"家族"


    王宮最上階
    ドフラミンゴとロー、ルフィの戦いは続く。
    激しい打撃と斬撃を浴びせかかるローとルフィだったが、
    ドフラミンゴ相手に決定打を撃てずに居た。

    肩で息をする2人を前に、ドフラミンゴは腕を組み、ローとルフィを見下ろした。
    怒気の混じった覇気が2人の肌をチリチリと焼くようだった。

    「さァて、今のドレスローザはお前達のおかげで散々な状況だ。
     SADに引き続きお前らの手によりSMILE工場は破壊された。
     ヴェルゴを手にかけ、モネを洗脳し、シーザーは誘拐する・・・、
     国中のオモチャを解放した挙げ句の果てに、
     よりによって、このおれを倒せると自惚れ、挑んでくる!」

    ドフラミンゴが一層凄んだ。

    「その結果がコレだ!
     城下からは銃声、悲鳴が聞こえてくるなァ、
     今朝までは人々の笑い声が聞こえ、音楽が鳴り響いていた。
     豊かで平和な国だった・・・お前達が来るまでは」

    当てつけるようなドフラミンゴの言葉に、
    ルフィが苛立ちに眉を顰め、声を荒げる。

    「ウソつけ!上っ面だった!」

    ルフィが会ったドレスローザの国民はそう多くはないが、
    街中を歩く人々は楽しそうでも、
    コロシアムにいたレベッカや剣闘士達は苦しみに喘いでいた。
    人々を楽しませるオモチャの正体はドンキホーテファミリーの奴隷だった。

    ドフラミンゴは城下を見ろというように、その腕を広げてみせる。

    「フフフッ、まァ、話は最後まで聞けよ麦わら。
     これからこの平和だった国の連中は、遅かれ早かれ皆死ぬんだ。
     だからロー、お前がモネに白衣の悪魔を預けたところで何も変わりはしない」

    「・・・何だと?」

    ローが怪訝そうな顔をすると、ドフラミンゴは空を指差した。
    城下から聞こえる怒号がより大きくなったような感覚を覚え、
    ルフィとローは息を飲む。

    「ドレスローザを囲むこの”鳥カゴ”は今、少しずつ収縮しているんだ。
     まるでゆっくりと傘を閉じるように・・・やがてこの国の全てを切り刻むだろう。
     時間にして約、1時間ってとこか」

    「!?」
    「味方も巻き添えで構わないつもりか!」

    ローはぐ、と奥歯を噛んだ。
    ルフィもそのことに気がついたようで、半ば唖然とドフラミンゴを見やる。

    「フッフッフッフ! 心配には及ばねェ。
     おれのファミリーなら、自力でおれの下まで来れるはずだ。
     おれはあいつらを”信じている”」

    ドフラミンゴの言葉は本心なのか、虚言なのかは分からなかったが、
    その場ではどこまでも空虚に響いた。

    「その他の、国の秘密を知った者たちは全員皆殺しだ。
     大体生かしておく理由がねェよなァ、
     フフッ、この国が滅んでも、また国は創ればいい」

    ルフィがドフラミンゴを睨み上げる。

    「お前ェ・・・仲間をなんだと思ってんだ!ミンゴ!!!」
    「”家族”さ、大切だ」

    笑い、淡々と述べるドフラミンゴに、我慢できなくなったのだろう、
    ルフィがその腕を振り上げた。

    「——それもウソか!?関係ねェ、お前をぶっ飛ばせば済む話だ!
     ゴムゴムのォ!」

    大振りな攻撃に、ドフラミンゴが迎撃しようと構えをとった。

    「フフフッ!
     それが出来ねェって話をしたつもりだったが・・・」

    「”イーグルバズーカ”!」

    ルフィの打撃を躱し、ドフラミンゴは右足を振り上げる。

    「”アスリイト”」

    凄まじい切れ味を誇る糸がルフィ目がけて向かっていく。
    ローが鬼哭を地面に突き刺し左手を掲げた。

    「”ROOM”、”シャンブルズ”!!!」

    「!」

    糸が破壊したのは瓦礫だった。
    ルフィがその隙を見てドフラミンゴの顎を蹴り上げる。

    「ぐ・・・!?」
    「”シャンブルズ”!——カウンターショック!!!」

    そのままルフィと位置を入れ替え、
    畳み掛けるようにローはドフラミンゴに電撃を食らわせた。
    ドフラミンゴの口の端から血が滴るのを見て、
    ローが不敵な笑みを浮かべる。

    「本調子じゃねェのはお互い様みてェだな!」
    「チ・・・」

    ルフィの攻撃を受けるにしても右腕でないと覇気が満足に伝わらない。
    足も常より攻撃力が落ちている。
    がドフラミンゴに残した爪痕は小さくなかったらしい。

    ドフラミンゴは唾を吐き、ルフィとローを忌々し気に睨んだ。
    そのままドフラミンゴの背後に位置をとったルフィの腕が2本とも武装色を纏う。

    「ゴムゴムの! ”ホーク・ガトリング”!!!」

    連続する激しい打撃だが、ドフラミンゴに当たった手応えがない、
    ルフィが何かに気づいたように顔を上げると、
    地面から津波のような糸の塊がうねるようにルフィ目がけて向かって来ていた。

    ドフラミンゴが両手を素早く交差する姿を捕らえて、
    ローが”ROOM”を広げる。

    「”タクト”!」
    「うおおお!?なんだ!?」

    急に自分の意思とは関係なく空中を移動させられて、ルフィが声を上げる。

    「”ブレイクホワイト”!」

    糸の塊がルフィを僅かに逸れてぶつかった。
    砂煙が視界を遮る。

    「あぶねェ・・・助かった、トラ男!」
    「いい、次来るぞ!油断するな!」

    「”弾糸”!」

    糸の弾丸が粉塵を切り裂いて向かってくる。
    ローはそれを砂と交換して無力化した。

    その間にルフィがドフラミンゴに単身向かう。
    右腕に息を吹き込み、巨大な武装色の拳を作り上げ、振り上げる。

    「”蜘蛛の巣がき”!」

    ドフラミンゴは糸の盾でそれを止めた。
    ローはこの時を待っていた。

    鬼哭を持った右腕が、ドフラミンゴの背後にあった。
    ローは”ROOM”を広げる。

    「”タクト”」

    ローの声がそれまでとは打って変わって冷徹に響いた。
    鬼哭の先端がドフラミンゴの踵を捕らえる。
    ローの指が空を指した。

    「”ステルベン”!!!」
    「ぐああッ!?」

    ドフラミンゴは血反吐を吐いた。

    咄嗟に武装色でガードしなければ、両断されていただろう。
    だが、そのガードも不完全だった。足から肩までを深く切られ、
    足を支えていた糸が耐えきれず、ブツンと音を立てて切れたようだった。

    苦痛に呻き、ドフラミンゴはその場に倒れる。

    遂に地面に背中をつけたドフラミンゴを、ローは見下ろした。

    ルフィはその様子を、見守っている。
    割って入るべきではないと、ルフィなりに分かっていたのだろう。

    2人を囲む程度の”ROOM”を作り、ローは口を開く。

    「お前は、お前に都合のいい集団を”ファミリー”と呼び、
     お前の暴走を止めようとした、実の弟、コラさんを射殺した」

    ドフラミンゴは息を荒げながらもローの言葉に答えてみせる。

    「——ああ、裏切られ、残念だった・・・」

    その口の端にいつもの笑みは無い。

    「おれに銃口を向けるとは」

    ドフラミンゴに感情を露にしてはつけ込まれると分かっている。
    だが、努めて冷静であろうとしながらも、ローの声は小さく震えていた。

    「コラさんが引鉄を引かないことを、お前は知ってた」

    「・・・フフ」

    ローはドフラミンゴの含み笑いに奥歯を噛んだ。

    「・・・おれなら引けた」

    その言葉を聞いて、ドフラミンゴは咳き込みながらも声を上げて笑った。

    「だろうな・・・、お前も、フッフッフッ・・・、あの女も・・・、
     お前達はおれと同類だ」
    「それで結構だ」

    ”深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいている”

    ドフラミンゴという”怪物”を倒すには、ローも、
    もしくはも、”怪物”にならざるを得なかった。

    ローは左手の拳を握る。

    目蓋を閉じれば今でも浮かぶ。
    コラソンの笑顔を、ローは覚えている。

    「あの日、死ぬべきなのはお前だった!」

    コラソンは、あの日死ぬべきではなかった。

    ——コラソンが死んでいなかったのなら、
    ローはきっと、とも違う出会い方をしただろう。
    珀鉛病を患う子供のローに、は迷わず手を差し伸べたに違いない。
    海軍や海賊から逃げながらコラソンとと、ローで、幸せに笑っていたのかもしれない。
    まるで本当の”家族”のように。

    ローを見上げていたドフラミンゴがその口の端を吊り上げる。

    「・・・お前の聞きてェセリフを言ってやろうか、ロー、」

    その口から吐き出されたのは、どこまでもローの感情を逆撫でする言葉だった。

    「おれにとってコラソンは足手まといで目障りだった・・・!
     ”あの日”ブチ殺してせいせい、」

    だからもう聞いていられなかったのだ、ローは左手で殴りつけるように
    ドフラミンゴを攻撃した。

    「”カウンターショック”!!!」
    「!!!」

    ドフラミンゴは血を吐いている。
    だがローも、攻撃の反動に眉を顰めていた。
    それでも攻撃を止めず、ドフラミンゴを詰る。

    「くたばれ、悪魔野郎!!!」

    ローは動かなくなったドフラミンゴを見て膝を着いた。
    鬼哭を支えに、何とか倒れずに済んでいる。
    そんな状態のローを見かねてか、ルフィが駆け寄ってきた。

    「トラ男!やったのか!?」

    手応えは感じていた。

    それでもローは鬼哭にもたれながら立ち上がり、顔を上げる。
    全身で息をしていた。
    右腕からは血が滴り落ち、満身創痍の有様だが、
    まだその目から闘志は失われていない。

    「くそッ・・・ダメだ!
    上見ろ、麦わら屋・・・!」

    その言葉に顔を上げたルフィは息を飲む。

    「鳥カゴが、消えてねェ」

    ドフラミンゴの唇が、再び弧を描いていた。



    王宮4段目 ひまわり畑

    「あれは・・・!」

    空中高く飛び上がり、マンシェリーの居場所を探るべく、
    ヴィオラを探そうとしたモネだが、思いの外近くに探し人を見つけ、
    一直線にそこに向かった。

    「モネ、!?」

    小人たちと共に居たロビンが頭上に影が落ちたのに気づき、顔を上げる。
    を抱えたモネが迫って来ていた。

    「見つけた、マンシェリー・・・!」

    花畑に降り立ったモネを見て、レオがキッ、と眦を吊り上げる。

    「ドンキホーテ・ファミリー、モネれすね・・・!」
    「まって!今、彼女は味方よ」

    ロビンが制すると、レオは戸惑っているようだが、
    構わずにモネはマンシェリーに近づく。

    「マンシェリー姫、を、彼女を助けて・・・!」
    「左脚が・・・!」

    ロビンは切り落とされたの左脚を見て口元を覆った。

    「若様と戦ってそうなったの、お願い!もうほとんど死にかけてる!」

    モネの必死の嘆願に、その場に居た誰もが息を飲む。

    「酷い、女の人なのに・・・」

    レベッカがの有様に眉を顰めていた。

    白かったはずのドレスは血と泥にまみれ、
    ほとんどドフラミンゴが手心など加えなかったことが見て取れる。

    「なんとかなるか?」

    キュロスがレオとマンシェリーに問いかけると、2人の小人はを見て、頷いた。

    「私のジョーロで、”治癒”します。左脚は、・・・レオ!」
    「切り口がぐちゃぐちゃれすけど、上手く縫い合わせられれば繫がるれす!
     姫、とにかく治癒を!」

    テキパキと治療に当たる2人に、モネは安堵して息を吐き、膝を抱えた。

    「・・・良かった」

    雪女のモネだから、その体温が冷えていく感触がよく分かって、
    気が気ではなかったのだ。

    「モネ、今、上の状況はどうなっているの?」

    ロビンの問いかけに、モネは淡々と返す。

    「麦わらと、ローが若様と戦闘を行っているわ。
     ローも右腕を切られてる。優勢とはとても言えない・・・!
     でも、加勢はかえって足手纏いになると思う」

    モネは空を見上げる。
    ゆっくりと、その糸は動き出している。

    の予想通り、鳥カゴは収縮を始めてしまった・・・」
    「!」

    ロビンが横たわるに視線を送った。
    治療を受けるの口角は緩やかに上がっている。

    は、若様がなりふり構っていられなくなる事も、
     きっと分かっていたんだわ」

    は海軍を相手に、ドレスローザを滅ぼしに来たと言った。
    ・・・その言葉通り、”海賊の国””愛と情熱とオモチャの国”
    ドレスローザは今、滅びようとしている。

    モネは確信していた。
    これもの復讐の一つだったのだろう。

    はシュガーを無力化するためにモネをドレスローザまで連れて来た。
    シュガーの能力を封じ、オモチャ達を解放する。
    そうすることで、ドフラミンゴがどのような行動にでるのか、
    は手に取るように理解していたに違いない。

    は我を忘れる程に激しく、
    それでいながらどこまでも冷静に、ドフラミンゴを憎悪していた。

    ドフラミンゴの築き上げた今のドレスローザを、ドフラミンゴの手によって壊させる、
    そして、ドフラミンゴがローと
    ”イレギュラー”と呼んだ麦わらの一味を撃破したとして、
    シーザーを取り戻しても、が死んでしまっていたなら、
    もう二度とシーザーはSMILEを作る事が出来ず、
    カイドウの怒りは、間違いなくドフラミンゴに向かう。

    どう足掻いてもドフラミンゴは窮地に立たされる。
    そんな状況をは作り上げていた。
    そして、その復讐は自身の死によって完成するのだ。

    モネは唇を噛んだ。

    マンシェリーは必死に治癒力をに分け与え、
    レオはの左脚を縫い合わせている。

    「マンシェリー、私の治癒力も使って。
     倒れてしまうギリギリまで持っていって構わないわ」
    「・・・!助かるれす!」

    きっとは満足だったに違いない。
    の薄い笑みを苦々しく思いながらモネは呟く。

    「・・・許さないわよ。、あなたの思う通りには、絶対させない」