描いたシナリオ

ルフィはローとスモーカーのことなど気にした様子も無く、檻を破る。
はその様子を眺めつつも、騒ぐことも咎めることもしなかった。
きっと、おそらくは無駄だろうと分かっていたのだ。

はローに視線を流す。

「さて・・・、ここからは暴れても良いのよね、ロー船長。
 さっきから地味に魔眼を使ってるから、そろそろお腹がすいたのよ」

の言い草にローは眉を顰めた。
それはスモーカーも同様だった。それと対照的に、たしぎが不思議そうに首を傾げている。

苦虫を噛んだような顔をしながらも、ローはに頷いてみせた。

「こちらの戦力を削ぐような真似をしなければ別に良い。
 ・・・勝手にしろ」
「あら、妬いてるの?」
「馬鹿か、お前は」

揶揄うようなの声に返すローの声には苛立ちが滲んでいる。
その声色の冷たさに、は肩を竦めた。

「冗談の通じない人ね・・・了解したわ。相手は選ぶことにする。
 ところで、ほら、同盟相手の彼は待ちきれないみたいよ」

が指差した先を見ると、檻の外でルフィが大きく手を振っている。

「トラ男ー!どうやって中入るんだ!?」

ローは思わず声を荒げる。

「おい!何であいつ檻の外に!?」
「網破って出た。網は海楼石じゃねェからな。
 そっちの姉ちゃんも笑って見てたもんだから別にかまわねぇもんだと思ったぜ」

フランキーの言葉に、ローは人でも殺せそうな眼でを睨むが、
はクスクス笑うばかりだ。

「どうせ止めても無駄でしょ?彼は勝手に突っ走るわ。
 フフ、そんなに怖い顔しないでよ」
「誰のせいだと思ってやがる・・・?」
「さァ?」

腕を組んだは面白がっているのを隠そうともしない。
ローは舌打ちするも、やがて諦めたように頭を振った。
副官として行動して来たの性格はもちろんのこと、
麦わらのルフィの性格も、ローは大体把握し始めている。
どちらも方向性が違うが厄介な人物だ。

フランキーはそんな同盟相手のやり取りをみて僅かに首を傾げる。
しかし、すぐに本題に入ろうと口を開いた。

「おい、おれはサニー号を何とかしてェんだが」

その言葉には口元に手を当てて考えるそぶりを見せる。
懐から見取り図を取り出し、フランキーへ見せた。
現在地と、サニー号の保管場所、それから脱出先を指でなぞりながら指示する。

「なら、あなたにはR棟66番ゲートの入り口の先に船を出してもらいましょうか。
 港になっているのよ。恐らく、我々が脱出するのもここを使うから、
 合流もスムーズに行くはず。こちらに船を出してくださる?」
「分かった」

はそのまま見取り図をフランキーに渡した。
内部に入ったらすぐにサニー号の保管場所へ向かうように言うとフランキーは頷く。

「問題ないわね、ロー船長」
「ああ、・・・はじめるぞ」
 
ローはオペオペの能力を使い、
先だって行動していたルフィを含めて研究所内部へ入った。



研究所入り口、レバー前にはシーザーの部下が幾人か集っている。
突然現れた侵入者達に戸惑いながらも武器を構える彼らと、
先ほどまで檻の中に居た各々が戦闘になった。
勿論も例外ではない。

は相対したシーザーの部下の動きを封じ、防護服のマスクを外した。
その目は爛々と輝いている。
哀れにもに目を付けられた男は、しかしから目を離せなくなっている。

「安心なさい。死にはしないわ」

はその男の顎を掴み、唇を奪う。
くぐもった声がしたかと思えば、
数秒立つか立たないかのうちに、男はその場に倒れ伏していた。

小さく息を吐き、手の甲で唇を拭うの目は、もう灰色に戻っている。
はそのまま男の握っていた短銃を拾い上げた。

「拝借するわね」
「えっ!?あなた今、何を・・・!?」

慣れた手つきで銃の残弾を確認していると、
たしぎが信じられない、と言わんばかりに声をかけてくる。
は不思議そうに首を傾げた。

「何って・・・、キスだけど?」
「じょっ、状況分かってるんですか!?何で今そんな!?意味が分かりません!」
「ええと、海軍のお嬢さん、私は一応夢魔と呼ばれる種族で、
 ・・・面倒だわ。良いじゃない別に。
 あなたがキスされたわけでもあるまいし」

疲れたように息を吐くと、目を白黒させ混乱した様子のたしぎを見て、
スモーカーがたしぎに言った。

「ほっとけ、たしぎ。ガタガタ騒ぐな」
「わ、私がおかしいんですか?!」
「いや・・・ただ、この女は夢魔。”そういう戦闘方法”なんだ。 
 いちいち気にかけててもしょうがねェ」

は腕を組んだ。
チェシャ猫のようにニヤニヤと笑っている。

「まぁ、お嬢さんが知らないのも無理は無いわ。
 少しばかり刺激が強い種族ではあるから」
「・・・馬鹿にしてますよね?」

たしぎがむっとした顔をに向けるのを見て、
は笑みを深めている。
研究所のシャッターのレバーを下げたローは、
その様子を横目で見て、じろりとを睨み、咎めるように名前を呼んだ。


「はいはい。ふざけるのも大概にするわ。
 シャッターが開いたなら外のG-5の面々も中に入ってくるでしょう。
 良かったわね、お嬢さん?」
「・・・!」

揶揄うようなの態度に唇を噛んだたしぎだが、
開いたシャッターからG-5の面々が逃げ込んでくると、
その顔は安堵したように僅かに緩められる。

そんなやり取りも我関せずの態度で、
ルフィが倒したシーザーの部下の上であぐらをかきながら笑っていた。
ロビンも面白そうに笑みを浮かべる。

「ししし!楽しくなって来た!」
「ウフフ」

それに対し、”海賊”と共闘せざるを得ないスモーカーは不服そうな顔をしたままだ。

その場に爆音が響いた。
眼下を見れば、残りの麦わらの一味と茶ひげ、侍がシャッターを破っている。
それに慌てたG-5の連中が死に物狂いでシャッターを直している。
シャッターの穴を塞いだG-5は気を取り直したように各々の武器を
茶ひげ、侍、ブルック、ゾロ、サンジ、ウソップ、ナミらに向けた。

「お!始まったな!?」

それを見たルフィは心配する様子も無く、笑って成り行きを見守るばかりだ。
ローはスモーカーとたしぎに念を押す。

「いいな、お前ら。
 麦わらの一味とおれたちの邪魔はするなよ」
「・・・ああ」

「あ!トラ男!ちょっと、あんた!」

眼下から麦わらの一味の誰かに声をかけられ、ローは面倒そうな顔を隠そうともしない。
見れば未だ元の身体に戻っていなかったサンジとナミが、
元に戻せ、戻すなとジェスチャーでアピールしている。

ローは無言で手の平を返した。

すぐさま元に戻ったサンジとナミが思い思いの反応を示している。
ローは小さく息を吐いてから、意を決したように彼にしては珍しく大声で言った。

「ここにいる全員に話しておくが、
 八方毒ガスに囲まれたこの研究所から外気に触れず、
 直接海へ脱出出来る通路が一本だけある!
 『R棟66』と書かれた巨大な扉がそうだ!」

G-5はそれを聞いてざわめく。

「おれに殺戮の趣味はねェが、猶予は2時間!
 それ以上この研究所内に居る奴に、命の保証はできねェ!」
「ええ!?」

ルフィはそれを聞いて首を傾げた。

「研究所どうにかなんのか?」
「どうなるかわからねェことをするだけだ」
「ふーん、そうか!」

ルフィはその唇に笑みを浮かべ、走り出した。

「とにかく行くぞ、シーザー!
 ぶっ飛ばして誘拐してやる!」

その声に続くように、スモーカーが眼下の部下に指示を飛ばす。

「G-5!お前らは誘拐されたガキ共を回収しつつ”R-66”の扉を目指せ!
 港のタンカーを奪いパンクハザードから脱出する!」

スモーカーに答えるG-5の雄叫びを聞きつつ、がローに言った。

「あなたの行く先は・・・聞くまでもないわね、ロー船長」
「ああ、おれはヴェルゴから心臓を取り戻さなきゃならねェが、
 当初の予定通り行動して問題ないだろう。
 今ならセキュリティも気にする必要が無い。
 D棟に入った時点でシーザー達もおれたちの目的を察するはずだ」

「自ずとヴェルゴもあなたの前に現れる・・・そういうことね。
 だけどロー船長、心臓を握られていて満足に戦えるの?結構痛いでしょ?あれ」

の言い草にローは黙り込む。

「あなたまだ私の心臓を持ってるんだから、死んでもらっちゃ困るわ」
「・・・無用な心配だ」
「それは失礼」

の唇が柔らかく弧を描く。
しかし、それも一瞬のことで、すぐには真面目な顔を作って言った。

「猶予として2時間は適正な時間だと思うけれど
 それでも急ぐに越したことは無いわ。
 このままシーザーが指をくわえて見てくれるとは思えないもの」 
「そうだな」

はローの返答に頷くと、提案してみせた。

「あなたとヴェルゴとの戦闘が避けられないなら、
 私まであなたの能力の恩恵に預かると負担でしょう?
 自力で脱出するからひとまず別行動をとるけど良い?」
「・・・」

ローは難しい顔をしたが、の言い分に一理あると思ったのか、頷いてみせた。

「でんでん虫は持っているな?」
「ええ。レポートは奪取するつもりだから、途中で顔を合わせるかもね」
「しかし、ここで別行動をとるってことは・・・ガキ共が気になるのか」

は笑みを浮かべたまま答えない。
ローは大きく息を吐いた。

「好きにしろ。麦わらの一味の目的にも通じる」

ローの言葉のどこに面白い要素があったのか、
は一度大きく瞬くと、クスクスと笑いはじめた。
目を細める仕草には常ならぬ柔らかささえ滲んでいるように見える。

「フフ、なんだかんだ言っても、
 あなただってあの子達を気にかけているんでしょう?」

ローはの言葉を肯定しなかったが、否定もせず、帽子を目深に被り直した。

「・・・心臓を突かれたくなきゃ早く行け」
「あなたのそういうとこ、結構好きよ。ロー船長」

はその場を”剃”を使って去り、先を急ぐ。
の思わせぶりなセリフに僅かに眉を顰めつつも、残されたローも歩き出した。

オペオペの能力でローがB棟まで一気に移動するとブザーが鳴りだした。
の予想通り、シーザーもこちらの様子を見て動き出したのだろう。
その場に現れたローに、スモーカーが問う。

「ロー!これは何のブザーだ!?」
「この棟のゲートが閉まる警告音だ。
 B棟へ移る通路は一つしか無い・・・おれたちを閉め出す気だろう」
「何だと・・・!」
「さっさと部下どもを奥へ移動させるんだな」

ローは迷わず歩を進める。
目指すのはD棟、SAD製造室。
描いたシナリオは、麦わらとG-5と言うイレギュラーのもと、
少しの変貌を遂げつつも、未だその筋書きを違えては居ない。
ローは不敵な笑みを浮かべた。



『こちらD棟より、第三研究所全棟へ緊急連絡!
 ただいまトラファルガー・ローが”SAD”製造室へ侵入しました!』
「フフ、流石ね、ロー。・・・仕事が早いわ」

はSAD製造方法のレポートを奪取すると言いつつも、
レポートがあるだろうD棟ではなくC棟にその足を進めていた。
R棟への連絡通路。ここに居れば、恐らくはシーザーと出くわすだろうと踏んでいたのだ。

D棟にローが居るなら、遅かれ早かれ、SAD製造室はめちゃくちゃになるだろう。
そうしたらこの研究所にさほどの価値はなくなる。
シーザー・クラウンの頭脳のみが、ドフラミンゴにとっては頼みの綱になるのだ。
シーザーはそれを心得ている。
そうすれば、この研究所内部に毒ガスを流すことを、シーザーは躊躇しないはずだ。
が壁にもたれ、しばらく待っていると、慌てたそぶりのシーザーが現れる。
読み通りだ。は立ちふさがるようにシーザーの前に立った。
ゾッとする程の甘い声を作り、囁く。

「ドクター・シーザー、そんなに急いでどこに行くつもり?」
・・・!」

一瞬怯んだシーザーだが、相手が””だったことを思い出し口の端をつり上げる。

「シュロロ・・・お前じゃおれを倒せない!
 大人しくそこをどけ!」
「まぁ、そう焦らないでよ、少しお話をしましょう?」

が指を振る。
シーザーはを窒息させようと空気を操ろうとするが、
それよりも先に、自身の身体が奇妙な感覚に支配されていることに気がついた。
足元から徐々に固まって行くような、そんな感覚に立ち止まる。

「さて、ドクター・シーザー、あなた少しお忘れのようだけど、
 以前私、あなたにアタッシュケースを渡したわね?」
「お、お前、一体何をした!?今更何の話をしている!?」

が微笑む。その目の煌めきは今や、揺らめく炎のようですらあった。
シーザーはの瞳から、目を離せない。

「あなた、その中身を覚えている?」

シーザーは息を飲んだ。今の今まで、すっかり”忘れていた”のだ。
だが、の言葉がトリガーになったように、シーザーの脳裏に記憶が蘇る。
まるで奔流のように流れ込む情報に、シーザーのこめかみに、汗が伝う。

「・・・夢魔についての人体実験の記録だ、あれは。
 夢魔を洗脳し、”魔眼”を諜報に利用しようとした政府の記録・・・!
 だが、捕らえた夢魔は皆洗脳できなかった、
 奴らは脳のスペシャリスト、洗脳なんて自分で解いちまう。
 そのせいで、自棄になった3流科学者どもは、
 加減を間違えてせっかく捕らえた夢魔共の脳みそをぶっ壊しちまった・・・!」

シーザーの言葉に、はその笑みを深めた。

「その実験失敗の一部始終が、記されていた記録だった・・・そうでしょう?
 ねぇ、”思い出した”からにはどういう理由でこの首に、
 億を超える懸賞金がかかったのか・・・理解出来るはずよね?」

芝居がかった仕草で自身の首を撫でるに、
シーザーの顔色が悪くなる。

「手配されたあの日、私が軍艦で何をしたのか、教えて差し上げましょうか。
 あなたが言うところの3流科学者どもに、私は実験をしてやったのよ。
 ”魔眼”で一体何ができるのか・・・その身体に教え込んでやった。
 ついでに”脳みそがぶっ壊れるような”感覚もね」

目の前に居る、と言う女が、どのような怪物なのか。
それは今の今まで、シーザーが、記憶を操作されていたことに気づきもしなかったことからも伺える。
脳のスペシャリスト、夢魔。その生き残りが”白衣の悪魔”なのだ。

「確かに私は戦闘能力が特別優れているわけじゃないわ。
 でも、”危険度”という基準においては、億越えというのもあながち間違っていないのよ」

近づいて来たはシーザーの白衣のポケットから拍動する心臓を引抜いてみせた。

「”スモーカー”の心臓。返してもらうわ」
「ッ・・・!」

シーザーは自分の舌を噛むとその痛みと恐怖での拘束から脱し、
ガスになってその場を一目散に去る。
躊躇いなく逃げ去ったシーザー。
は口元に手を当ててそれを見送った。

「咄嗟の判断、お見事ね。
 ああして逃げられたら、追いかけられないもの・・・。
 フフフフ、でも、歯車を一つ、掴んだわ」

の手には、”モネの心臓”が握られている。
心臓を丁寧にポケットにしまうと、は次の一手を差すべく、足を進める。

ローの手配書を見たその日に浮かんだシナリオが、段々とその形をなして行く。
はネックレスを弄りながら小さく呟いた。

「もうすぐ、もうすぐよ・・・、ロシナンテさん」