”鳥カゴ”


    モネとはプリムラの路地裏で息を吐いていた。

    路地を抜ければ、ドレスローザはパニックになっているのだろう。
    喧噪が人気の無い路地裏まで聞こえてくる。

    「海兵は撒いたようね」
    「ええ、でも、まさかオモチャが元の姿に戻るだなんて、」

    モネは眉を顰め、地面を睨んだ。
    は口元に手を当てて、何か思案しながら、モネに問いかける。

    「ホビホビの実。
     能力解除の条件は、能力者本人が自分で相手を戻そうとしてオモチャに触れるか、
     もしくは能力者の気絶・死亡だったかしら?」
    「ッ!」

    モネがをじろりと睨む。
    は肩を竦めて見せた。

    「・・・私を睨んだってしょうがないわよ。
     シュガーがどうなったかなんて知らないわ。
     ローが彼女を手にかけている可能性は無くはないけど、低いでしょう。
     あれで女子供には甘いし、・・・どちらかと言えば、”イレギュラー”
     麦わらの一味が対応したんじゃない?」

    の口ぶりに、モネはやはり、と内心で納得していた。

    はシュガーについて知っていながら、
    ローには教えなかったのだろう。

    だが、その理由がモネには分からない。

    、あなたはローに、シュガーについて説明しなかったのね。
     私があなたなら、」

    だからモネは問いかけていた。
    なぜ、ローに全てを教えなかったのかを。

    「ローにシュガーの無力化を提案するわ。
     その方が、騒ぎに乗じてSMILE工場を効率よく破壊できる。
     、あなたがそれに気づかないはずが無い。
     そもそも工場の場所だって、私から聞き出していたはず。
     ・・・あなた、ローの味方ではないの?」

    モネの疑問に、は口の端をつり上げる。

    「私はハートの海賊団の”客員”海賊。
     ・・・互いに互いを利用していただけよ。
     こんな状況になってしまったら、彼と手を組む意味ももう無いけど」

    その口ぶりは、を『用済みだ』と言ったローとよく似ている。

    モネは翼を腕を組むように交差する。
    それがの真意かどうかは、
    うっすらと微笑みを浮かべた顔からは読み切れない。

    「ローもあなたも、似たような事を言うのね」
    「へぇ? ローが。さしずめ私を用済みだとでも言ったのでしょう?」

    皮肉めいた笑みをは作るが、
    次の瞬間、変わりゆく景色に顔色を変えた。

    それは緩やかに、しかし、風を切るような音を立ててドレスローザを覆ってみせた。

    13年前、はこれと同じものを見ている。
    しかしその規模は圧倒的に今の方が上だった。

    「鳥カゴ・・・!」

    の呟きに、モネも空を見上げる。
    それは”糸の檻”
    ドフラミンゴの技の中でも、最も強力なものの一つ”鳥カゴ”だった。
    すぐに銃声が聞こえて来た。悲鳴と、轟音がドレスローザに響く。
    ”パラサイト”も平行して使っているのだろう、モネは奥歯を噛む。

    恐らく、ドフラミンゴはオモチャの秘密を知ったこの国の人間を皆殺しにするつもりだ。

    モネとは状況を確認しようと路地裏を出る。
    あちこちでドレスローザの地形が変形していた。
    王の大地が移動し、SMILE工場が土石とともにせり上がっていく。

    「ピーカの仕業ね、最高幹部、彼は石を操る能力者・・・地形も操れるの?」
    「ええ、”石”なら変形も移動も自在よ」
    「厄介な・・・」

    が眉を顰めた時、国内放送に使われるスピーカーが音を立てる。
    低く、苛立ちを隠したその声が、ゆっくりと宣告した。

    『ドレスローザの国民達・・・及び、客人達。
     別に初めからお前らを、恐怖で支配しても良かったんだ・・・!』

    「若様・・・!」
    「ドフラミンゴ、」

    糸に映像が投影される。
    現れたドフラミンゴの顔に、は奥歯を噛み締めた。

    『真実を知り、おれを殺してェと思う奴もさぞ多かろう!
     だから”ゲーム”を用意した・・・このおれを殺すゲームだ!』

    「!」

    モネとは息を飲む。

    『おれは王宮にいる・・・逃げも隠れもしない!
     この命を取れれば、当然そこでゲームセット』

    『だがもう一つだけゲームを終わらせる方法がある・・・!
     いまからおれが名前を挙げる奴ら全員の首を、
     お前らが討ち取った場合だ。
     なお、首1つ1つには多額の懸賞金を支払う!』

    『殺るか、殺られるか!
     この国に居る全員が”ハンター”! 
     お前らが助かる道は、誰かの首を取る他に無い!』 

    「フフ、」

    ドフラミンゴの”ゲーム”の説明に、
    は口元を抑え、小さく笑う。

    ?」

    その反応に、モネは訝しむように首を傾げた。
    は笑いながら首を横に振る。

    「いいえ。フフフ、・・・少しおかしくてね。
     ローと麦わらは随分、ドフラミンゴを追い込んだようだわ。
     ねえ、モネ? ”鳥かご”に”パラサイト”
     ドフラミンゴはまともにゲームを終わらせると思う?」

    モネは一度唇を引き結んだが、やがてその口を開いた。

    「いいえ。
     多分、若様はオモチャの秘密を知った人間を、皆殺しにするつもりだわ」
    「でしょうね。・・・それでこの鳥カゴだけれど、伸縮可能でしょう?」
    「・・・? ええ、おそらくは」
    「もし仮にこの糸が収縮するとして、ドフラミンゴに敵味方の区別はつくの?」
    「え?」

    モネは目を瞬き、ゆっくりと上を見上げた。
    考えた事も無かったが、見上げる糸の檻、”鳥カゴ”が収縮する場合、
    ドフラミンゴが誰を対象に攻撃したかどうか、分かるものだろうか?

    イトイトの実は超人系。自然系ではない。
    ドフラミンゴは覚醒した能力者ではあるけれど、
    自身を糸に変えて攻撃を受け流す事はできないし、糸そのものと感覚を共有するためには、
    糸をドフラミンゴ自身の形に変える”ブラックナイト”の形態をとらねばならない。

    つまり、鳥カゴが収縮した場合、その攻撃対象は無差別だ。
    モネは口では”皆殺し”と言ったが、それに味方は含んでは居なかった。

    モネの顔色が変わったのを見て、は腕を組み、目を細めた。

    「あなた、あの男のために死ぬ覚悟があったと言ったわね。
     どうなの? こういう死に方は。
     今のあなたは、幾分冷静にあの男を客観視出来ると思うけど」
    「・・・」

    口を噤み、黙り込むモネとは対照的に、
    ドフラミンゴはこの鳥カゴの恐ろしさを語り続けている。

    「それにしてもお喋りな男、」

    が眉を顰めて映像を睨むと、12人の顔がぱっと浮かんだ。
    ドフラミンゴの悪趣味なゲームの中で、ハンティングされる賞金首の面々だ。
    はその中に自身の顔を見つけて瞬く。

    「あら、私も賞金首にされてるわ。
     あのメンバーの中で星3つとは、なかなか買いかぶられてるとは思わない?」

    革命軍の参謀総長サボ、麦わらの一味船長ルフィ、
    ハートの海賊団船長トラファルガー・ロー、ドレスローザ元国王リク・ドルド3世、
    そして”白衣の悪魔”の顔の下に3つ星が並んでいた。

    モネはその面子を確認して無理も無い、と頷く。

    「革命軍も来ていたのね。
     ・・・、あなたパンクハザードで自分がどれだけ若様を挑発したのか、
     思い出した方が良いわ」
    「そうだったかしら?
     ・・・あら、ウソップ君お気の毒ね」

    とぼけてみせたあげく、
    5億の賞金がかけられたウソップを見てくすくす笑うにモネは息を吐く。

    はそんなモネに構わず、マイペースに提案してみせた。

    「ともかく、ドフラミンゴが居るのは王宮か・・・
     まあ、辿り着くのは難しくはないけれど、そうね。
     モネ、買い物しましょう」
    「は?」

    眉を顰めたモネに、は着ていたコートの裾をつまみ上げて見せる。

    「今私が着てるの、ローのコートだし、
     これじゃあ”白衣の悪魔”に相応しくないわ。
     どうせなら白いドレスがいいわね・・・。
     モネ、ドレスローザには詳しいでしょう?
     案内してちょうだい」

    どうやら冗談ではなく、本気で言っているようだ。
    モネは唖然としていたが、やがて呆れたように声を上げる。

    「3億の賞金がかけられてて、ドレスローザは混乱の最中、なのに、買い物・・・?
     あなた、まともじゃないわ」

    その言葉に、は高らかに笑う。

    「フフフッ、モネ、私がまともだと思ってたの?
     そんなわけないじゃない!
     フフフフフッ!」

    それもそうだが、それにしたって緊張感の無い提案だ。
    モネは観念したようにを案内しはじめた。

    操られるよりは自分から動いた方がマシだと思ったが故である。



    ドレスローザ プリムラの洋装店。
    外の騒ぎと裏腹に、その店では暢気な会話が繰り広げられている。

    「どうかしら?」

    試着室から出て来たはモネに感想を求めた。

    羽飾りのついた白いドレス。肩の傷の目立たないワンショルダー。
    ため息の出るほどの繊細なドレスだが、は着こなしてみせた。

    「・・・ええ、似合ってるわ。本当、嫌になるくらい」
    「フフフッ、どうもありがとう。あなたは買わないの?」
    「私?」
    「そうねぇ、このノースリーブとかならあなたの翼を邪魔しないと思うんだけど」

    勝手に商品をモネに当てはじめたを見て、
    先ほどから外の喧噪をちらちらと見ていた店員が遂に声を上げた。

    「お、おい、アンタ達逃げないのか!?」
    「ええ、おかまいなく」
    「おれが構うんだよ!
     も、もういい、金は良いから、逃げさせてくれ!
     隣が火事なのが見えないのかアンタ!」

    慌てる店員には軽く眉を上げる。

    「あらそう? じゃあどうぞ」

    がパチン、と指を鳴らすと身体の自由が戻ったらしい。
    魔眼で身体の自由を奪われていた店員は一目散に外に駆け出した。

    「親切な人ね、お金は良いんですって」
    、あなた、ろくな死に方しないわよ」
    「フフフッ」

    モネの皮肉にも、はケラケラと笑っている。
    モネは外から聞こえる銃声や火事を気にかけながら
    がモネの服を選んでいるのを見て、小さく呟いた。

    「こんな状況じゃなかったら、少しは楽しめたかしら?」

    もしも、モネがドフラミンゴの部下ではなく、
    がドフラミンゴを討ち滅ぼすことを目的としていなかったのなら。
    もしも違う状況だったのなら、本当に2人は友人になれたのかもしれない。
    それこそ、買い物に出かけたり、食事をしたり出来たのかもしれない。

    それが出来たら、どんなに良かっただろうか。

    モネの呟きを捉えたは緩やかに目を細める。

    「私は今でも楽しいけど」

    その眼差しの柔らかさに、モネはたじろいだ。
    それを悟られないように、モネはに言い募る。

    「・・・、あなた本当に他の色の服は一切見ないのね。
     言っておくけどそれ、ウェディングドレスよ。
     だいぶ動きやすいデザインだし、ベールもないけれど」

    ”白いドレスがいい”

    そう店に来る前に呟いた通り、他にも似合いそうな服はいくらでもあったのに、
    はほとんど迷わずにそのドレスを選んでいた。

    たしかに”白衣”ではあるが、ウェディングドレスで戦いに臨む気なのだろうか。
    戦闘には向かないと思うのに。

    モネの指摘を受けてもは微笑みを崩さない。

    「ええ、フフフ、・・・ちょっとした意趣返しには相応しい装いだと思うわ」
    「?」

    は一人呟き、モネに向き直り服を押し付ける。
    ノースリーブの白いブラウスに上品なネイビーストライプのショートパンツ。
    悪くは無かった。

    「さて、私の方は装いも整ったわ、モネ、さっさと着替えていらっしゃいな」
    「私は、別に、」
    「着替えさせて欲しいの?」
    「・・・わかったわ」

    は強引なやり口でモネを試着室に放り込む。

    が何を考えているのか分からないが、
    白い服には何かこだわりがあるのだろうか。

    着替えて試着室を出ると、は満足そうに頷いた。

    「よく似合ってるわ、モネ」
    「・・・ありがとう」

    は洋装店の扉を開ける。
    外の空気と裏腹に涼やかなベルの音が響いた。

    町の喧噪には馴染まない白いドレス、白い靴、白い髪、白い肌。
    全身真っ白なの背を見つめていると、
    モネは不吉な予感が脳裏をよぎるのを感じていた。

     ・・・あれは死装束ではないだろうか。

    「どうしたの?モネ、私と一緒に居るのではなかった?」

    が振り返り、笑みを作る。灰色の瞳が輝いた。
    笑うは美しい、まるで、研ぎ澄まされた刃物のように。

    「ええ」

    だからその手をとれば傷つくのだろう。

    は静かに歩き始める。
    ドレスローザ王宮、ドフラミンゴの元へと。