奴のペース


    早朝、麦わらの一味の音楽家ブルックが目覚ましにとギターをかき鳴らした。
    陽気な音楽に目を覚ましたローは抱えていたを壁にもたれさせ、身体を起こす。

    「・・・載ってればよし、載ってなければそれなりの対処をするだけだ」

    はブルックの作り出す音楽にも起きる様子は無い。
    薬がよく効いているのだろう。

    麦わらの一味とロー、それから同行している錦えもんとモモの助は新聞を囲んだ。
    モネとシーザーは拘束されたまま、固唾を飲んで反応を伺っている。

    「『ドンキホーテ・ドフラミンゴ”七武海脱退”!ドレスローザの王位を放棄!?』
     本当に七武海辞めやがった!」

    ウソップの反応に、モネ、シーザーは息を飲んだ。
    麦わらの一味は好き勝手に感想を述べる。

    「お・・・王位!?王様だったんですか!?」
    「王様ー?鳥の国か?」
    「こんなにアッサリ事が進むと逆に不気味だな」

    ローは不敵な笑みを浮かべる。

    「これでいい。奴にはこうするしか手が無かったはずだ」

    モネが唇を噛む横で、シーザーが喜びの涙を流す。

    「ジョーカー・・・!おれのためにそこまで!」
    「若様・・・、シーザーなんかのために・・・おいたわしい」
    「・・・おいモネ、お前今おれ”なんか”のためにって言ったか?」

    シーザーが聞き捨てならない、と言う顔をして睨むのをモネは黙殺して眉を顰めていた。

    ルフィがドフラミンゴの載っていた新聞の一面を捲り
    2面、3面を広げ、何かに気づいたのか声を上げる。

    「ん?何でおれたちの顔まで載ってんだ?」
    「は?」

    皆が訝し気に新聞を覗き込むと、
    そこには確かに、ルフィとローの手配書が並べられている。

    『「七武海」トラファルガー・ロー、”麦わらの一味”と異例の同盟。ローに対する政府の審判は不明』
    『「キッド海賊団」「オンエア海賊団」「ホーキンス海賊団」時同じくして海賊同盟を結成』

    最悪の世代と呼ばれる賞金首が奇しくも同じ時に同盟を組み始めたらしい。
    ルフィはそれを見てワクワクしているようだ。

    「へー、コイツらも同盟組んだのかー!
     同じ事考えてんのかな?」

    ローは記事の内容に難しい顔をしつつも話を進めようと言葉を紡ぐ。

    「麦わら屋。他所は他所だ。
     作戦を進める。ドフラミンゴに集中しろ」

    ローはシーザーの頭を乱暴に掴み、麦わらの一味に事の重大さを伝える。

    「これがいかに重い取引か分かっただろ?おれ達はただシーザーを誘拐しただけ。
     それに対し、奴は10年間保持していた”国王”という地位と
     略奪者のライセンス”七武海”という特権をも一夜にして投げうってみせた。
     この男を取り返す為にここまでやった事が奴の答え!
     こいつを返せば、取引は成立だ」

    もっとも、によって記憶を操作されたシーザーに、
    ドフラミンゴが地位と特権を投げ打つ程の価値があるかどうかは別の話だが、と
    ローは内心でほくそ笑んだ。

    そして約束通り、ローはドフラミンゴへとでんでん虫をかけ始めた。
    何度かの通信音の後、受話器を取ったらしい、ドフラミンゴの声がする。
    その感情はでんでん虫からは読み取れなかった。

    『おれだ・・・”七武海”を辞めたぞ』

    背後で麦わらの一味が何か騒いでいたが、それに構わず会話をしようとすると、
    突如ルフィがローの手からでんでん虫の受話器をもぎ取った。

    「もしもし、おれはモンキー・D・ルフィ! 海賊王になる男だ!」
    『ん?』

    ウソップが制止しようとルフィの頭を思い切り殴るが、
    ルフィは構わずドフラミンゴを怒鳴りつける。

    「おいミンゴ!”茶ひげ”や子供らをひでェ目にあわせてたアホシーザーのボスはお前かァ! 
     シーザーは約束だから返すけどな、また同じようなことしやがったら、お前もブッ飛ばすからな!」

    ドフラミンゴはでんでん虫の先で笑いだした。

    『フフフッ!“麦わらのルフィ”だな・・・!
     兄の死から2年、ぱったりと姿を消し、お前どこで何をしていた』
    「!」

    ルフィは一度口を開きかけたが、すぐに口を噤んだ。

    「それは!絶対言えねェ!」
    『へェ・・・?まあいいさ。
     おれはお前に会いたかったんだ、麦わらのルフィ。
     お前が喉から手が出るほど欲しがるものを、おれは持っている』

    ルフィは息を飲んだ。同時にごくり、と唾を飲み込む。

    「お、おい・・・ミンゴ・・・それは一体どれほどおいしいお肉なんだ・・・!?」
    「麦わら屋!いい加減にしろ!奴のペースに乗るんじゃねェよ!」

    ローがルフィから受話器を奪い返し、本格的な交渉に入る。

    「ジョーカー!余計な話をするな!約束通りシーザーは引き渡す。それで良いな?」

    『・・・お前達の方が話を脱線させたと思うんだがなァ?
     フッフッフッ、だが流石にお前は鈍っては居ないようだ、
     そうさ、交渉において”条件”は守られるべきだ。
     例えばここに来てシーザーもろともトンズラでもすりゃあ、
     ・・・お前はどういう目にあうか良くわかっている』

    ローは沈黙で返した。
    ドフラミンゴは何が面白いのか愉快そうに笑う。

    『さァ・・・まずはシーザーの無事を確認させてくれるか?』

    シーザーには一言二言喋らせて、ローはすぐに場所を指定した。

    「今から8時間後!『ドレスローザ』の北の孤島、『グリーンビット』"南東のビーチ”だ!
     『午後3時』にシーザーをそこへ投げ出す。勝手に拾え。こちらからそれ以上の接触はしない」
    『フッフッフッ!寂しいねェ、成長したお前と一杯くらい、』

    ドフラミンゴは会話をまだ続けたがっているようだったが、
    ローの手から再び受話器を奪い取ったルフィが無理矢理通話を切ってしまった。

    ローはそれでも構わない、と思いつつもルフィが肉のことしか考えていないと見て
    呆れたように息を吐いた。
    サンジがローに厳しい表情で問いかける。

    「オイ待て、相手の人数の指定をしてねェぞ。一味全員引き連れて来られたらどうする!
     あと、お姉様はどうした」
    「眠ってるだけみてェだ・・・けど起きないのは変だな。昨日の手術の影響かな?」

    チョッパーがの顔を覗きこんで様子をうかがっている。
    ローはまずサンジの疑問に答えた。

    「まず、黒足屋。ドフラミンゴが一味全員で引き渡し場所に来たところで、何も問題は無い。
     むしろ好都合だ。この作戦に置いて、シーザーの引き渡しは”囮”のようなもんだからな」
    「・・・じゃあその隙に、『スマイル』の工場を潰す方が目的ってことか?」

    ウソップが言うと、ローは頷く。

    「ああ、だが、それがどこにあるのか。の諜報でも分からなかった」

    ローの言葉に、モネはその目に疑念を浮かべ、眠り続けるへと視線を送る。
    モネの様子には気づかず、ローは続けた。

    は魔眼でどんな相手からでも20分あれば秘密を喋らせる事が出来る。
     そのが情報を得られなかったってことは・・・おそらく普通じゃない場所にあるんだろう」
    「敵の大切な工場なら、秘密があってもおかしくないってことね。
     なら、なおさらに起きてもらわなきゃ困るんじゃないの?」

    ナミの疑問に、ローは首を振った。

    「いや・・・はここで眠っていてもらう。
     には昨日、おれが睡眠薬を投与した」
    「!?」

    その場に居た全員が息を飲んだ。

    「どういうことだ?」

    サンジが首を傾げると、ローはに視線を向けた。
    は未だに眠り続けている。

    は個人的にドフラミンゴを恨んでいる。
     昨日モネを連れて来た事もそうだが・・・作戦通りに動かねェこともあるだろう。
     先走ってドフラミンゴに無謀な攻撃をしかける可能性もある。
     それで作戦に支障をきたしたら元も子もねェ」

    「そういや、長年の仇だって言ってたな・・・」

    ウソップがパンクハザードでのの発言を思い返して唾を飲み込んだ。

    「それに、の役目はシーザーの手術をした時点でほぼ終わっている。
     ・・・用済みだ。魔眼の有用性を差し引いてもこれ以上のリスクは背負えない」
    「・・・随分な言い方をするのね」

    ナミが眉根を顰め、ローを睨んだ。

    口には出さないまでも、その言い草には思うところがあるらしい、
    一味の大半が気分を害しているように見えた。

    ローは目深に帽子をかぶる。

    「どうやらウチのクルーは随分懐かれているらしいな。
     だがはハートの海賊団の船員。どう扱おうがおれの勝手だ。
     麦わら屋。をこの船に置いていても良いか?」

    同盟相手の船長であるルフィに一応の伺いを立てるローに、
    の様子を見ていたチョッパーが抗議した。

    「トラ男、お前かなり強力な睡眠薬使っただろ!
     ルフィ!起こそうと思えば起こせるけど、多分身体に相当負担がかかる。
     ・・・おれからも頼むよ」

    ルフィはしばらく黙ってを見たあと、ローに視線を移した。
    ローは腕を組みながら、ルフィの返事を待っている。

    「白いのがミンゴをどう思ってるかとか、
     作戦に邪魔だとかそういうのはよくわかんねェけど、いいぞ。船に置いても。
     白いのはトラ男のクルーだし、同盟組んだんだからな」
    「・・・そうか」

    心なしか安堵したようなローに、
    ルフィは彼にしては珍しく、考えるようなそぶりを見せた。

    「でもなー、うーん。
     多分白いの、起きたらスッゲー怒るぞ。いいんだな?」
    「・・・」

    ルフィの物言いを黙殺し、何を思ったかローはモネの前まで移動して、その拘束を鬼哭で解いた。

    「え!?鎖とっちゃうの!?」
    「魔眼で彼女の行動を制限してるんじゃないんですか?
     さん寝てるのに、大丈夫?!」

    ナミとブルックが声を上げるも、ローは無視してモネに向き直る。

    「昨日言った通りだ。良いな」
    「ええ」

    モネは難しい顔をしながらも、の側に寄ると腰を下ろした。
    攻撃する仕草もなくむしろを守るようなそぶりを見せたモネに、
    ロビンが息を飲んだ。

    「すごい効果ね・・・これも魔眼の力なの?」
    曰く、特別モネは魔眼が効きやすいらしい。
     安心しろ。モネはの害になることは・・・お前らを攻撃することはしない。
     そうだな、モネ」
    「・・・不本意だわ」

    モネは渋々肯定してみせる。

    「ちょっと不安だけど・・・」

    ナミはまだ警戒しているようだが、それ以上は何も言わなかった。
    すると今までタイミングを伺っていたのか、
    錦えもんがローにドレスローザに上陸するのか不安そうに声をかける。

    「ロー殿、『グリーンピット』と申しておったが・・・」
    「『ドレスローザ』に船はつける。安心しろ」

    ローが簡潔に答えると、ルフィが面白そうに声を上げる。

    「トラ男ー、お前そこ行ったことあんのかよ、ドレスろうば!」
    「ローザだ」
    「ローザ!」
    「ない。奴の治める王国だぞ」

    ローの返答に、
    ルフィはこの期に及んで事の重大さを分かっているのか分からない、
    眩しい程の笑顔で笑うばかりだ。

    「なら、全部着いてから考えよう!
     しししし、冒険冒険っ!楽しみだなー、ドレスローザ! 
     おれ、早くワノ国にも行きてェなー!」

    緊張感の無いルフィにローは気色ばむ。

    「馬鹿言え!何の計画もなく乗り込めるような、」

    だが朝食をとらんと食堂へ足を運ぶ一味は各々コックのサンジにリクエストを送っていて、
    ローの言葉には耳を貸す様子も無い。

    それどころか思わずローも朝食がサンドイッチと聞いて「パンは嫌いだ」と口にしてしまっていた。
    完全に麦わらの一味のペースに乗せられてしまっている。

    どうもこの一味には調子を狂わされる、と帽子の上から頭を掻いたローに、ロビンが声をかけた。

    「ウフフ、トラ男くんも大変ね。大事なんでしょう?が」
    「・・・何の話だ」
    「昨日の、」
    「わかった。言わなくて良い。黙ってろ」

    ギロ、と人でも殺せそうな顔でロビンを睨め付けてみても、
    ロビンはクスクス笑うばかりだった。

    「あんなに酷い言い方しなくても良かったのに」
    「事実は事実。・・・はもう充分役目を果たした。
     そもそも、直接ドフラミンゴと相対する必要はねェんだからな」

    ローの思惑通り、この作戦がうまく行くのなら、
    ローももドフラミンゴと顔をあわせる事無く、ドフラミンゴは破滅する。
    が起きた時、は復讐の対象を失っている。
    過去に捕われる必要も無くなっているはずだ。

    それが今のローにとっては何より望ましい結末だったのだ。