送別
「誰だ、コイツは」
ローは突然会話に入り込んで来た海兵と思しき男に警戒を露にする。
は静かにその男の名前を告げた。
「ニコラス・セルバント。2年前は海軍本部の准将だった。
かつてのロシナンテさんの一番の親友だった人よ」
その言葉に、ローはセルバントの顔を注視した。
確かに、年齢はコラソン、ロシナンテが生きていればそう変わらないように見える。
しかし、黒いコートといい、殺気や警戒の無い態度といい、
特別武力に秀でている訳でもなさそうな見た目は普通の海兵とは言い難い、妙な印象だ。
得体が知れず、油断してはいけない気分になる。
セルバントはの紹介に補足するように言った。
「そんで、ドンキホーテ・ドフラミンゴが七武海になるまでは、
”白衣の悪魔”、元軍医の協力者だった」
ローが苛立ちに目を細めると、面白そうにセルバントは口の端を上げる。
「・・・気にいらねェって面すんなよ、トラファルガー。
言っておくがそこの”ロシナンテ馬鹿”はマジでロシナンテにベタ惚れで
あいつが死んだ後も誰も眼中に入れてなかったぞ」
セルバントの言い草に、ローは目を丸くし、は頬を引きつらせた。
話の展開にセンゴクは呆れ顔だが、気づいているのか居ないのか、
セルバントはべらべらと喋り続けている。
「大体怖ェよ、この女。マスケット銃でガンガン海賊を撃ち抜くわ銃身で殴るわ、
戦意喪失した海賊を引きずり回して拿捕するわ、
あのスモーカーもドン引きしてたくらいだしなァ」
不躾に指をさすセルバントには腕を組んで
険のある声色で言う。
「・・・セルバント、それ、今関係ある話かしら?ねえ?」
セルバントはニヤニヤ、とチェシャ猫のような笑みを浮かべてみせる。
「そりゃあ、お前、トラファルガーのとこじゃあ、
クールビューティー気取ってたって噂で聞いてよォ、ちゃんちゃらおかしいぜ、
ロシナンテにベタ惚れだった時のアンタは冷静さとは無縁だったろ、
おれが何度ロシナンテの惚気話に糖尿病になりそうなくらい付き合ったと思ってんだよ。
これはおれが正しい姿って奴をトラファルガーに教えてやらなくちゃならねぇという
義務感にかられてな・・・」
「若かったのよ!ちょっと!ローにあることないこと吹き込むつもりでしょう!?
止めなさいよバカ!」
慌てるを見て、ローは珍しいものを見た、と眉を上げた。
そしてセルバントのニヤニヤ笑いにつられるように、ローは口の端を吊り上げる。
「・・・聞かせてもらえるか?」
「ロー!」
は声を上げる。
苛立ちにこめかみを抑えるを見かねてか、センゴクがセルバントを制した。
「セルバント、を揶揄うのはそのへんにしとけ。
そんな事を言う為にここに来た訳じゃあるまい」
「はいはい、おふざけも大概にしますよ。センゴクさん」
肩を軽く竦め、セルバントはに改めて向き直った。
「さて、アンタは、おれがこの場所に来たのが意外だったようだがな。
舐めてもらっちゃ困るぜ、ドレスローザを張ってたら、いつかは来ると思ってたよ」
の行動を予測していた、と言いながらも、セルバントは大げさにため息を吐いた。
「そこで捕まえてやるつもりだったんだがなァ・・・。
まさかトラファルガーの船に乗ってるとは思わなかった。
七武海の部下は拿捕できねェ。っつってもクビになったけどな、お前」
「それで・・・? 捕まえるのか? おれたちを」
ローが警戒混じりに問うと、セルバントはあっさりと首を横に振った。
訝しむローとに、セルバントは淡々と説明する。
「いや、そのつもりで来た、と言いたいとこだが、おれ、昇進したんだわ。
海軍本部情報課課長。新設部署のボスで、一応中将待遇なんだが・・・、
前線に立つことが無くなる代わりに、現場での指揮権は一般海兵に順じ、
将校の命が無い限りは逮捕も戦闘も出来ないというなんとも不可思議な立場に置かれている」
「要するに前線に立つなと言うことだろうが、
お前の腕っ節の弱さのせいだ。情けない」
「うるせェよセンゴクさん、この野郎!」
どうやら見た目通り、武闘派では無いらしい、とローは納得し、
は相変わらず頭脳労働派らしいセルバントに呆れていた。
セルバントは軽く咳払いをして、投げやりに親指でセンゴクを指差した。
「つまり、おれにお前らを拿捕する権限は無い。そこの引退したオッサンと同様にな」
「おい」
不服そうに声を上げたセンゴクを
ケラケラ笑うセルバントに対し、はなおも警戒していた。
「・・・私たちを拿捕する権限も無いのに、
目的も無くあなたがここに来る訳がないわ。
用件はなに?」
の言葉に、セルバントは静かに目を細めた。
すると今までふざけたような調子だったのがウソのように、
纏う空気がピンと張りつめたのが分かる。
「おれは確かめに来たんだ」
セルバントの声に鋭いものが混じる。
その口元から笑みが消えた。
「満足したかよ、・」
「・・・!」
は眉を顰める。
「アンタはこの2年、いや、13年前からロシナンテの復讐のために生きて来たな。
だったらその復讐が終わったならどうするつもりだ。
今度はアンタの両親を殺した政府に喧嘩を売るのか?」
セルバントは夢魔であるはずのの目をまっすぐに睨み据えた。
「怒りと憎しみに我を忘れ、救う側だったはずの手を汚し、
多くの人間を巻き込んで傷つけた。・・・お前が出奔した理由は理解はできる。
だがその後のお前の行動において、”夢魔”であることは理由にならねぇぞ。
お前の復讐の後始末はいつ終わるんだ?ええ?”白衣の悪魔”」
口を噤み何も答えないに、セルバントは深く息を吐くと、
意味有りげにローに視線を流した。
「・・・なんてな。アンタにもうその気がないのは、分かってるさ。
なァ、トラファルガー」
「・・・」
ローは鬱陶しそうに眉を顰めるばかりだが、
セルバントにはそれで十分意思疎通が出来ていることが分かったらしい。
いつかと同じように声を上げて笑っている。
「ハッハッハ!これは独り言だが、
そこの意地っ張りで頑固で人の話を聞かない奴は
案外情に脆いのさ、せいぜいほだしてやれよ」
「・・・セルバント、あなた相変わらず余計な事ばかり喋るわね。
おしゃべりな男は嫌いだわ。黙らせるわよ」
眦を吊り上げたにセルバントは両手を上げた。
「ハハ、怖い怖い。ならいいさ。虐めるのは止めてやる。
ここから先は、友人としての言葉を贈ろう」
セルバントの声は、今度は驚く程静かだった。
「アンタは昔、死人は悲しまないって言ったけど、
やっぱおれはアンタの生き方は無謀だと思ったし、今でも賛成出来ない。
ロシナンテはアンタに復讐なんてして欲しくなかったと思う」
そして、その声の矛先はローにも向けられた。
「お前もそうだよ。トラファルガー。ロシナンテに、命を救われたんだろ。
無茶したよ、お前。その腕取れたんだろ?馬鹿じゃねぇの?
救われたなら素直にどっかの島の医者にでもなって、真っ当な人生を選べば良かったんだ」
セルバントの言葉に、ローは静かに息を吐いた。
「・・・それが出来れば苦労はねェよ」
「だろうな」
ローにもセルバントと言う男がどのような人物なのか、なんとなく分かって来ていた。
この男はとんでもない天邪鬼で、根性が悪い。
ローが真っ当な人生を選ばなかった理由も察した上で、
真っ当に生きれば良かったなどと言っているのだ。
「ま、気持ちは分からんでもねェよ。
あいつは底抜けにお人好しで、ドジで・・・良い奴だったから」
セルバントは軽く天を仰ぎ、それから不敵な笑みを浮かべてみせた。
「付け加えるならおれはお前らがドフラミンゴを倒したって聞いて、
割と胸がすいた気分なんだぜ。
海兵失格だよなァ。・・・ハッハッハッハ!」
「セルバント、お前なァ・・・」
笑うセルバントにセンゴクは深いため息を吐いた。
セルバントは構う様子もなく、一人呟いている。
「ああ、言いたいこと言ったらスッキリした。
変に遠慮したおかげで友人を2度も失くしたから、おれはもう遠慮はしねェと決めててね。
センゴクさんも何か言っとけば?そうそう会うこともねェだろうし」
「・・・確かに、そうだな」
センゴクは一度目を伏せると、顔を上げて、ローとに視線を合わせた。
「・・・私がまだ現役なら、お前達を檻に入れ、ゆっくり話しただろう、
ロシナンテの思い出を共有出来るのはお前達くらいのものだからな」
「トラファルガー、それから、、君もだ。
奴の為に何かしたいなら、あいつを忘れずに居れば良いさ。
それ以上のことを望む事は無い。自由に生きれば良い。
・・・あいつならきっと、そう言うだろう」
ローは少し俯いた。
は目を伏せながらも、唇に笑みを浮かべてみせる。
「ええ、・・・そうですね」
センゴクもようやく笑みを浮かべた。
それは苦笑に近いものだったが。
「それから、少し気になっていたのだが、」
「何でしょう?」
が首を傾げると、センゴクは冗談めかして告げる。
「お義父様とはもう呼んでくれないのかね?」
唖然と口を開いたは、一度唇を噛み、
それから俯いて、呟いた。
「・・・そこまで厚顔にはなれません」
「ふふ、冗談だとも」
半ば本気だっただろうに。
ローがセンゴクを呆れた様子で見た、その時だ。
ドレスローザの瓦礫が空中に浮かび出した。
「何だ!?」
「瓦礫が・・・空に!」
驚くローとを尻目に、セルバントは空を見る。
「お、藤虎が暴れ出したな。そんじゃ、そろそろお別れだ」
セルバントはもう一度ローに視線を合わせた。
「せいぜい逃げてみろよ。お前らの置かれる状況は良くは無い。
ドフラミンゴは”バランサー”だったんだ。
均衡を崩したお前らは狙われるだろう。海軍はもとより、海賊や、諸々の連中にな」
「生憎、承知の上だ」
ローはセルバントに言う。
セルバントはに顔を向ける。
「アンタはこれからどう生きる?」
「・・・フフフフフッ!」
は笑った。
その顔には自信に満ちた、それでいて皮肉気な笑みが浮かんでいる。
「せいぜい憎まれて長く生きるわよ。
その間に、見た事のないものを見て、聞いた事のないものを聞くわ。
お付き合いいただけるでしょうね、ロー?」
振り返った瞳は悪戯っぽく輝いている。
ローは一度息を飲んだ様に見えたが、つられる様に静かに口の端を上げた。
「・・・ああ、そうだな」
ローは駆け出した。を担ぎ上げるようにして、走っていく。
あっという間の出来事だった。
センゴクが目を丸くし、セルバントが大笑いしているのがローの肩越しに見えた。
その笑い声には我に返り、ローに抗議する。
「ちょっとあなた何するの!?」
「まだ足完治してねェだろうが、悪化するぞ」
「あなたこそ諸々の怪我が完治してる訳じゃないでしょうに・・・もういいわ。
どうせ止めてくれないんでしょう?」
息を吐いたは、諦めたように言う。
暫く走ると、キャベンディッシュと、サイが港付近で戦っているのが見えてきた。
「おい、お前ら、どこに居ても同じだ。船を出せ!」
「キミらを待ってたんじゃないか!どこに居たトラファル
ガー・ロー!!!
というかなんで白衣の悪魔を抱えてるんだキミは」
キャベンディッシュのもっともな疑問にもローは何も答えない。
はダメで元々と知りながらローに声をかける。
「・・・やっぱり自分で走れるから下ろしなさいよ」
「ダメだ」
キャベンディッシュは駆け出しながら、
そう言えばが足を怪我していたことを思い出したらしい。
「トラファルガー、キミも手負いだろう、変わろうか?」
ローは剣呑な眼差しでキャベンディッシュを一瞥した。
「余計なお世話だ」
「人を荷物みたいに言わないでくれるかしら?
・・・いや、実際今は荷物みたいなものね・・・はァ」
「・・・ああ、すまない、余計な事を言ったようだな」
何か察したらしいキャベンディッシュを胡乱気な目で見て、
は再び深いため息を吐いた。
もうどうにでもなれという気分である。
※
何とか藤虎から逃れ、ヨンタマリア大船団、
主船”ヨンタマリア号”へと辿り着いたルフィらは
ドレスローザのコロシアムで意気投合した面々らと賑やかに言葉を交わしていた。
もルフィに声をかけた一人だ。
「あなたも無茶するわね、ルフィ君。
大将に食って掛かるなんて・・・何とかなったから良いけれど」
海軍大将に思い切り喧嘩を売ったルフィにが言うと、
ルフィは首を傾げる。
「白いのほどじゃねェと思うぞ。
お前なァ、ミンゴに一人で挑むのはなァ、なんだ、あれだ。
むぼーだ。むぼーって奴だ」
「・・・まァ、そうね」
自覚はあるのか腕を組んだに、ルフィはじっと目を向ける。
白い髪、白い服、灰色の瞳。その姿は変わらない様に見える。
しかし。
「お前なんか変わったか?」
「・・・フフフッ、さァ、どうかしら。・・・ありがとね」
「んん?何の話だ?」
不思議そうにますます首を傾げたルフィに、はニィ、と口の端を吊り上げた。
「色々よ。私がお礼を言いたいだけだからあなたは気にしなくて良いわ」
の言葉にルフィは眉を顰め、唇を尖らせた。
本心をなかなか見せようとせず、正直な言葉を告げないは、
ルフィにとってはやはり良くわからない相手である。
「・・・やっぱおれ、お前が苦手だ!」
「それは残念ねぇ、あら、皆あなたに言いたい事があるみたいよ」
はするりとルフィの側から離れた。
その背中をじとりと睨むも、巨人傭兵のハイルディンに話しかけられ、
ルフィは彼を見上げた。
いつしか雑談を続けていた面々は一塊になり、
キャベンディッシュ、サイ、バルトロメオ、
イデオ、レオ、ハイルディン、オオコロンブスがルフィの前に横並びになっている。
「——どうかおれらを海賊”麦わらの一味”の傘下に加えてけろ!」
どうやら船長7名を含む、5600人がコロシアムの一件でルフィを慕い、部下にしてくれと迫っているようだ。
バルトロメオの口上を聞き、用意された盃を見て、ルフィは笑顔で言った。
「これはおれ飲まねェ!」
衝撃を受けたのは盃を持った7人の船長である。
バルトロメオはこめかみに汗を流しながら食い下がった。
「あんたたづ!
この先この事件をきっかけに”大物達”から命を狙われるべ!
その事件に救われたのはおれたづで・・・!」
そんな麦わらの一味が心配なのだと必死にバルトロメオは言うも、ルフィは首を横に振るばかりだ。
「だけどよ、これ飲んじまったらおれはこの大船団の”大船長”になっちまうだろ?」
「そんなのは窮屈だ」「海賊王になりたいだけで偉くなりたい訳じゃない!」と
駄々をこねるルフィと、無理矢理にでも親分盃を飲ませようと武器をとった傘下志望の
面々を見て、は腕を組んで笑っていた。ローと成り行きを見守っている。
「フフフ・・・本当に人たらしね、麦わらのルフィ」
「・・・おれはあいつが何を言っているのか理解できねェ」
「そう?あなたなんとなく分かって来てるでしょう。
何しろあなた達似通っているし」
の意味ありげな言葉に、ローは眉を上げる。
「どういう意味だ?」
「言葉通りの意味よ」
また意味深な言葉をつかってはぐらかすに、ローは唇をへの字に曲げている。
は常のように、クスクス笑うばかりだった。