・という女
ドフラミンゴはその手に糸を纏わせて、サニー号を、をモネもろとも攻撃する。
「”オーバーヒート”!」
「危ない、モネさん!」
「!」
ブルックがなんとか、と言ったそぶりで糸を払った。
軌道を変えたその糸が通った海が割れるほどの威力を示したのを見て、モネは息を飲む。
完全に、殺す気だった。
「モネ、なんてザマだ!お前まで白衣の悪魔に誑かされるとは・・・!」
「ッ・・・!」
混じりけの無いドフラミンゴの怒りに怯むモネだが、
を抱える手の力は意外にも強い。
ドフラミンゴがそのまま次の攻撃に移ろうとすると、
サンジが燃える足でドフラミンゴを攻撃してそれを阻む。
「ウチの仲間に、近寄るなって、言ってるだろう!
”焼鉄鍋 スペクトル”!」
サンジの強力な連打を受けて、流石に無視することは出来なかったらしい、
ドフラミンゴは攻撃の矛先をサンジに変えた。
ドフレミンゴは糸でその身体を拘束してみせる。
サンジは空中で戸惑ったように声を上げた。
「何だ!?身体がうごかねェっ!」
「サンジさん、捕まっちゃったんじゃないですか!?」
ブルックが頭を抱えると甲板に横たわりながらもジョーラが高らかに笑う。
「オッホッホ!もうあの男は蜘蛛の巣にかかった虫と同じ!
死を待つだけざます!」
ドフラミンゴは右手に糸の鞭を作り出してみせる。
サニー号からナミとブルックが加勢しようと各々武器を構えると、サンジは声を上げた。
「何もするな、逃げろ!!!」
「出来るわけない、そんな事・・・!」
ナミが悲痛とも言える声をあげ、
今にもドフラミンゴの攻撃がサンジに振るわれるかと思った、そのとき、
ローが空中に丸太を投げた。
「”ROOM”! ”シャンブルズ”!」
ローは空中で自身と丸太、そして自身とドフラミンゴの位置を入れ替え、
ドフラミンゴの攻撃を反らしてみせた。
ドフラミンゴの攻撃は、見当違いの場所へと向かう。
自身の放った糸がドレスローザに向かったのを見て、ドフラミンゴを眉を顰める。
「ロー!あのガキ・・・!」
苦々しく吐き捨てたドフラミンゴはすぐにサニー号へと向かった。
※
「トラ男ー!よかった、サンジが助かった!」
チョッパーが歓声を上げる。
ローは空中に宙づりにされたままのサンジの腕を掴んだ。
「ロー!」
「悪ィ、おれのミスだ!船へ飛ぶぞ!」
サニー号にあった樽と位置を入れ替えて、ローとサンジは再びサニー号へと戻って来ていた。
シーザーはサニー号に戻って来た事を嘆き、
動転しているのか同じように捕まっているはずのジョーラに助けを求めている。
ローはモネの元へ向かうと、に羽織らせていた自身の薄手のコートから、
心臓を取り出した。
「ロー、その心臓は・・・」
「おれのだ」
モネの疑問に簡潔に答えると、ローはサンジに向き直る。
「黒足屋!『工場破壊』はどうなってる?」
「場所はわかったが、想像以上に大仕事になるとフランキーが」
「父上は!?カン十郎は!?」
モモの助がサンジに詰め寄る。
「侍も工場だ。事が済めば助かるはずだ!」
ローはそれを聞いて眉を顰める。
「・・・まだ時間が居るか」
ローはシーザーに自身の左胸から取り出した心臓を返してやる。
少しばかり乱暴に投げて寄越したのはパンクハザードでの意趣返しのつもりだろうか。
「イテッ、お、お前おれの心臓持ってやがったのか・・・!」
ローはシーザーの問いかけには答えず、
ナミとサンジらに半ば有無を言わせない口調で指示を飛ばした。
「お前ら、シーザーを連れて今すぐ『ゾウ』を目指せ」
「『ゾウ』へ!?」
「次の島って、ルフィさんたちはどうするんですか!?
それに、さんは!?」
ブルックの言葉に、ローはへと視線を移す。
未だに眠り続けているに、ローは僅かに目を細めた。
帽子を深くかぶり直し、ローは一味に続けて指示をする。
「『工場破壊』さえ完了すればこの島に用はねェ。
おれたちもすぐに後を追う」
「いやよ!待つわ!船長無しで出航出来る訳ないでしょ!?
私たちは”麦わらの一味”よ!?」
啖呵を切ってみせたナミだが、グリーンビットから軍艦が空中に浮かび、
サニー号へと向かって来たのを見て絶句する。
そうこうしているうちにドフラミンゴも再びサニー号へと近づいてきたようだった。
前門の虎、後門の狼という状況にローは短く舌打ちした。
空中に浮かぶ軍艦からの砲弾と隕石がサニー号を襲う。
「藤虎だな・・・! ”ROOM”!」
ローは鬼哭を構え、隕石に備えた。
船長を待つ余裕は無いと気づいたらしいナミがチョッパーとともに
すぐに出航すると声を上げる。
それに軽く頷いたローに声をかけたのはサンジだ。
「おい、ロー!
シーザーを今ここでドフラミンゴに渡すと不味いのは分かる。
先に行くのはかまわねェが、
ドレスローザは作戦の通過点のはずだ。
共通の目的は『四皇』カイドウの首、
お前、お姉様の件でも思ったが・・・、
ドフラミンゴにこだわりすぎちゃいねェか?」
サンジの疑問に、ローは答えない。
「・・・そんな事より、自分の事を考えろ」
ROOMの射程圏内に隕石が入ったのを確認すると、
そのまま、その隕石を軍艦にぶつけてみせた。
ローは軍艦への対処が終わると同時に、
放たれたドフラミンゴの糸の攻撃を鬼哭で絡めとる。
「お前らいいか、雲の無い場所を探して進め!
ドフラミンゴは”イトイト”の実の能力者。
雲に”糸”をかけて空中を移動してくる。雲の無い場所じゃ追ってこれねェ」
「”糸”・・・!そうだったのか」
サンジは先ほど空中で動きを止められた理由を知り、
納得したように頷いた。
「・・・もっとも、追いつかせるつもりは毛頭ねェがな。
モネ!」
ローはを抱えたままのモネを呼ぶ。
モネは大きく肩を揺らしてローに顔を向けた。
未だにドフラミンゴから攻撃されたショックが抜けないらしいモネに、
ローは通告する。
「ドフラミンゴは裏切りを許さない。例えどんな理由があったとしても。
お前がこのままドレスローザに戻ったところで、死にに行くようなもんだ。
と居ろ。てめェの命が可愛いんならな」
「・・・!」
モネが返事を寄越す前に、ローはジョーラの髪を掴んだ。
鬼哭の刃をジョーラの喉元に突きつけ、ドフラミンゴを脅してみせる。
「ドフラミンゴ、これを見ろ!」
「ろ、ロー!?あーたなんて事!
若様!あたくしの事などお気になさらずに!」
ローの脅迫に、ドフラミンゴが攻撃の手を止めた。
その隙に、チョッパーが”クード・バースト”を発動し、
船を緊急加速させる。
ローはドフラミンゴとジョーラもろとも、鉄橋へとその身体を移した。
※
ローとドフラミンゴは鉄橋の上で相対する。
ジョーラに鬼哭の刃を突きつけるローの様子をうかがいながら、
探るようにドフラミンゴが口を開いた。
「”麦わらの一味”を半分逃がして何の意味がある?
白衣の悪魔を逃がす理由は検討はつくがなァ・・・。
だがそれも無意味だ!ドレスローザに残る麦わらの一味を人質にすりゃ、
あの船は戻って来ざるを得ないだろう?」
「そうやって”麦わらの一味”をナメきって
大火傷した奴らが、数知れずいるんじゃねェのか?」
ローは一度言葉を区切り、ドフラミンゴを睨み据える。
「残念だが、おれたちと”麦わらの一味”との『海賊同盟』はここまでだ!」
「・・・なんだと?」
訝し気に眉を顰めたドフラミンゴに、ローは淡々と告げる。
「手を組んだ時から、あいつらを利用して『SMILE』の製造を止める事だけが、
おれの狙いだった。
もし、この戦いでおれがお前を討てなくても、『SMILE』を失ったお前は、
その後カイドウに消される!」
「なるほど、刺し違える覚悟か・・・!」
状況はドフラミンゴにとっても、”良い”とは言えないはずだが、
ドフラミンゴはまだその笑みを崩さない。
ローはジョーラに向けていた鬼哭の切っ先をドフラミンゴに向け、
ドフラミンゴにその胸の内を明かす。
その目に浮かぶのは裂帛の気迫だ。
「お前が死んだ後の、世界の混乱を見てみてェが、
おれには13年前のケジメをつける方が重要だ!”ジョーカー”!」
ドフラミンゴはますます口の端をつり上げる。
しかしこめかみには青筋が浮かび、苛立っているのは明白だった。
「フフ・・・ジョーラをどうする?
ウチがどんなファミリーか、お前は知っているだろう。
ここに、白衣の悪魔はいない。・・・”洗脳”は使えねェぞ」
ジョーラはローの顔を見据え、高らかに言い放った。
「そうさ・・・あたくしは若のためなら、いつだって命を差し出せる。
小娘共と一緒にしないでほしいざます・・・!」
ローはジョーラを見下ろし、適当な石ころとその位置を交換してやる。
ジョーラが逃げるのを見送って、
ローはそのままドフラミンゴに向き直り、鬼哭を構えた。
ドフラミンゴは臨戦態勢を取っている。
その指が糸をしならせる。
「さっき”黒足”が現れたな?ウチの作戦にも色々と支障が出ているようだ。
・・・それにしても、お前随分と白衣の悪魔に根深く洗脳されているらしい」
「洗脳?・・・違うな、今ここに居るのも全て、おれの意思だ!」
ローの言葉にドフラミンゴは怒鳴りつける。
「だったらお前のやってる事はただの逆恨みだ!」
「恨みじゃねェ・・・おれは”あの人”の本懐を遂げるため、
今日まで生きて来たんだよ!!!」
鉄橋が斬撃でバラバラに崩れる。
ローは“ROOM”の中、鬼哭を振るい、
ドフラミンゴの心臓を奪おうと”メス”を繰り出すも、
ローがドフラミンゴに負わせられたのはかすり傷程度だ。
ドフラミンゴは”メス”をいなした体勢から空中で身体を捻り、
ローへと強烈な足技を食らわせる。
吹っ飛ばされ、鉄橋の柵に叩き付けられたローに、
糸の弾丸を飛ばし、ドフラミンゴは緩やかにローへと近づいた。
その唇に挑発するような笑みを浮かべながら。
「どうやら、とことんまで白衣の悪魔に誑し込まれたらしいなァ、ロー。
フフフッ、このおれから逃がしてやろうってくらいには大事に思っていたらしい。
そうだろう?
そうでなきゃ、あの女がドレスローザを前に眠りこけているわけがねェ。
どんな愚策と知っていても、このおれの首をまっすぐ狙ってくるだろう。
あいつはそういう女だ」
のことを知ったような口を聞くドフラミンゴを、
ローは撃たれた肩を抑えながら睨みつける。
だがドフラミンゴはどこ吹く風だ。
余裕の証明なのか、でんでん虫で通話さえしてみせる。
コロシアムに居るらしい麦わらのルフィの動向と、
ドフラミンゴがSMILE工場の警備を固めるよう指示をだしたのを聞いて、
ローは眉を顰めた。
ドフミンゴは用が済んだのか通話を切り、ローへと再びその顔を向ける。
「ロー、つまりお前は”囮”なんだな?
”麦わらの一味”が実働で『工場』を破壊する。
お前が死んでもおれはカイドウに追いつめられると言う訳だ・・・フッフッフッ、
だが、お前は想像以上に時間を稼げず、頼みの綱の”麦わらの一味”もまごついている」
ドフラミンゴは首を傾げてみせた。
「・・・いずれにせよ、この作戦には一味への絶大な信頼が必要だ。
何故そこまで”麦わら”を信じる?」
ローは肩で息をしながらも、その口元に笑みを浮かべた。
挑発的で獰猛な、海賊らしい不敵な笑みを。
「『Dはまた、必ず嵐を呼ぶ』・・・!」
「!」
ドフラミンゴはその言葉に苦々しさを隠そうともしない。
「このシナリオ、あの女も一枚噛んでるな・・・!?
忌々しい売女め、どこまでおれを怒らせれば気が済む・・・!」
「は関係ないだろう!」
ローが思わず怒鳴りつけていた。
ドフラミンゴはそれに微かに眉を上げるが、大げさに首を振ってみせる。
「いいや?俺としては是非とも殺しておきたい女だ・・・!
なんならお前の目の前で切り刻んでやってもいいんだぜ?」
「なんだと・・・!?」
ローは膝を着いたまま、鬼哭を振り抜いた。
ガードしたドフラミンゴごと吹っ飛ばした斬撃は鉄をも歪ませる。
ドフラミンゴは短く舌打ちした。
「随分ムキになるじゃねぇか小僧!」
苛立ちを露にするドフラミンゴに、ローは黙って鬼哭の切っ先を向ける。
その静かな怒りに、ドフラミンゴは微かな違和感を覚えた。
それは”洗脳”と言うよりは、むしろ・・・。
「・・・ヘェ?お前、あの女に惚れてんのか。
フフッ、見る目がねェなァ!お前も!」
ローは内心で訝しむ。
ドフラミンゴは一体誰とローを比べたのだろうか。
糸が飛んでくるのを鬼哭でいなし、ローは鉄を曲げてドフラミンゴの退路を断った。
ドフラミンゴはなおも挑発するようにについて語る。
「おいおい、本気か? ロー?
女の趣味までコラソンの影響を受けたのか」
ローの顔にはっきりとした疑念が浮かんだ。
その顔を見て、一度訝し気に唇を結んだドフラミンゴが、何かに思い当たったらしい。
その口角を一気に引き上げて、哄笑した。
「フフ、フフフッ、フッフッフッフ!!!」
「・・・何がおかしい?さっきから、何を言っている!?」
ドフラミンゴは額を抑え笑っている。
ローは事態を飲み込めず、当惑を隠せないでいる。
「傑作だ!あの女、お前に何にも話していないんだな?
通りで話が噛み合わねェ部分が多々あるわけだ・・・!
白衣の悪魔が側に居て、おれの過去を知らねェのもおかしいとは思っていたが、
・・・なるほどな、納得したよ」
ドフラミンゴが糸で鉄を切り裂いた。
その声には残酷な愉悦が含まれている。
「残念だったなァ、ロー、お前は騙されてたんだ。
教えてやるよ、おれとあの女にどんな因縁があるのかを!」
ドフラミンゴの言葉に、ローは頭を振る。
「関係ねェな!が過去、どんな風に生きてきたのかは知らねェが、
今はおれの船に乗るクルーだ!おれの行動は変わらない!」
「フッフッフ!本当にそうかァ?」
ドフラミンゴはローを嘲り笑った。
そのもったいぶった口調に訝しむローの反応すら、おかしくてたまらないと言った様子だ。
「笑わせる。あの女、なんて言ってお前に近づいた?
おれへの恨みをなんて説明した?
フフフッ、知らないってのは罪だなァ、ロー。
あの女に聞いてみたいもんだ。心底憎む男の船に乗るのは、一体どんな気分なのか!」
「?!」
ローは息を飲む、さっきから嫌な予感がしている。
には確かに、ローやハートの海賊団に隠していることがあった。
だが、ローがに会ったのは2年前が初めてだ。
それ以前の、特別な因縁のようなものは思い当たらない。
困惑しながらも鬼哭での攻撃をやめないローに、
ドフラミンゴは芝居がかった仕草で肩を竦めてみせる。
「身に覚えがねェってツラだな。そりゃあそうさ。
お前は知らなくて当然だ。なんせおれだって最初は気づかなかった。
フフフフフッ!ロー、知りたいだろう?・が何者なのかを!」
「・・・ッ!?」
ドフラミンゴの顔には残忍な笑みが浮かぶ。
隙をついてローの胸ぐらを掴み、ねじ伏せ、ドフラミンゴは嘲り笑った。
「あの女はコラソンの婚約者だ」
ローの目が大きく見開かれた。
驚愕に言葉を失くしたローを見て、ドフラミンゴは哄笑する。
「フフフフフッ、十数年前のことだったか。
おれを殺そうと血眼になってた若い女の軍医が居たんだ。
医者のくせに戦場で銃剣を振り回してた。
余りに目立つもんだから調べたんだよ・・・、
そしたらその軍医、コラソンと結婚の約束をしてたっていうじゃねぇか。
おれァ驚いたとも。まさかあのコラソンがなァ?」
ローの脳裏に、いつかのの呟きが、鮮やかなまでに蘇る。
『私の婚約者は、ドフラミンゴに殺されたの』
その言葉は嘘ではなかった。
だが、隠されていた真実があまりにも衝撃的だった。
特に、トラファルガー・ローという男にとっては。
「ロー、お前はちゃんとあの女の目を見たことはあるか?
ドロッドロに淀んでやがる。
復讐に取り憑かれた目だって、気づいたか?」
ドフラミンゴは囁く。
その声に、とびきり残酷な色を乗せて。
「白衣の悪魔が本当に憎んでいたのは、一体誰なんだろうな?」