噛み合わない歯車


    グリーンビット、南東のビーチ
    午後3時。約束の時刻だ。

    ローはドフラミンゴ、そして海軍大将藤虎と相対していた。
    その顔に浮かぶ表情は険しい。

    果たして、の言っていた『見落とし』がこの状況を作る要因になったのだろうか。
    つい先ほど、サンジから連絡があり、ローは描いていた計画、
    その前提条件が覆された事を知った。

    ドフラミンゴは”七武海”の座を捨てては居なかったのだ。

    『ローと、そして麦わらの一味一行を騙す』

    それだけの為に、ドフラミンゴは世界貴族直属の役人達、CP-0を動かして、
    七武海を辞めたと世界まで巻き込んで騙してみせた。
    そのおかげで今、ローの置かれる状況は最悪と言っていい。

    行動を共にし、戦闘においては補助を頼むはずだった
    ロビンとウソップはトラブルに見舞われているらしく、援護は期待出来ない。
    シーザーを抱えながらグリーンビットを脱出するにも、
    藤虎とドフラミンゴ両者を相手にして無傷で済むとは思えない。
    おまけにサンジからの連絡では工場は破壊できていないようだった。

    「フッフッフッフッフッ・・・!!!」
    「ジョーカー! と、海軍!?・・・いや、良いのか!?」

    高笑いしながら現れたドフラミンゴに感激するシーザーは、
    海軍の精鋭に苦い顔をするも、状況によっては味方だと気づいたのか、
    僅かな困惑をみせる。

    ドフラミンゴは藤虎を見てその口の端をつり上げた。

    「なァ、ロー、お前にしちゃあ上出来じゃねェか!
     まさか『海軍大将』がお出ましとはァ・・・、
     ”七武海”を辞めたおれは恐くて仕方ねェよ!」

    その言葉に、藤虎は何も言わず、盲いていると言うのに状況を確認しようと
    様子をうかがっているようだった。

    「・・・!嘘を吐け!何が『交渉において”条件”は守られるべき』だ!」
    「フッフッフ!交渉ってのはな、対等な間柄で行われるもんだ・・・。
     ロー、いつからお前、おれと対等になったつもりでいる?」

    大げさな身振りで首を傾げ、ドフラミンゴはローを挑発してみせる。
    ギリ、と歯噛みしたローはドフラミンゴになおも食って掛かった。

    「『世界政府』の力を使って、僅か10人余りのおれ達を騙すためだけに、
     世界中を欺いたって言うのか!?」

    ドフラミンゴは愉快そうに指を立ててみせた。

    「大きなマジックショー程、意外に簡単なところにタネはあるものさ。
     そんな馬鹿な事をするはずが無いという固定観念が、人間の”盲点”を生む・・・!
     流石の白衣の悪魔も、ここまでは読めなかったんだろうなァ」

    突然の名前が出てきて、ローは眉を顰めた。

    「なんだと・・・!?
     そもそも、お前は海賊だ。たとえ”七武海”だろうがそんな権限がある筈ねェ!
     こんな馬鹿なマネを出来る奴が居るとするなら、この世じゃ天竜人くらいのもんだ!」
    「ん・・・?」

    ローの疑問に、ドフラミンゴは何故か怪訝そうな顔をする。
    しかし、それに気づかず、ローはヴェルゴとの戦闘時、
    ヴェルゴが吐き捨てた言葉を思い出していた。

    『お前は”ジョーカー”の過去を知らない。・・・それが必ず命取りになる!』

    それがヴェルゴの最後の言葉だった。
    ローの脳裏にある仮説が浮かぶ。

    もしかすると、ドフラミンゴは本当に”天竜人”ではないのだろうか。

    「お前・・・まさか!?」

    ローの驚愕と焦りが混じった顔を見て、ドフラミンゴは獰猛な笑みを浮かべる。

    「フッフッフッ、まァいいさ。
     白衣の悪魔はいねェようで残念だが、
     ・・・ロー、お前ちょっとばかり悪戯が過ぎるようだ。
     どうも躾が必要らしいなァ?!」

    ローは短く舌打ちをして、シーザーの首を掴む。
    シーザーはうるさくドフラミンゴに助けを求めているが、
    ローはそれを黙殺した。

    「だったらシーザーを返すわけにはいかねェな!
     条件が合わねェ。交渉は不成立だ!
     ドフラミンゴ、この取引は白紙に戻させてもらう!」
    「ここまで来て何言ってんだてめェ!?」

    慌てるシーザーを見て、ドフラミンゴはローに凄んでみせた。

    「それが10年以上無沙汰をしたボスに言う言葉か!?
     シーザーはおれの可愛い部下だ、置いて行け!」

    シーザーはそれに感動したのか「ジョーカー!」とドフラミンゴの異名を叫んでいる。

    藤虎はシーザーの罪状を部下に確認すると、
    僅かに眉を顰めたように見えた。

    「シーザーが七武海の旦那の部下なら、恩赦を受ける立場ですねェ・・・、
     我々に捕まえる権限はないというわけだ」

    ドフラミンゴは藤虎に注意を払う。
    藤虎の言い草から、ドフラミンゴやシーザーに協力的かどうかは怪しいと思ったのだろう。

    「お前が藤虎か。『世界徴兵』で海軍大将に特任・・・。
     随分華々しい経歴じゃねぇか。
     同時に徴兵された”緑牛”と共に、実力は折り紙つきの化け物だと聞いてるぜ」
    「こらどうも、恐れ入りやす」
    「・・・フフフッ、とぼけた野郎だ」

    藤虎はドフラミンゴに向けて、淡々と話を進める。

    「しかしながら、まだ軍の新参者のあたくしには、
     アンタの行動は理解しかねますね。はっきりと裏は取れちゃいねェが
     ”七武海”としてちょいとルール違反をなさってるって情報も入ってやす。
     ・・・そちらさんがさっきから仰る、”ジョーカー”って名はあだ名かなにかで?」

    藤虎の追求に、シーザーが青ざめる。
    しかしドフラミンゴは動じない。
    それどころか、余裕の笑みすら浮かべてみせた。

    「フッフッフ!
     おれを調べたきゃ、それなりの覚悟で、周到に裏を取ってものを言うんだな。
     さて、ルール違反といやァ、そっちの小僧のほうが決定的だろう。
     ”海軍”は、ローの処分をどう決めた!?」

    ローは藤虎を睨む。
    藤虎はしばし沈黙するも、質問の答えを返した。

    「報じられた”麦わらの一味”の件。記事通り同盟なら”黒”!
     彼らが、ローさん。あんたの『部下』になったのなら、”白”だ!」

    ローはその条件に唇を噛んだ
    藤虎は得物をとる。

    「ローさん、返答によっちゃ、あっしらの仕事は、
     あんたさんと”麦わらの一味”の逮捕ってことになりやす」
    「オイ、なんだその判定は!
     そんなもん嘘吐けば終いじゃねぇか!」

    シーザーが言う程には事態は簡単ではない、と、ローは顔を顰める。
    ドフラミンゴが七武海を辞めていない以上、
    ローたちが海軍の標的になるのは当然の話だった。

    ここで一時的に嘘を吐いたとしても、状況が打破できるとは到底思えない。
    まだSMILE工場が破壊出来ていないなら、
    時間を稼ぐ方が得策だとローは判断し、藤虎に宣言する。

    「”麦わら”とおれたちに上下関係はない!記事通り”同盟”だ!」
    「フッフッフ!不器用な男だよ、お前は!」

    嘘を吐かず、真実を口にしたローに、ドフラミンゴは嘲るように言い捨てた。
    藤虎はそれを聞き、冷静に「では、称号剥奪で」と告げ、何かの能力を発動したようだった。

    瞬間、凄まじい勢いで空から落ちてくるものがあった。
    それがなにか、目視できる段階になると、
    藤虎以外、その場に居た誰もが顔色を変えた。

    「・・・嘘だろ」

    ローのこめかみに冷や汗が流れる。

    「隕石だ!?」

    誰かが叫んでいる。
    流石のドフラミンゴも、これには笑みを浮かべる余裕を失くしていた。

    「冗談じゃねェぞ・・・!」

    近づいてくる隕石に、各々は逃げ出すか、迎え撃つかを選び始める。
    ロー、ドフラミンゴ、藤虎は迎え撃ってみせた。

    隕石は各々の能力に勢いを殺されたが、それでもなお凄まじい威力を誇っていた。
    3人の足場だけ無傷だったが、それ以外の地面は抉れ、景色は一変している。

    「目が見えるかどうかの次元じゃねェな」

    帽子を押さえ、ローは呟く。
    ここから先、藤虎とドフラミンゴを相手に戦わなくてはならないとあって、
    改めてローは事態の深刻さに眉を顰めた。



    サニー号ではモネとジョーラの戦闘が続いていた。

    モネは空中でジョーラの放つ煙を避けながら、雪を操ってみせる。
    頑としてを守ろうとするモネに焦れたのか、
    ジョーラがヒステリックな声を上げた。

    「いい加減に目を覚ますざます!モネ!そこをおどき!」
    「嫌だと言っているでしょう!
     に手出しはさせないわ!」

    甲板に積もるほどの雪を呼んで、モネは翼を振るった。

    「”万年雪”!」
    「”ブロークンフアート”!」

    ジョーラの足を雪で覆い、拘束する。
    しかし、ジョーラはその雪ですらアートに変えて、拘束から逃れてしまう。

    お互いに肩で息をして、モネとジョーラはにらみ合った。
    埒が明かないとはこの事だ。

    「あーた、殺気が感じられないざますね・・・。
     あたくしをナメてかかってると、本気で痛い目を見るざますよ!」
    「く・・・!」

    ジョーラが指摘した通り、モネにジョーラを殺すつもりは無かった。
    だがジョーラはモネを殺すつもりでかかって来ている。
    それ故に、本来ならユキユキの実の能力で
    ジョーラを圧倒出来るはずのモネが苦戦を強いられている。

    に目覚めさせられた”良心”は、今、皮肉にもモネの邪魔をしているようだった。

    モネは軽く奥歯を噛む。
    そこに、異形の声が割り込んで来た。

    「モネさんっ!私に剣を!」
    「!?」
    「ソウルキング?!」

    オブジェと化した身体でも海の上を走り、
    甲板に降り立ったブルックが、自身の、アートになってしまった剣をモネに放る。

    モネが器用に渡された剣の柄を脚で掴むと、
    ブルックがジョーラを引きつけようと甲板を走り、飛び回り出した。
    ジョーラは困惑しながらも目障りだと感じたのか、ブルックにその攻撃対象を変える。

    「何をするつもりざます!?アートは”ピース”!”平和の象徴”!
     武器になるはずないざます!」
    「ヨホホホホ・・・!その考え方は素敵ですが、同じアーティストだとしても、
     あなたと私じゃあ、見解の相違があるようですね。
     ”音楽”は、”力”ですよ!」
     
    モネはすぐにブルックの意図を汲んでみせた。
    翼を空中で振るい、雪を舞い上げる。
    突然視界を奪われたジョーラは顔を庇うように腕を前に出した。

    その隙に、モネはふぅっと大きく息を吐く。
    その吐息に呼応するように、
    アートと化した仕込み刀にみるみる雪が纏わり付いて、形を変えた。

    雪をモネの限界まで凍らせた、つららのような剣に。

    無論、モネに刀鍛冶の知識は無いし、雪は雪だ。
    おそらくは一度しか使えないだろう。だが、一度だけ、”刀”として使えるはずだ。

    「これで良い!?」
    「ナイスです!モネさん!」

    モネがブルックに雪の剣を投げ返す。

    「しまった・・・!モネ!」

    ブルックが剣を掴む前に、ジョーラがモネに向けて煙を放った。
    ジョーラの攻撃がモネの左翼を直撃する。

    「きゃあ!」

    左翼がアートに変わり、羽ばたけずに甲板に
    墜落したモネをジョーラは恐ろしい形相で睨みつけた。

    「若様の為に死ぬざます!」
    「!」

    短剣を振りかざしたジョーラに、モネは思わず息を飲むが、
    すぐに笑みを浮かべてみせた。

    「ねぇ、誰か忘れてるんじゃない? ジョーラ」
    「は?」

    ジョーラの後ろに回り込んだブルックが、モネの凍らせた雪の剣を携えていた。
    ジョーラが振り返るも、そのとき既に、ブルックの攻撃は完了していたのだ。

    「ソウルキング・・・いつの間に!」
    「ハイ、・・・黄泉の冷気と雪の冷たさ、寒さも二倍です。
     お気をつけて」

    ブルックの持っていた剣からぼろぼろと雪が剥がれ落ちる。

    「”絵描き歌”・・・」

    すたすたと甲板を歩くブルックのアートと化して居たはずの剣が、
    いつの間にか元に戻っていた。

    「”一節斬り”!」

    ジョーラは一瞬の間の後、自身が切られていたことに気づいたらしい。
    断末魔の叫びを上げ、その場に倒れ臥した。

    「ヨホホホホ、さしずめ”雪剣バージョン”とでも言いましょうか」

    能力者であるジョーラが気を失った事で、
    オブジェのような身体になっていた麦わらの一味とモモの助も、元の姿に戻ったようだ。

    喜びの声をあげる一味を差し置いて、モネはに駆け寄った。
    その身体に傷一つ無いのを見て取って、モネは安堵に胸を撫で下ろす。

    「良かった」

    表情を緩めたモネに、ブルックが声をかけた。

    「モネさん、どうもありがとうございました」
    「・・・ええ、こちらこそ助かったわ」

    曲がりなりにも命を救われたのだ。
    モネが礼を言うと、ブルックは照れたようにアフロを掻いた。
    そして、何かを思いついたように、手を叩く。

    「あ、そうだ。ところでモネさん。ちょっとお願いが」
    「なに?」
    「パンツ、見せてもらってもよろしいですか?」
    「・・・調子に乗らないで。氷漬けにされたいの?」

    モネの冷ややかな視線と声色に、ブルックは何がおかしいのか笑ってみせた。

    「ヨホホホホ!冷たい!テキビシー!そういえばモネさんは雪女でしたね!」
    「ハァ・・・」

    いやに陽気なブルックに、モネはため息を吐いた。
    どこまでもマイペースな一味である。

    元の姿に戻った喜びに沸く一行と、
    笑うブルックに呆れていたモネは気づかなかった。

    そのとき、の指が、小さく動いたことに。