挑発

麦わらの船、
サウザンドサニー号に乗り込む。

がはしごを上っていると、麦わらの一味のコック、
サンジがに手を差し伸べた。

はその手を当然のように取って、甲板へと足を踏み入れる。
芝生の生えた甲板に、海賊団の規模にしては贅沢な船だとは内心で思いながら、
サンジへとその顔を向けた。

「ありがとう、サンジ君」

に愛想良く微笑まれ、サンジはその目をハートに変えた。
咥えた煙草の煙すらハートだ。

くるくるとその場で踊りだしたサンジにが目を丸くするも
麦わらの一味は慣れているようだ。
また始まった、と言わんばかりの白い目も、サンジは気にした様子が無い。

「あぁ、2年前のあの日から、僕の心にはあなたが住んでいた・・・!
 まるでグランドラインに降臨する白衣の天使・・・!麗しの真珠!
 吸い込まれそうなその目の虜になりそうです、お姉様・・・!」

跪いてみせたサンジに、
は彼女にしては珍しく困惑の表情を見せる。
ローがその様子を見て腕を組んだ。

「おい、気安いぞ、黒足屋」
「流石に同盟相手から吸い取った覚えはないんだけど・・・
 いつの間に中毒にしたかしら?」
「そうじゃねぇだろ!?」

ローが見当違いな心配をするの肩をどついた。
は軽く息を吐く。

「冗談よ、ロー船長。
 ・・・サンジ君。あなた見る目が無いわよ」

の呆れもものともせず、サンジはなおも言い募る。

「このサンジ、あなたになら吸い尽くされても良い!
 むしろ吸い尽くして欲しい・・・!」
「・・・彼は人の話を聞いているの?」

麦わらの一味に目を向けると、チョッパーがててて、とに近寄って来た。

「あのな、、気にしなくて良いぞ!
 サンジのこれはいつものことだから!」

それに同意するように、ゾロが頷く。

「ああ、ビョーキだ。頭のな。お前ら医者だろうが治せねぇよ。
 ”馬鹿は死ななきゃ治らない”って言うだろ?」
「なんだとクソマリモ!」

その罵りの言葉にぎっ、と鋭い視線を向けゾロと騒ぎだしたサンジに、は深いため息を吐いた。

「緊張感が欠片も無いわねぇ」
「・・・お前もそう言う類いのもんは持ち合わせてねぇだろうが」
「無闇に気を張って疲れるのは嫌いだもの」

の言葉に、ローは黙り込み、持っていたでんでん虫を睨んだ。

受話器を外しておいて来たでんでん虫の先が妙に騒がしいことに気がついたらしい。

「・・・やはり来たようね」
「若様・・・」

呟いたに、モネが複雑な表情を作る。
はそれを無視して、ローがドフラミンゴを挑発するのを聞いていた。

「驚いた・・・。ボスが直々にお出ましとはな」

白々しく言うローに、でんでん虫が低い声を作った。

『ローか・・・久しぶりだってのに、なかなか会えねェもんだな。
 白衣の悪魔と手を組んだそうだが、止めとけ、お前の手に負える女じゃねェ・・・!』
「・・・余計なことは良い。
 お前が探してるだろうシーザーはおれの手の内に居るんだ。
 お前の”元部下”のモネもな」

ローはでんでん虫をシーザーの方へ向けた。
シーザーはドフラミンゴが相手だと知ると涙を流し、助けを求める。

ドフラミンゴの表情を真似するでんでん虫は苛立ちにその表情を歪めたように見えた。

『ベビー5とバッファローの身体はどこにある?』
「さァな・・・本題に入るぞ。
 取引だ、ドフラミンゴ」

でんでん虫の先で、笑う声がする。だが、その声には怒りが滲んでいる。

『取引だァ?頭を冷やせクソガキ。
 大人のマネ事をするんじゃねェよ!
 あの女に何を吹き込まれたかは知らねェが、おれを怒らせるな・・・!』

は笑みを深めた。
ドフラミンゴはがローを唆したと思っているらしい。
だが、ローは構わずに言葉を続ける。

「怒らせる?
 誰かを怒らせることを心配するのはお前の方だ、ドフラミンゴ」

でんでん虫の先で、誰かが息を飲んだ。

「お前にとって今、一番大切な取引相手は、四皇の一人。
 大海賊”百獣のカイドウ”。
 ・・・お前が”SMILE”をもう作れないと奴に知れたらどうなるか。
 想像がつくだろう?」

ローはその口元に不敵な笑みを浮かべている。
モネは眉をよせ、苦渋に満ちた顔をしていた。

「言い訳でもしてみりゃいいさ、それが通じる男ならな。
 『最悪の世代のクソガキに”SAD”をぶった切られてもう”SMILE”は作れねェ』
 そんな言葉を口にしてみろ。怒らせるどころの騒ぎじゃねェ。
 ・・・お前は消される」
『冗談じゃねェぞ、ロー!
 ・・・どうすりゃシーザーを返す!?さっさと条件を言え!』

「簡単なことだ。
 ”王下七武海”を辞めろ!」

モネが歯を食いしばる。
は腕を組んだまま笑みを深める。
ベビー5とバッファローがでんでん虫の先で抗議しているようだが、
肝心のドフラミンゴは黙り込んでいるらしい。

「10年で築き上げた地位を全て捨て、一海賊に戻るだけだ。
 ただしそうなれば今度は海軍本部の大将達がお前を逃がさない。
 ・・・リミットは明日の朝刊」

ドフラミンゴは七武海の特権で国王の座を認められてるのだ。
当然のことだろう。

「お前の七武海脱退が新聞に報じられていればこっちからまた連絡する。
 そうでなければ交渉は決裂だ。・・・じゃあな」
『おい、待て、ロー!』

言い募るドフラミンゴを無視して、通話を切ったローに、モネが怒りを露にした。

「こんなことをして・・・ただで済むと思ってるの?!」
「さァな、今のお前が心配しても、無駄なことだ。モネ」

ローが冷たく言うと、モネは言葉を飲み込んだ。
唇を噛んでいる。
がそれを見て、呆れを滲ませてローを咎めた。

「それにしてもあなた随分楽しそうだったわよ。
 私のこと、とやかく言えないんじゃない?」
「さて、そろそろ麦わら屋たちに作戦の全容を伝えねぇと・・・」
「フフフ・・・誤摩化されてあげるわ」

はやれやれと首を振って、作戦を教えろ、と言うルフィ達の元へ歩を進めた。



「同盟組んで”四皇”を倒す!?」

ローの口から告げられた言葉に、まだ同盟について知らなかった一味の人間は驚きを隠せない。
そんな彼らを尻目に、一味の船長ルフィは
ローの肩を組んで手配書と同じく無邪気な笑みを浮かべている。

「ウチとトラ男の海賊団で同盟を組んだぞ!仲良くやろう!ししし!」

ローは嫌に馴れ馴れしいルフィに口を噤んでいる。
それを横目にウソップが反対意見を募集しているが、あまり反応は芳しくないらしい。

「反対したらどうにかなるんですか?」
「どうせルフィが決めたんだろ?」

ブルックが首を傾け、サンジが煙草の煙を吐いた。
ゾロに至っては乗り気なようで「いいな、それ」と笑っている。

サンジはローに近づき、いつかのウソップと同様に忠告する。

「お前の思う”同盟”と、ルフィの考える”同盟”はたぶん少しズレてるぞ。
 気ィつけろ」

船員にここまで言われる船長とはどうなのだろう、と、ローは呆れを滲ませた。
は喉を鳴らして笑っている。
そのままサンジはシーザーへと目を向けた。

「だが、納得がいった。
 ルフィが柄も無く誘拐だって言ってたのは、お前達との同盟のためだったのか。
 流石のおれも、このシーザーとか言う変な羊を料理する気にゃなれなかったしな・・・」

シーザーはチョッパーに手当されながらも悪態をつく。

「シュロロロ・・・貴様らこんなことをしてタダで済むと思うなよ・・・!
 おれを誰だと思ってる・・・!?とんでもねェ大物達に狙われるぞ、馬鹿共め!
 死んじまえ!」

それに苛ついたのか、サンジが思い切りケリを食らわせてシーザーは一撃のもとに沈んだ。
治療中の相手を傷つけられてチョッパーが怒る。

「終わってからやれよっ!」
「・・・そう言う問題なのか?」

ローはいつまでも脱線し続ける話に辟易したように言葉を続けた。

「・・・パンクハザードでお前らに頼んだのはシーザーの誘拐。
 おれは”SAD”という薬品を作る装置を壊した」

ローの言葉に、が笑みを深める。

「”新世界”に居る大海賊達は大体海のどこかに”ナワバリ”を持ち、
 無数の部下を率いて巨大な犯罪シンジゲートのように君臨している。
 おまえらも偉大なる航路の”前半の海”で散々暴れて来たらしいが、
 ”新世界”はこれまでとは規模が違う。
 一海賊団で挑んでも、船長まで辿り着けやしない・・・!」

「あくまでも、裏社会での話よ。
 公然と海賊が日の目を見ている場所は少ないわ。
 そんな裏社会の中で、最も信頼と力を得ている人間が誰かと言えば・・・」

の言葉に、ローが続けた。

「ドフラミンゴ。またの名をジョーカーだ。
 さらに今、”ジョーカー”にとって最も重要な取引相手が四皇”百獣のカイドウ”」

それに錦えもんとモモの助が息を飲んだ。
だが特に理由を言うわけでもなく、話を促すようなそぶりを見せる。

「話を続けるぞ・・・。おれたちが狙うのは”カイドウ”の首だ・・・!
 つまり、コイツの戦力をいかに減らすことが出来るかが鍵になる。
 今、カイドウは”ジョーカー”から大量の果実を買い込んでいる。
 人造の動物系悪魔の実”SMILE”だ」

「人造って!?そんなもん作れたら際限なく能力者が増えちまうじゃねぇか!」
「そういうことだ。
 ・・・人造なだけにリスクはあるようだが、
 現に今カイドウの海賊団には500人を超える能力者がいる」

危険過ぎると、ウソップが再び同盟を止めようと手を上げる。

「でも、もう能力者は増えないわよ。シーザーがこちらの手の内に居る限りはね」

の言葉にSADを作っていたシーザーを、まじまじと一味が見つめる。
チョッパーなどは科学や医療に通じているためか、どこか尊敬するような眼差しを向けてすら居た。
シーザーはそれにどこか照れたようなそぶりを見せる。

「ベガパンクの発見した”血統因子”の応用だ」
「なんだ、スゲーのベガパンクか・・・」

ローの冷静な指摘を受け、さめざめと息を吐いたチョッパーに、シーザーが苛立ったように声を荒げた。
それを無視してローが言葉を続ける。

「どっちにしろ、”ジョーカー”はもう終わりだ。
 次の作戦に移る。ドレスローザのどこかに、”SMILE”の製造工場があるんだが、」
「なるほどな、それを見つけて潰せば良いのか」

相づちを打ったフランキーに、ローも頷いた。

「その通り。だが敵は取引のプロだ。
 油断はしない。・・・

ローの呼びかけには頷いた。

「ええ、ロー船長。手はず通りに」

は懐からレポートを取り出し、シーザーに突きつけた。

「さて、ドクター・シーザー?見覚えがあるでしょう。
 これ、何だと思う?」

シーザーは息を飲んだ。
が持っているのはSADのレポートだ。

「何でお前がそれを持ってる?!SADのレポートだぞ!?」
「そうね。サンジ君、ちょっとライターかマッチをお借り出来る?」
「喜んで!」

さっとサンジがにマッチを差し出すと、は何のためらいも無く
マッチを擦り、レポートの端に火をつけた。
半分程燃えたところで、レポートを海へと放り、はサンジにマッチを返す。
その動作に、シーザーは訝し気に眉を寄せた。

「何のつもりだ・・・?そのレポートを燃やしたところで、
 おれが作り方もなにもかも覚えてる!無駄なことだ!」
「そう、あなたは覚えている。
 ・・・これであなたの頭脳のみが、ドフラミンゴの命綱になった」

不穏な言葉にを見上げたシーザーは息を飲んだ。
逆光で表情が分からないその顔。
の目だけが、爛々と光っている。

「ルフィ君、ちょっと部屋を借りていい?
 倉庫とかで構わないわ。2時間くらいで済むから」
「ん?いいけど、何すんだ?」

ルフィが不思議そうに首を傾げた。
はその声に、恐ろしいまでの甘さを含んで応える。

「シーザーのオペを少々」