激震のドレスローザ


    モネとはドレスローザに降り立った。

    モネに取っても久方ぶりの帰還だった。
    概ねいつも通りに見える華やかな街並を見やり、
    モネはふらつくの腕をとる。

    海の上を走り続けたの消耗はかなりのものだ。
    刺した肩の傷は手早く手当したものの、あまり状態は良く無さそうだった。

    「・・・大丈夫?」
    「心配してくれるの、モネ?
     フフ、それには及ばないわ」

    は額に玉のような汗を浮かべながら、笑う。

    「回復も兼ねて、少し暴れるつもりだから」

    その目の煌めきに、モネはゾッとした。
    野生の獣のような鋭さと、魔性の残忍さを隠しもしない、そんな瞳だった。



    「・・・整理すると、やはり、置かれている状況は良くはないわね」

    は何人かのドンキホーテファミリー構成員を口づけで
    ミイラのように変えて、その唇を舐めた。

    情報を聞き出し、が口づけで相手を枯らす度に、
    不思議との容姿が洗練されていっているように見える。
    もう先ほどまでふらついていたとは思えなかった。

    「ローはドフラミンゴに捕らえられている。
     ・・・殺されてはいないようだけど、時間の問題かしらね。
     麦わらのルフィはコロシアムで剣闘士の真似事の最中。
     まさかメラメラの実を賞品にするとは・・・。
     あの男、なかなか味な真似をするじゃない」

    !あなた一体何人枯らす気なの!?
     ドンキホーテの幹部、もしくは海兵が出てくるわ!」 
    「もうそろそろ止めにしようかと思ってたところよ。
     ・・・もっとも、海兵は来たみたいだけどね」

    モネの糾弾を半ば聞き流し、が足を止める。
    気がつけば周囲をずらりと青いセーラーカラーの男達に囲まれていた。
    その真ん中に、牛角のついた仮面の将校が腕を組んで立っている。

    「貴様、”白衣の悪魔”だらァ?
     3年音沙汰もなかったはずだら・・・なぜドレスローザに」
    「フフフフフ、ご機嫌麗しゅう、”鮫切り”バスティーユ中将」

    は笑みを浮かべる。
    ざっと取り囲む海兵達に目をやり、最後にバスティーユに向き直った。

    「あなたの上司、藤虎は今のところ海賊ドフラミンゴに協力しているようだけれど?
     それについて何か思うところは無いの? 将校殿」
    「・・・それとお前の処遇とに、何の関係がある?
     そもそも、ドフラミンゴは七武海。政府の味方だら」
    「・・・ああ、そう。結局あなたも自分の頭では考えもしないのね」

    は吐き捨てるように言った。
    顔の横で手首を掴む。

    「なぜ私がドレスローザに居るのか、と聞いたわね?
     答えてあげるわ。私は滅ぼしに来たのよ。この国をね」
    「なんだと!?」

    その場にいた誰もが息を飲んだ。
    モネはが本気だということを誰より早く悟っていた。
    嘘やハッタリではなかった。
    の顔から、表情が抜け落ちている。

    「この国に降り立った時、すぐに分かったわ。
     人々は豊かに暮らしているのね、笑い声があちこちで聞こえたわ。
     陽気な音楽が鳴り響いている・・・待ち行く人並みは皆楽し気で、幸せそう。
     一見とても、海賊が治めている国とは、思えない程に」

    は用意されたセリフをなぞるように、高らかに言う。
    海兵も野次馬も、その場に居る誰しもに、あるいはここには居ない誰かに向けて、言葉を紡ぐ。
    そして静かに、吐息まじりに言い捨てた。

    「・・・腸が煮えくり返りそうよ」

    はその口の端をつり上げた。

    「ここに居る全員を皆殺しにすれば、ドフラミンゴは来るかしら、
     それともこの町を血祭りにあげれば良い?あるいはこの国の人間全てを?」

    バスティーユに側近の海兵が何か耳打ちした。
    バスティーユは息を飲むような仕草を見せたかと思うが、
    ぐ、と堪えてに刀を向けた。

    ・・・!お前がドフラミンゴに遺恨のあることは承知だらァ!
     だがこの国の民衆は関係ないだろう!」

    「民衆は関係ない?・・・関係ないですって?」

    は指を払う。海兵と野次馬の何人かはそれでぱたぱたと倒れていった。
    "高熱感染" の十八番だ。
    の声は変わらず静かだったのに、今や奈落の底から響くような怨嗟に塗れていた。

    「この国の人間があの男に金の冠を被せた。
     血溜まりと屍の上に玉座を築き、あの男を座らせた。
     血塗られた金で整備された道を歩き、血と泥に塗れた遊戯で笑っている。
     コロシアムを見たかしら、バスティーユ。
     スパイスや香水でも隠しきれない血の香りをあなたは嗅ぎ取れなかったのかしら。
     この国の人間は、自身の手の平が、足元が、血まみれになっている事すら自覚なく、
     他人事のような顔をしている。・・・自覚無き人殺し共が」

    背筋を凍らせるほどの憎しみが染みだしているようだった。
    青白く光るその目と相まって、今のは人間には見えなかった。
    は唇を噛み、小さく呟く。

    「こんな国の為に、」

    その言葉の続きは聞こえなかった。

    突然おもちゃが人に戻りはじめたのだ。
    周囲に居たおもちゃの一つが猛獣に変わりはじめたのを見て、
    その場に居た海兵が困惑してとモネから目を離した。

    「そんな、シュガー!?」

    モネは妹に何かあったのか、と動揺を隠せては居ない。
    はその様子を見て少し考えるそぶりをみせると、モネの翼を掴んで走り出した。

    「待て!白衣の悪魔・・・!?」

    バスティーユは追いかけようとするが、
    象が目の前に現れて嘶くので追うことが出来ないようだった。

    状況は変わりゆく。
    今、ドレスローザは変わりつつあるのだ。



    王宮2F「スートの間」

    ドフラミンゴは無理矢理にローをハートの椅子に座らせ、
    尋問を始めていた。
    バッファローとベビー5が横に侍る。

    ローは唇を真一文字に引き結んでいた。
    がコラソンの婚約者だと知って、
    動揺したローはドフラミンゴにコロシアムまで吹き飛ばされ、
    銃撃されたのだ。
    目を覚ませば王宮。目の前にドフラミンゴが座っている。
    周囲を確認すると、元々のドレスローザの王だと言うリク王が
    傷だらけで拘束されている。状況は良くはない。

    だが、ドフラミンゴがローを未だに殺していない、その理由はなんとなく察していた。
    による洗脳”それをローが受けているものだと思っているのだろう。
    あるいは、また別の理由があるのかもしれないが、今は前者のほうが比重が高そうだ。

    しかし、ドフラミンゴは不機嫌だった。

    「ロー。お前らの狙いは『SMILE』工場・・・それだけのハズだ。
     白衣の悪魔は、やはりお前に洗いざらいぶちまけていたのか?
     いや、・・・それにしちゃあ、お前の反応が腑に落ちない。
     なぜ”麦わら”達とグリーンピットの小人達が繋がってる!?
     どうやって地下へ侵入した!?」

    ドフラミンゴは苛立ちも露に親指の爪を噛む。

    「なぜ”シュガー”を狙う・・・!?偶然でなけりゃ、奴ら、
     この国の闇の『根幹』を知っていることになるぞ・・・!?」

    黙り込んだままのローに痺れを切らして、ベビー5がローの頭をはたいた。

    「答えなさい!若が聞いてんでしょ!?ロー!」

    ローが鬱陶しそうに睨みつけると、ベビー5はしくしくと泣き出した。
    バッファローがベビー5を呆れながらも宥めている。

    ローはそのやり取りを無視してドフラミンゴに告げる。

    「言ったハズだ。
     あいつらとおれとはもう関係ねェ。同盟は終わってる。
     お前の言っていることは、おれにはほぼ理解できねェ」

    そして、がどこまで知っていて、どんなシナリオを描いていたのかも、
    ローには分からない。

    かつて、コラソンは自身に婚約者が居るどころか、恋人がいるそぶりさえ、
    少年だった頃のローには見せた事が無かった。

    唯一、それらしい行動があったとすれば、
    ミニオン島の”サンタクルス”に、
    逃亡を手引きしてくれる人が来ると言ったこと位だろうか。
    結局そんな人物を待ち続けるわけにもいかなくて、
    ローは自力でミニオン島から離れた。

    それがだったのだろうか。
    あの島に、は居たのだろうか。
    コラソンの亡骸を見たのだろうか。

    ミニオン島での出来事から13年。
    ローとが同じ船に乗った時間はたった2年。
    その中で、ローがについて知ったことも、さほど多くはないのだろう。

    皮肉屋で狡猾で時に残忍。
    目的のためなら手段を選ばない。
    よく笑うが、大体瞳は冷えきっているので、本心から笑っているときはすぐに分かる。
    思わせぶりなことばかり言うが、案外押しには弱い。
    頭は良くも悪くもキレる。
    非情を装っているが実際には情が深く、身内や子供には甘く、優しい。
    非人道的な科学者が死ぬ程嫌い。しかしその知識には敬意を払っている節がある。
    努力家で好奇心も知識欲も旺盛。
    自身の夢魔の性質を厭わしく思っている。
    人の命を救える術を持っていることを何より誇りに思っている。

    かつての婚約者を深く愛していた。
    婚約者を殺したドフラミンゴを酷く憎んでいる。
    そして、今までの行動を鑑みるに、おそらく、ローのことも。

    ローは奥歯を噛み締める。

    だが、をゾウへ逃がしたことを不思議と後悔はしていなかった。
    裏切りに等しい仕打ちを受けても、まだ。

    でんでん虫が鳴り出した。
    ドフラミンゴがそれに答える。

    「なんだ?」
    『こちら”プリムラ”から報告!
     ”白衣の悪魔”です!白衣の悪魔が、同胞8人をミイラに変えました!
     海兵が拿捕に乗り出しましたが逃走! モネ様も一緒です!』
    「・・・フッフッフッ! そうか、そうだろうなァ?」

    ドフラミンゴがその口の端をつり上げて、残忍な笑みを浮かべる。
    ローは眉を顰めた。

    「どうやらあの女、目覚めたらしいぜ、ロー。
     お前の代わりに聞いて来てやろうか?
     一体お前をどう思っていたのか。フフッ、フフフフフッ!」

    ローは黙り込む。
    ドフラミンゴは心底愉快そうだった。
    だがその笑みは、長くは続かない。

    トレーボルから通信が入った。

    『すまねェドフィー!!!』
    「トレーボル?」

    その声がただ事でなく動揺していたので、ドフラミンゴは眉を顰めた。

    『シュガーが気絶しちまったァー!
     10年かけて増やし続けたおれたちの奴隷が、人間に戻っていくーッ!
     ホビホビの呪いが解けていくーッ!』
    「・・・おい、何の冗談だ!?」

    ドフラミンゴが額を抑えたのもつかの間、でんでん虫が一斉に鳴りだした。

    ドレスローザ南”セビオ”
    ドレスローザ東”カルタ”
    そして先ほど通信して来ていた”プリムラ”

    ドレスローザのおもちゃは本来の姿を取り戻していた。
    ドンキホーテと敵対していた海賊、旧ドレスローザの兵士、政府の役人、
    海兵、各国要人、猛獣。
    あるべき姿に戻っていた。

    ドンキホーテファミリーの一人が叫ぶ。

    「若! 非常事態の報告が鳴り止みません!
     ドレスローザは、パニックですっ!!!」