の思惑


    王下七武海、海賊ドフラミンゴの治める、この国の特筆すべき点は
    名産の色鮮やかな花々。
    スパイスの香る料理。
    情熱的な女達の踊り。
    そして、人間と共存する、命を持ったオモチャの姿。

    人呼んで”愛と情熱とオモチャの国”
    それがドレスローザだ。

    最後の一つがドレスローザの特徴になったのは、
    ごく最近だとローはから聞いていた。

    島を取り囲む岩壁は高く、島そのものが要塞のような作りをしている。
    だが、少し回り込めば船をつけられる海岸がある。

    港に堂々と船をつける訳も行かない海賊、麦わらの一味一行にその場所を教え、
    ローは朝食を摂りながら話した航路を踏まえて、
    作戦を告げようと一度内心で情報を整理した。

    侍、錦えもんとその息子、モモの助は
    ドレスローザではぐれたカン十郎を取り戻し、ゾウへと向かわなくてはならないらしい。

    ゾウはローの航海士、ベポの故郷だ。ハートの海賊団の潜伏先としてローが選んだ島でもある。
    どうやら何事も無ければ、麦わらの一味とは”ゾウ”まで道中を共にする事になるのだろう。

    島に上陸すると、何やらルフィとモモの助が小競り合いをしだしたが、
    ローはいちいち構っていられないと黙殺して、ナミにビブルカードをちぎって渡した。
    ナミは受け取ってまじまじとその紙を眺める。

    「これは・・・誰のビブルカード?」
    「ウチの航海士、ベボのものだ。
     さっき話した『ゾウ』という島を指す。おれ達に何かあったらここへ行け」

    ローの不穏な言葉にウソップはぎょっとする。

    「おい!何もねェだろうな!?」
    「さァな」

    ローはウソップを軽くあしらって地面にベポの描いたドレスローザの地図を広げた。

    「仲間の描いた地図だ。今おれ達は・・・」
    「わっ、下手!」
    「・・・おい、余計な事を言うな。
     話を続けるぞ。今、この辺りだ」

    ナミが思わず、といった風に口にした感想に、ローは軽く目を眇めるが、
    いちいち突っかかっても居られないと現在地に当たる場所を指さした。

    「シーザーを引き渡すチームは『ドレスローザ』を通って、
     北へのびるかなり長い橋を渡り『グリーンビット』へ進む。
     おれと鼻屋、ニコ屋、シーザーで行こう」
    「船で行きゃいいだろ!全員で!」

    一味を分散させると知ってウソップは声を上げた。
    ローは首を振る。

    曰く、グリーンビットは
     ”闘魚”と呼ばれる肉食魚の生息地になっていて、
     普通の船じゃまず船をつけるのはおろか、航海すら難しいそうだ」
    「あら・・・そこまで調べがついてるのね」

    ロビンが面白そうに微笑んだ。

    「あ、安全に頼むぞ、オイ!」

    不安そうなシーザーの嘆願を無視して、ローは話を続ける。

    「工場破壊が済んだらドレスローザに用は無い。
     速やかにこの島を出るなら、船の安全確保は不可欠。
     ここには・・・、黒足屋、トニー屋、骨屋、ナミ屋、モモの助、
     モネ、を置こう。場合によってはドフラミンゴの刺客が来る。十分に注意しろ」

    その言葉に、ナミとブルックはローに食って掛かった。

    「敵が来るってどういうこと!?」
    「船番安全じゃないんですか!?」

    ローは腕を組んで首を傾げた。

    「当たり前だろう。相手はドフラミンゴだ。
     見逃してくれりゃそれに越した事は無いがな」

    「だよな。ここは敵の本拠地だもんな・・・、
     でも船番はサンジも一緒だから大丈夫・・・。
     あれ!?サンジ!?サンジどこだ!?」

    頷いたチョッパーは頼みの綱だったらしいサンジの姿が見えないことに慌てだした。
    ローも作戦の細部を伝えていない要とも言えるメンバーが、すでに姿を消している事に眉を顰める。

    「麦わら屋たちはどうした!?あいつら、作戦のメインだぞ!」
    「先走って行っちゃったのね・・・ハァ」

    ナミがため息を吐くと、チョッパーが先ほどの落ち着きが嘘のように取り乱している。

    「おい!おれ達は誰が守ってくれるんだ!?」
    「・・・必要ならモネに戦闘をさせろ。実力はお前らも知ってるだろう」

    モネを乱暴に指差して告げたローに、
    当の本人は眉を顰めた。

    「言っておくけど、私は積極的に力を貸したりはしないわよ」
    「裏を返せば、どうしようもなくなった時は対処するってことだろ?
     そんなのはじゃなくても分かる」
    「・・・」

    奥歯を噛み締め、モネは悔しそうにローを睨んだ。
    ローはサニー号安全確保チームに目を向け、自身の考えを整理するように言う。

    「・・・仕方ねェ。
     工場破壊と侍救出は先に出てった奴らに任せよう。
     麦わら屋、ロボ屋あたりが工場破壊のメインを張るなら、問題ないハズだ」

    「あいつらが戦闘でどうにかなる事は無ェけど、
     場所がわかんねェのが痛ェな・・・。
     フランキーあたりがなんとかするだろうが・・・」

    不安そうなウソップの言葉に頷いた、ローは何に思い当たったのか眉を顰める。

    「しかし、新聞に顔が出たのは都合が悪ィな」
    「そうね。私たち全員指名手配されてるし・・・、
     気休め程度にしかならないと思うけど、変装したほうが良いかもね」

    ロビンの言葉に頷いて、一度その場に居たメンバーはサニー号へと戻った。
    シーザー引き渡しチームは各々上陸の準備を始めている。
    ローはポケットに入れていたキューブを取り出した。

    赤く脈打つ心臓。ゆっくりと鼓動するの命だ。

    ローはの側に侍るモネに近づいた。
    モネはローが手にしているものが、の心臓だと気づいて目を見張る。

    「あなた、ずっとから心臓を・・・!?」
    「・・・お前には関係ない」

    モネの非難を無視して、ローはの胸に開いた大きな穴に、心臓を戻す。

    結局ローが2年間預かっていたの心臓。
    それがやっと持ち主の元へ返ったのだ。
    心無しか、の顔色が良くなったようにも見え、モネは目を眇める。
    ローは心臓が戻ったのを見届けると、目蓋を硬く瞑った。

    「これでいい」

    目を開け、一人呟いたローはもう振り返らない。
    シーザー引き渡しチームはドレスローザ北、グリーンビットへと歩を進めた。



    将軍ごっこと言ってモモの助の相手をし、
    遂には歌いだしたブルックらを見て、モネは呆れたように羽を組んだ。

    「どこまでも・・・緊張感の無い、一味だわ」

    モネはそんな麦わらの一味らとは距離を置き、
    の頭を膝に乗せながら、思索に耽る。

    ローの作戦には幾つか、腑に落ちない点があった。

    モネはの顔を覗き込む。
    は驚く程良く眠っていた。
    モネを支配し冷たく煌めいた、宝石のような瞳は今、目蓋の奥にある。
    雪のように白い髪を梳いて、モネは目を伏せた。

    ローは先ほど、は工場の場所について、情報を掴めなかったと言った。

    だが、モネは『工場の場所を知っている』
    がモネから引き出した情報の中には、
    SMILE工場の場所、そして何より、ドレスローザの闇の根幹、
    ホビホビの実の能力者である、モネの妹シュガーについても含まれているはずだ。

    モネに、が自身から情報を引き出した時の記憶は無い。
    だが、認めたくはないと思いながらも、
    モネは自身が”魔眼”が効きやすい人間だと言う自覚を持ち始めていた。
    には全て話していると考えて良いだろう。

    もし、がモネから引き出した情報の全てをローの耳に入れていたのなら、
    ローはSMILE工場破壊はもちろんの事、
    シュガーの能力の無力化を視野に入れて動いたに違いない。

    おもちゃが元の姿に戻れば混乱が生まれる。
    何しろドフラミンゴがおもちゃにするのは、ドンキホーテにとって都合の悪い人物ばかり。
    それが元に戻ったとなればドフラミンゴに反旗を翻し、暴動が起きてもおかしくはない。
    その隙にSMILE工場を破壊することも容易になるはずだ。

    そうなれば、まず間違いなくドンキホーテによるドレスローザの支配は崩壊し、
    ドフラミンゴは失脚するだろう。
    今ローが立てた作戦よりもずっと容易く。

    だからこそ、モネがの手に落ちた事を知ったドフラミンゴは
    でんでん虫越しに、に対して殺意を露にしていた。

    それなのに。

    ローの口ぶりから、がいくらかはドレスローザについて情報を流したことは分かる。
    だが、それは全てではない。

    はローに、黙っていることがある。

    そもそも何故、はモネをドレスローザに同行させようと思ったのだろう。
    様々な疑問がモネの脳裏に浮かんでは消える。

    、あなたは一体何を考えているの・・・?」

    問いかけてもは答えない。
    眠り続けるの頬を撫でていると、船室から何かが壊れるような音がする。
    モネは訝し気に首を傾げる。

    モネに遅れて麦わらの一味も気づいたようで、声を上げていた。

    「え?」
    「やだよー・・・」
    「!?」

    その音が気のせいでない事が分かったらしい、
    ナミがモモの助を抱え、ブルック、チョッパーが身を寄せ合い、一つどころに集まった。

    「え!?何!?この船、私たちの他には誰も居ないはず」
    「ですよね、えー!?何の音!?コワイー!キモイー!」
    「あなたがそれを言うの・・・?」

    見た目が一番恐ろしいブルックの気弱な感想に、モネが呆れたように言う。

    「むっ、確かに私はガイコツですが、怖いものは怖いんですよ!
     ・・・この音、男部屋からですね」

    ブルックは気分を害したようだが、少し冷静になったらしい。
    声のする場所に顔を向けた。

    「やだよー・・・、全く・・・、やだやだ・・・」
    「誰の声だ・・・?」
    「誰か居るーッ!?」
    「せ、拙者は怖くなんか、怖くなんか・・・!」

    涙目のチョッパーにブルック、そして怯えた様子のナミとモモの助を尻目に、
    モネは唇を真一文字に引き結んだ。

    モネには思い当たる人物が居る。
    ドンキホーテ・ファミリー、最高幹部トレーボルが率いる
    特殊能力チームの幹部ジョーラ。

    ドフラミンゴが麦わらの船を見逃すはずも無い。
    ジョーラがこの船を襲うのはある意味で予想通りだ。
    問題はドフラミンゴのモネに対する処遇。
    でんでん虫でドフラミンゴはモネについて言及しなかった。

    モネのこめかみに一筋汗が伝う。
    ドフラミンゴは腹心の失敗は許しても、裏切りは許さない。

    モネがを抱え、立ち上がった。

    「ちょっとアンタ、何する気!?」

    麦わらの一味が立ち上がったモネに気をとられた時だった。

    「やだやだ、こんな船・・・。
     美は型に嵌らず、自由で、開放的で、情熱的でなくては・・・!
     あーた達もこの芸術を身を以て体験するが良いざます!
     ”ブロークンフ・アート”!!!」
    「え!?」

    突如現れた花柄のワンピースを纏う、
    大柄な中高年の女が男部屋から煙のようなものを麦わらの一味へと浴びせかけた。

    咳き込んだ後、自身の手を見て、ナミ、チョッパーが叫ぶ。

    「なっ、何よこれ!」
    「身体がおかしい!」

    まるでオブジェのような身体になったナミ、ブルック、チョッパー、モモの助を見て、
    モネはを抱えたまま、距離を踊らせた。
    そのままゆっくりと壁際にの身体を横たえ、背にして庇う。
    部下を引き連れ、甲板まで出て来たジョーラは、モネに気づいたらしい、眉を上げた。

    「あら、ここに居たざますか、モネ」
    「ジョーラ・・・!」

    「モネさんのお知り合い!?と言う事は、あの方!」
    「ドフラミンゴの手先なの!?」

    ブルックの言葉に、ナミがジョーラを睨みつけると、ジョーラは高らかに笑う。

    「オホホホホ・・・誰が人魚姫ざます!?」
    「だれも言ってねェよ!」

    チョッパーが突っ込むも、ジョーラは我関せずと話を進めた。

    「手先とは人聞きの悪い・・・!
     あたくしはドンキホーテの幹部!
     ”アトアト”の実のアート人間。芸術家ジョーラ!
     あーた達が油断してくれたおかげで指令も簡単にこなせそうで何よりざます。
     そうは思わないざます?モネ」
    「・・・なんですって?」

    警戒するモネにジョーラはナイフを放る。
    足元に転がったナイフに、モネは訝し気な視線を向けた。
    ジョーラは告げる。

    「あたくしへの指令は”モモの助の誘拐””船の奪取”!
     それから、これはファミリー全員に厳命されてるざますが・・・、
     ”モネの救出”そして”白衣の悪魔の抹殺”!」
    「!?」

    麦わらの一味、そして、モネは息を飲んだ。
    ジョーラは続ける。

    「オホホ、安心したざましょ?
     若様はあーたをお許しになるそうざます、モネ。
     なにしろ白衣の悪魔を相手にするのは、
     恐らく最高幹部以上の力が無くては難しいと仰っていた」
    「・・・若様は、”魔眼”をそれほどまでに警戒していたのね」

    モネの言葉にジョーラは頷いた。

    「当然ざます。その女の”魔眼”は人の心を操り、”洗脳”する事が出来る力・・・!
     あーたがそうやって白衣の悪魔を庇うそぶりを見せるのも、
     悪魔に洗脳されているが故のこと。
     さァ、ナイフを拾うざます!」

    ジョーラの言葉に、モネは目を見開く。
    ブルックが声をあげた。

    「まさか、」
    を殺せって言うのか!?ダメだ!そんな事ゆるさないぞ!」

    チョッパーがナイフを取り上げようとするが、
    ジョーラが煙を浴びせ、チョッパーの足を芸術に変える。

    「チョッパー!」
    「あ、足が動かねェ!ちくしょう・・・!」

    ナミが突っ伏したまま動かないチョッパーを腕に抱えた。
    ジョーラは鼻をならす。

    「邪魔するんじゃないざます!
     これはウチのファミリーの問題!部外者はおだまり!」

    それからモネに向き直り、を指差した。

    「モネ、若様は白衣の悪魔と、”魔眼”について、ある程度まで調べていたそうざます。
     ”魔眼”は『瞳孔から特殊な信号を送り、視線を合わせた相手に作用する』
     つまり、”魔眼”の効果を持続するためには、定期的に目を合わせる必要があるはず」
    「・・・」
     
    モネは振り返り、眠り続けているを見つめた。

    「・・・を殺せば、洗脳は解ける」
    「その通り!どういう理由かは知らないざますが、
     白衣の悪魔が無防備に喉元を晒している以上、これほどの好機はないざます」

    ジョーラは眠り続けるを嘲るように見下ろし、モネに迫った。

    「さァ、モネ!白衣の悪魔の喉を搔き切り!
     洗脳を解いて再び若様へと忠誠を誓うざます!
     それこそがあーたの生き延びる唯一の道ざますよ!?」