎょっとした様子で振り返った。
「ハァ!?テメッそれを早く言え!馬鹿!ていうか何やってんだ!?
ル、ルフィー!ルフィー!!!
この島離れねェとドフラミンゴ来るって!白いのが!!!」
「ん?なんだ?ミンゴが来るって?」
骨付き肉を齧りながら近寄って来たルフィとパニックになるウソップの横、
ローが呆れとも怒りともつかない顔でを睨んだ。
「お前、何してたんだ・・・!?」
「つい・・・フフフ」
は肩を竦めて、岩場に縛り付けられたモネに視線を流す。
聞き耳を立てていたらしいモネはの意味有りげな視線に頬を赤らめ目を逸らした。
その様子を見て、同じく縛り付けられていたバッファロー、シーザー、ベビー5の3名が息を飲んでいる。
「も、モネ!?裏切ったの?!まさか、あなたが!?」
「・・・」
ベビー5の驚嘆の声に、シーザーが言う。
「恐らく、魔眼のせいだろう。おれもしてやられてた。
モネは洗脳でもされてるんだ。あの女、二つ名の通り”悪魔”だ・・・」
シーザーの感想に、ベビー5はモネの顔を見る。
ばつの悪そうなその顔は、至って正気に見えるのに、と、ベビー5は眉を顰める。
「、モネのことといい、・・・お前、何を考えている」
ローの追求に、は息を吐いた。
一度目を伏せ、再び視線を上げる。
「さっきも言ったけど、”保険”をかけただけよ。
それに、長年の仇を前にして冷静でいられるなら、私はここまで来てないわ」
「!」
「訳ありなのか、」
ローが眉を顰め、ウソップが自身の顎を撫でて唾を飲み込んだ。
はそれに淡々と頷いてみせる。
「ええ、まぁ。
それに、あの男の本拠地、ドレスローザとここがどれだけ離れてると思ってるの?
一応私も時間位は見てるわよ。あの男、雲をつかって移動する。そうよね、モネ?」
「・・・ええ」
モネが頷くと、は少し考えるそぶりを見せ、やがて何らかの結論を出したらしい。
疑問符を頭に浮かべながらあっという間に肉を食べきっているルフィへとその顔を向けた。
「ならあと1時間半位は大丈夫でしょう。お騒がせしたわね、ルフィ君。
あと申し訳ないんだけど、宴会は1時間くらいで切り上げてくれる?
それまで存分に飲んで食べてると良いわ」
「おう!わかった!よくわかんねェけど!」
「ええ!?おい、ルフィ!」
ルフィはの言葉に笑い、さらなる食事を求めてサンジのところへと足を運んだようだ。
ウソップが慌てているのも気にした様子が無い。
は口元に手を当てて、艶やかにローに笑って見せる。
「それにしても、あなたにも聞かせてやりたかったわ、
あのドフラミンゴが挑発されてあしらうことも出来ずに頭にきているんですもの」
「・・・」
「ふざけんな!あとなんでお前も『ちょっと聞きたかった』みてェな顔してんだよ!」
の言葉を聞いたローは複雑な表情を浮かべていた。
の行動は褒められたものではないがローが同じことをしないと保証はできない。
それどころか、同じことをやりそうだ。
そう考えているとウソップから突っ込みが入る。
あまり堪えた様子の無いとローに、ウソップは額を抑え、首を振った。
「ハァ・・・大丈夫かよこの同盟・・・!」
※
「自棄になった訳では無さそうね。
彼も肝が太いじゃないの」
宴会ではしゃぐウソップを横目に、は一人呟く。
あれほど心配そうなそぶりを見せていたのに、
次の瞬間には船長、ルフィと一緒にジョッキを掲げ笑う姿を見せるとは、
流石に麦わらの一味である。
ローは宴会に積極的ではなさそうだが、もう何を言おうと無駄だと悟っているらしい。
騒ぎに巻き込まれない位置にある樽に腰掛け、が貰って来た海豚のスープを口にしている。
同様に宴席が性に合わないのか、スモーカーがすぐそばの岩場に腰を下ろした。
奇しくも、G−5の引いた、”正義”と”海賊”の境界線を挟んで座る二人に、
は成り行きを見守る。
最初に口を開いたのはスモーカーだった。
「ロー。まさかおれが海賊のお前との約束を守るとは思っちゃいまい。
本気で口止めしたいなら、おれを消せる場面なんざいくらでもあった。
”麦わら”を利用して何を始める気だ」
疑念を装った断定の言葉だ。
ローはその言葉にシニカルな笑みを浮かべる。
「どっちが利用されてんのか、わかったもんじゃねェがな」
ローはスープを一気にあおり、スモーカーに告げる。
「お前を生かしたことに、意味なんかねェよ、白猟屋」
はそれに追随するように笑みを浮かべた。
スモーカーは気難しそうに眉を顰めるばかりだ。
「ところで、おれたちは、”グリーンビット”へ向かうつもりだが、
”麦わら屋の一味”はおれの手に負えるかどうか・・・」
スモーカーはその言葉に何か思索に耽るような仕草を見せた。
ローがその場を離れようと立ち上がるのに、付き従うような動作をが取ると、
背中から声がかかる。
「・。3年前、あの軍艦で何を見た」
はゆっくりと振り向いた。
雪風がの前髪を遊ばせる。
「・・・それを知ってどうするの」
「!」
「何か理由があって、私があの船を血祭りに上げた。
それがあなたの納得出来る理由なら、満足かしら?スモーカー」
の声に、スモーカーは苛立ったように眉間に皺を作る。
「勘違いするなよ白衣の悪魔。
どういう理由だろうが、お前は今海賊なんだ、
海の上で会ったら敵なのは変わらねェ。
だが」
スモーカーは言葉を区切る。
「今のお前は12年前とは別人だ」
ローはその言葉に眉を顰めた。は目を伏せ、息を吐く。
「これだから元身内と話すのはやり辛いわ。
12年前と言うと、私が本格的に戦う軍医になった頃ね、
・・・そう言えば治療したかしら?」
の誤摩化すような口調には何も返さず、スモーカーは淡々と話を続ける。
「海賊を憎み、敵相手には容赦も許容も無く、
海軍内部でさえ感情の欠片たりとも見せることが無かったお前が、
3年前、あの軍艦の内部で起こした惨劇の中では憎悪に取り憑かれていたようだった。
現場に踏み込んだ瞬間良くわかったよ」
どうやら、スモーカーは事後処理のため、軍艦内部に足を踏み入れた一人のようだ。
は苦々しく笑う。
「人は変わるものよ、スモーカー。
誰かの一言で、誰かの行動で。
あの軍艦内部では、私が正義を背負うことが出来なくなるような、
感情的にならざるを得ないような、
そんな会話が交わされていた。・・・それだけのこと」
は忠告するように言った。
「あなたがどんな正義を掲げようが、私には関係ないけれど、
あの”世界政府”の下で、それを背負い続けるのは難しいわ」
「・・・もとより承知の上だ。
言うつもりが無いならもういい。さっさと行け」
白い息を吐いたスモーカーがに言うと、は手を振った。
「フフフ、あの可愛らしい大佐のお嬢さんによろしくお伝えくださる?」
返事は返ってこなかった。
※
「じゃあ、モネ、シーザー、行くわよ」
「おい何でモネの鎖を解くんだ!?だったらおれの鎖も解け!」
出航にあたり、シーザーとモネを連れ出そうと、モネの鎖を解いたに、
シーザーが抗議する。
はそれを一瞥して息を吐いた。
「あなた馬鹿なの?あなたとモネじゃ立場が違うわ」
「ば、バカとはなんだ!?」
「モネは今私の虜だし・・・あなたは”大事な”人質よ」
シーザーへ言った言葉に、その場にいた周囲がざわついている。
「と、虜!?」
「あの雪女に何したんだ白衣の悪魔・・・」
「でも確かに鳥女の奴、鎖を解かれたのに逃げ出すそぶりもねェな」
ひそひそと広がる会話にモネは眦をつり上げ、を睨む。
はそんなモネを見て、口の端をチェシャ猫のようにつり上げる。
その目には揶揄うような色が見えた。
「あら、そんな顔しても可愛いだけよ」
「・・・!」
「フフフッ」
カッ、と頬を赤くするモネに、はクスクス笑っている。
何とも言えない空気を醸し出す二人に割って入ったのはローだった。
「、お前何を遊んでる?さっさと行くぞ」
「ロー船長。
・・・ああ、スモーカーから葉巻を一箱くすねてたと思ったけど、
そういうわけね。随分酷いことするわ」
ローの歩んで来た道の先に、ベビー5とバッファローの首だけを乗せた救命ヨットを見つけ、
はそう言った。
樽に葉巻と導火線のついた爆弾を一緒に積んでいるのだから
その船の運命は半ば決まっているようなものだった。
だが、の口調に非難する色は見えない。
むしろ面白がっているようだった。
「お前の見立て通り、ドフラミンゴ自らがこの島に来るなら、ああした方が足止めにもなるだろう」
ローもそれを分かっているらしい。その唇には不敵な笑みが浮かんでいる。
は遠くが俄に騒がしくなっていることに気づいた。
「麦わらの一味も出航するようね、急ぎましょう」
宴会を終えたG-5の面々は、麦わらの一味と、
タンカーに乗り込んだ子供達との間にバリケードを作っている。
子供達が一味の名前を呼んでいるのが分かる。
G-5はそれに海賊へ悪態をつくことで応えているらしい。
当然のことだろう。だが、子供にそれは理解出来ない。
海賊、麦わらの一味は助けられた子供にとって、
自分を助けてくれたヒーローのようなものなのだ。
泣き出した子供達が、海軍へ抗議する。
「なんでお別れの言葉も、言わせてくれないの・・・!?」
「助けに来てくれたんだ!何も無い島で、誰も来てくれなかったのに!」
「いいか!?海軍こそが正義で、海賊は悪なんだ!」
「海賊共に挨拶なんかするんじゃねェ!」
なおも悪態をつき続けるG-5に、
必死に子供達をなだめていたたしぎが怒鳴りつけた。
「やめなさいあなた達!みっともない!」
G-5はしん、と一度静まり返った。
その中で一人、声を上げる部下がいる。
彼は涙ぐんでいた。
「だがよ、たしぎちゃん!悪口でも言い続けねぇと、おれ達ァ、
この無法者共を、好きになっちまうよォ!
・・・か、海賊なのによォ!」
口火を切ったように男泣きし始めるG-5に、スモーカーが頭を抱えているのが見える。
は口元に手を当てて笑った。
「海賊のお兄ちゃん、お姉ちゃん!助けてくれてありがとう!」
「大人になったら僕たちきっと、海賊になるよーっ!」
子供達の言葉にG-5は「ダメだ!なるなーッ!」「海賊はダメだー!」と叫んでいる。
麦わらの一味には「次会ったら捕まえてやる!」と叫ぶG-5だが、
ルフィを筆頭に、一味の人間は笑うばかりだ。
「ふふ、ルフィ君の言うとおり、変な海軍ね」
「ああ・・・」
ローの口元には笑みが浮かんでいる。
相手を挑発するような不敵な笑みではない。
はそれを見て僅かに眉を上げたが、いつものように揶揄うことはしなかった。