目覚めの時間


    麦わらの一味一行はでんでん虫で別れた各自の状況を確認していた。

    ルフィ、ゾロ、錦えもんの3人はコロシアムに、
    ウソップ、ロビン、フランキーの3人は
    小人の国、反ドフラミンゴ体制「リク王軍」と共に居た。

    モネ、シーザー、を加えて残りの一味はドレスローザ近海に居る。

    フランキーがルフィ、そしてサンジらに、
    10年前のドレスローザの悲劇に胸を打たれた事を話して聞かせた。

    『トラ男の作戦は承知してるつもりだ。”工場”を壊し、
     ドフラミンゴはあえて生かして利用する。
     ・・・だが、今日ドフラミンゴを討とうとしてる奴らはどうなる。
     おれたちにとっちゃドフラミンゴ勝利のほうが好都合か?』

    ルフィ、サンジは即答はしなかった。
    フランキーは涙声ながら、力強く宣言する。

    『ルフィ! お前が何と言おうとおれはやるぞ!
     一見楽し気なこの国には深い深い闇があった!
     薄汚く巨大な敵に挑む、ちっぽけな軍隊を、おれは見殺しには出来ねェ!』

    一瞬の間があいて、サンジがふっと笑みを浮かべる。

    「よし、引き返すか」
    「ええー!? だと思ったけど!」

    『フランキー、好きに暴れろ!おれ達もすぐ行く!』

    ルフィも結論を出したようだ。
    しかし、それから時間が経たないうちに、
    爆音がルフィのでんでん虫から聞こえて来た。

    『なんかそっちすげェ音が聞こえるぞ!』
    『・・・トラ男!ドフラミンゴ!?』

    でんでん虫ごしに、ルフィがローとドフラミンゴの名前を口にした。
    事態を見守りながら、
    モネは抱えていたの指が小さく動いたような気がしてその顔を見る。
    だが、は未だ眠っている。

    チョッパーが慌てたように問いかける。

    「おい、説明してくれ!何が起きてるんだ!?」
    『我らの目の前でロー殿がやられた!ドフラミンゴに!』
    「なんだって!?」

    目まぐるしく変わる状況に、サニー号の面々はついていけないでいる。
    状況を説明していた錦えもんも、呻き声を上げて、
    しばらくは状況を伝えられずに居た。

    「錦えもんさんっ?!ご無事で!?やられちゃったんですか?!」

    ブルックの問いかけに暫くして、錦えもんが口を開く。

    『ドフラミンゴと共におる男が・・・!か、”海軍大将”でござった!』
    「『大将』が今、ドレスローザに来てんのかァ!?」

    チョッパーが声を上げる。
    しかし、そうこうしている間に、こちらも状況が変わっていた。

    ビックマムの海賊船が、近づいて来ていたのだ。
    砲撃を受け、サニー号は少しずつドレスローザから遠ざかっていく。

    ナミが意を決したように、口を開いた。

    「サンジ君!私たち戻らない方がいいと思う!
     戻るのが恐くて言うんじゃないの!
     ルフィ、聞いて!」

    ナミはシーザーと、モモの助を抱えて言った。

    「ドフラミンゴと奪い合うカードは3つ!
     『シーザー』『SMILE工場』そしてなぜか『モモの助』
     SMILE工場はまだ破壊できてないから向こうのもの、
     だけど残り二つのカードはここに居る・・・!」

    「トラ男がドフラミンゴと戦ってたのは、
     この『カード』を敵から遠ざけるための”囮”!
     もしかしたら『工場破壊』の”時間稼ぎ”でもあったのかもしれない」

    そして、をここに残したと言う事は、
    ドフラミンゴからを遠ざけるためでもあったのだろう。

    ナミは一度言葉を切ってから、ルフィに言う。

    「そこまでしてトラ男が守った『カード』!
     私たちが差し出しにいくようなマネしたら、あいつ、報われないじゃない!」

    ルフィは少し間を置いて言った。

    『サンジ!ナミ!チョッパー!ブルック!モモ!
     お前ら先に『ゾウ』に向かってくれ!』

    サンジがその言葉に頷き、ルフィにビッグマムの海賊船に反撃する許可を得ると、
    不敵な笑みを浮かべてみせる。

    その様子を確認して、モネはを見つめていた。
    どうやらこの船は、ドレスローザには引き返さずに、”ゾウ”へ向かうらしい。

    モネはドフラミンゴにとっては裏切り者。戻れば殺される。
    そうローも口にしていた。

    しかし、このままで良いのだろうか。
    状況に流されるがままに、自分の命惜しさに、
    麦わらの一味と、と行動を、共にしていて良いのだろうか。

    モネの葛藤も他所に、状況が目まぐるしく変わっていくようだった。
    その時だ。

    「え・・・?」

    モネは自身の身体が言う事を聞かないのに気がついた。
    を抱えていた翼が勝手にを離し、気がつけば、アイスピックを脚に握っていた。

    「モネ・・・?」
    「モネさん?」

    モネはこれから自身が”何をさせられるのか”気がついてその顔を蒼白にした。
    首を横に振り、怯えを隠す余裕も無い。

    「い、嫌、・・・どうして・・・?!」
    「モネさんっ、落ち着いて、何を?!」

    甲板に居た一味が息を飲む。

    「嫌!止めて!止めさせて!・・・!」

    しかし一味が止める隙を””は与えなかった。
    モネの握るアイスピックが、の肩を貫いていた。

    「イッ・・・!ケホっゴホッ」

    が咳き込む。肩に刺さっていたアイスピックを引抜いて、
    血を流しながら息を吐いた。

    そしてそのまま、呆然としていたモネを引き寄せ、その唇に口づける。

    「え!?」
    「あ?!」
    「えええ!?」

    何が起こっているのか事態を把握するや否や、
    ブルックはとりあえずモモの助の目を覆っていた。

    その口づけはほんの数秒の出来事で、はモネを乱暴に突き飛ばす。
    の瞳は爛々と光っていた。

    「随分と、ナメたマネをしてくれたものだわ、あの、クソガキ・・・!」

    は乱暴に唇を拭う。
    は完全に目を覚ましていた。



    はサニー号の置かれた状況を見て、不機嫌そうに目を眇めた。
    まだドレスローザは目視できるが、このペースだと見失うのも時間の問題だ。

    目の前で行われた暴挙に唖然としていたチョッパーが、
    気を取り直してに近づく。

    「お、お前なんて無茶をすんだよ!
     大丈夫か?横になってたほうがいいぞ?指一本動かすのも、辛いはずだ」

    ふらつくはチョッパーに首を振る。

    チョッパーは不安定に光る、
    人間離れしたその瞳に不安をかき立てられながらも、目を逸らせなかった。

    「・・・あまり見ない方が良いわ、チョッパー君」

    は息を吐いてチョッパーから無理矢理視線を外す。

    手鏡をポケットから取り出して何度か瞬きをしながら鏡と向き合い。
    数十秒程で、手鏡をしまい、はすっくと立ち上がってみせる。
    その仕草は、先ほどまでふらついていた人間には見えなかった。

    「え!?なんで!?」
    「自己暗示と自己催眠。私は脳のスペシャリスト。
     大抵の薬は私には効かない」

    の言葉に、チョッパーは首を振る。

    「・・・嘘だ。無理矢理薬効を押さえつけてるんだろ!
     なんでそこまでして!」

    「・・・少しあなたには、話し過ぎたようね。
     それにしても、状況は芳しくないらしいわねぇ。
     この船、”ゾウ”に向かってるんでしょう?
     このビッグマムの船をちゃんと撒ける?」

    ナミとサンジに向き直り、は目を眇めた。
    それを迎え撃つように、ナミがを睨み据える。

    、アンタどこまで状況分かってんの?」
    「フフ、ジョーラがモネに、私を殺させようとしてるところから、かしら。
     意識はあったけど、身体は動かなかった。指一本動かすのが精一杯よ」
    「・・・!」

    『モネは刷り込みが長かったから指一本の合図しだいで自在に効果を発動出来る』

    パンクハザードでの言葉に、どうやら嘘は無かったらしい。
    砲撃で船体が揺れる。ブルックとシーザーが船の舵を切っている。
    は顔の前で手首を掴む。

    「船をドレスローザに戻して」

    ナミは首を横に振った。

    「いいえ、私たちは戻らないし、アンタをドレスローザには行かせないわ」
    「ヘぇ?前者はともかく、後者はどうして?」

    は猫なで声でナミに問いかける。
    その唇は弧を描いているが、その目は苛立ちに細められている。

    「トラ男はドフラミンゴと戦ってた・・・!
     工場を破壊する時間を稼ぐためもあるけど、
     アンタをドフラミンゴから守るためでもあったはず。
     、分かってるんでしょう!?」

    は眉を顰める。

    「そんなこと、誰も頼んでなかったわ。
     船を戻してはくれないのね?
     別に私は構わないのよ、力づくで、言うことを聞かせても・・・!」

    の目が燃えるように煌めく、
    それに息を呑み天候棒を構えようとしたナミをサンジが制す。

    「ナミさん、そんなことする必要ない」
    「サンジ君!でも・・・!」

    サンジはナミを庇うように前に出て、に向き直った。

    お姉様、本当におれ達を力づくでどうにかする気なら、
     あなたは忠告したりしないだろう。・・・あなたは優しすぎる」
    「・・・優しいですって?私が?」

    は首を傾げる。

    「フフ、私は海賊よ。
     海賊の女に、慈悲や、優しさや、良心を期待する方が間違ってるわ」

    の言葉に、サンジは眉を顰め、煙を吐いた。

    「俺たちも海賊だ、あなたがこの船を無理矢理にドレスローザに戻すなら、
     海賊同盟は破棄させてもらう!」
    「!」

    の唇から笑みが消える。

    「ルフィの性格は分かってるはずだ。
     ローを困らせるのは不本意だろう?お姉様」

    「はぁ・・・」

    は顔の前で掴んでいた手を離す。

    「憎らしい人ね、あなたは。
     そうね、船を戻してもらうのは諦めるわ。でも」

    は座り込んでいたモネに声をかける。

    「モネ、飛べるわね?」
    「・・・、私はあなたを刺したくなかった」
    「そんな顔することないじゃない。フフッ
     『あなたは私の命令に従っただけ』そうでしょう?」

    モネはを睨みつけた。
    揶揄するような言葉には、偽悪的な響きがある。

    「どのみちあなたもケリをつけなくちゃ行けないでしょう。
     まあ、別にここに残ってもいいけど。
     彼らはあなたを悪いようにはしないでしょうし、」
    「行くわ」

    モネは立ち上がる。
    にしっかりと目を合わせ、告げた。

    「あなたの側に居る」
    「・・・そう」

    は微かに目を細める。
    それから麦わらの一味に向き直り、蠱惑的な笑みを浮かべる。

    「悪いんだけど行かせてもらうわ。
     ゾウにはハートの海賊団が居るはずだから、彼らによろしく」

    「待ちなさい・・・!?」
    「”強制麻痺”」

    ナミが天候棒を構える前に、の瞳が一際煌めいた。
    身体の自由が奪われる。
    しかし、それは一瞬のことだった。

    それで十分だった。

    モネは翼をはためかせは海の上を駆け出していた。
    ドレスローザへ向けて。