"破壊と再生"
「フフフッ・・・ロー、おれがなんの理由も無く、
お前の感傷に付き合うとでも思ったのか?」
ドフラミンゴはゆっくりと立ち上がった。
「時間さえくれりゃあ、おれは自分で応急処置できる。
医者なら、”糸”が治療においてどれほどの役割を果たすのかくらい知っているだろう?
能力は、使いようだ。フフフフフッ」
満身創痍のローを見て、ドフラミンゴは笑う。
「さァ、第二ラウンドだ。付き合ってもらうぞ、ロー、
このおれに土を付けた報いを受けてもらおう!」
鋭い蹴りが飛んでくる。
避ける事は出来そうになかった。
ローは歯を食いしばり、衝撃に備える。
が、それより先に飛び出した影があった。
ルフィだ。
武装色で固めた脚が激しくぶつかり、強い覇気が雷のような音を立てて、
周囲に轟く。
”覇王色の衝突”
ローはそれに息を飲んだ。
ルフィはその時、確かにドフラミンゴと拮抗していた。
二人は武装色を用いて激しい打撃の応酬へと移る。
ローはその間作戦を張り巡らせていた。
ルフィが時間稼ぎをしているのは明白だった。
ドフラミンゴはルフィに”オーバーヒート”を打ち込み、
その武装色でもってルフィを圧倒する。
「攻撃に重みも足りねぇ、技を繰り出す度に隙ができる、
いいのか?時間も足りねぇだろう?いつになったらおれを倒せる?」
「うう・・・!」
「麦わら屋!」
蹴り飛ばされ、瓦礫とともに倒れたルフィが、血を拭いながらドフラミンゴを睨んだ。
「”鳥カゴ”の収縮のリミットは1時間・・・。
だがそれは完全に”鳥カゴ”が閉じる時間だ。30分もすりゃあ、どこかで死人が出始める。
コラソンの守ろうとしたこの国は、今日ここで滅びるのさ、お前達が来たせいでな!」
ローに当てつけるように言い連ね、
ドフラミンゴはなおも闘志に燃えるルフィに、顔を向ける。
ルフィは静かに口を開いた。
「ドフラミンゴ、おれはついさっきドレスローザに来たばっかだ。
トラ男に会わなきゃ、お前と戦うこともなかったのかもしれねェ・・・!」
ドフラミンゴは笑みを浮かべたまま、腕を組む。
「フッフッ、そりゃあ、災難だったな。
確かに、ローに会わなけりゃ、ここで死なずに済んだだろう。
余計なことに首を突っ込み、
分不相応にヒーローの真似事をするからそういうことになるんだ!
よりによって”おれの邪魔”をするから命を落とす羽目になる・・・!」
ドフラミンゴの言葉に、ルフィは首を横に振った。
「違う。おれがお前の邪魔をしたんじゃねェ。
お前がおれの邪魔をしたんだ!」
ドフラミンゴは笑みを取り払い、怪訝そうな顔をする。
「おれの友達を泣かせて、おれの仲間を怒らせた!
それだけでもむかつくのに、お前は散々支配したこの国を殺す気でいる!
何様のつもりだ・・・!」
ルフィは自身の腕に口をつけて、息を吹き込んだ。
「”お前”と”鳥カゴ”が、おれの邪魔だ」
ルフィの腕が武装色を纏う。
そして、高らかに宣言した。
「”ギア・フォース”」
覇気とゴムの性質を最大限引き出した異形が、そこに現れた。
”ギア・フォース・バウンド・マン”
武装色の覇気が刺青のように皮膚の下まで浸透している。
ゴムの弾力が強化され過ぎたせいで
その巨体は跳ね続けるゴムボールのようになってしまってはいるが、
纏う覇気が研ぎ澄まされている事がローには分かった。
「麦わら屋。お前・・・」
恐らく、その姿はかなりのリスクを孕んでいる。
ルフィはローを振り向かず、告げた。
「トラ男、暫くドフラミンゴの相手は引き受ける。
その後のことは、頼んだ!」
「・・・!」
ルフィの口ぶりから、バウンドマンの姿を保つのに
時間制限のようなものがあるとローは推察する。
その間にルフィがドフラミンゴに決定打を打てなければ、
ローがドフラミンゴの相手をする事になる。
つまりルフィはローに、トドメは譲るからなんとかしろと言っているのだ。
ローは眉を顰めた。
満身創痍であるローに、多大な信頼を置いている上に、
ドフラミンゴを圧倒出来る自信が無ければそんな言葉は出てこない。
そんな言葉をかけられては、何としても応えてやらなくては。
「・・・最悪だよ。お前は」
「お前もその世代だ!」
ルフィは不敵に笑い、ドフラミンゴに向き直ると
ドフラミンゴに向けて、凄まじい勢いで突っ込んでみせる。
「”ゴムゴムの”!」
その弾力に任せて腕を引っ込めると、反動のままパンチを繰り出した。
「”コングガン”!!!」
その打撃はドフラミンゴのガードをものともせず、
建物を巻き込んで、中心街までドフラミンゴを吹飛ばした。
その威力はついさっきまでと段違いだった。
ローは機会をうかがうために、シャンブルズを使い、戦闘から付かず離れずの位置をとる。
ルフィのバウンド・マンは確かに凄まじい威力だった。
ゴムの弾力により空を飛び、ドフラミンゴの武装色でさえもやすやすと破ってみせる。
「”リノ・シュナイダー”!」
顔面を蹴り飛ばされたドフラミンゴは歯を食いしばり、悪態をついた。
先ほどまで浮かべていた余裕の笑みは剥がれ落ち、
ルフィへの攻撃も容赦がないものに変わる。
「”アスリイト”!」
足先から糸が出るその技も、武装色を纏ったまま、ゴムの性質を引き出したルフィには効かない。
伸び続けた腕がドフラミンゴを殴り倒した。
「”カルヴァリン”!!!」
ルフィは明らかにドフラミンゴを圧倒している。
だが、ローはその様を見て奥歯を噛んだ。
ルフィは覇気を使い過ぎている。
ローが最初に予想した通り、バウンド・マンの姿はそう長くは持たないだろう。
その上、あの姿はかなりの疲労をルフィにもたらすようだった。
そして。
ドフラミンゴは殴り倒されてもなお立ち上がり、
その能力を発揮している。
「”オフホワイト”!」
地面が、建物が糸と化し、ドフラミンゴに従ってその矛先をルフィに向ける。
”覚醒”
悪魔の実の能力者のなかでもその境地に辿り着ける者は稀だ。
本来は自分自身にしかその能力の影響を及ぼさないはずの
超人系の能力者であるドフラミンゴはそのステージまで辿り着いている。
周囲が容易く糸に変わった。
「そろそろくたばれ!」
「・・・ッ、もう時間がねェ・・・!」
ドフラミンゴの大技、”ピローホワイト”を躱し、
ルフィは首と腕を砲台のような形に変えて、ドフラミンゴへ突っ込んだ。
「”ゴムゴムのォ”!」
防御の体勢をとったが、全身全霊の覇気をもって放たれた打撃に、
ドフラミンゴは攻撃に備え歯を食いしばる。
「”レオ・バズーカ”!!!」
ドフラミンゴは王の台地まで吹飛ばされている。
とてつもない破壊力に、いまのが決定打になったのでは、と言う野次馬も多かったが、
ルフィとローはまだドフラミンゴの意識がある事を悟っていた。
ルフィはそのままの勢いでドフラミンゴに突っ込む。
その途中、確かにローとルフィの視線が重なった。
「”ゴムゴムの”」
そこから先は、ローの役目だ。
ローは左手を掲げ、手のひらを返し、その位置を変えた。
「”シャンブルズ”!」
入れ替えた視界の隅で、ルフィの身体が縮むのが見えた。
やはり今ので限界だったのだろう。
ルフィの唇が「行け」と確かに呟いた気がした。
※
ドフラミンゴは自身に突っ込んでくる影がルフィのものではないことに気がついていた。
怒りと屈辱を力に変えて、己がめり込んだ岩壁を崩しながら、
ドフラミンゴはその相手の攻撃を受け止める。
右腕を失くしながら、なおも歯向かい続けるかつての部下に、
ドフラミンゴは怒鳴り散らした。
「まだ動けるのか、ロー!」
鬼哭の斬撃を受け止め、その攻撃を振り払ったドフラミンゴはローと相対する。
明らかにローは重症だ。
だがそれにしてはその顔に諦めも見えない。覇気に翳りもない。
「お前、何故その怪我でそこまで動ける・・・?!
とっくに死んでてもおかしくねェはず、・・・!」
ローが静かに鬼哭の切っ先をドフラミンゴに向ける。
煌々と輝くその目が、夢魔の瞳の面影と重なった。
「あの女・・・!」
・の最後の口づけ。
それがもたらしたものに気づき、ドフラミンゴは奥歯を噛んだ。
「は夢魔である前に医者だ!
あのとき、おれに命を分け与えた。ドフラミンゴ、お前を倒すために!」
しかし、ローの気迫の要因を、ドフラミンゴはなおも嘲笑う。
「それで死んだら世話ねェな!夢見がちな、馬鹿な女だよ!」
糸の波がローを襲う。
「だが必死につないだその命も尽きるだろう、
お前もあの女もコラソンも・・・!皆犬死にだ!」
「そうはさせねェ!」
ローは”ROOM”を展開し、糸の塊と位置を入れ替え、
ドフラミンゴと自身の身体を空中へと投げ出した。
ドフラミンゴは虚をつかれ、久しく感じていなかった落下の感触に目を見開いていた。
ローの影が鬼哭を振り上げるのを見て、”蜘蛛の巣がき”で対応すべく、左腕をあげようとする。
「!?」
その腕はドフラミンゴの意思に従わず、だらん、と力なく揺れるばかりだった。
ルフィとの戦闘で、とローとの戦闘で受けたダメージを補強していた糸の殆どが
その強度を失っていた。
ローはその隙を見逃すはずもない。
鬼哭が電気ともオーラともつかない光を帯びる。
ドフラミンゴの腹を、その光は躊躇なく貫いた。
どこかで引鉄を引くような音がする。
「”ガンマナイフ”!!!」
それは実際には、ドフラミンゴの体内を補強していた糸を切り刻み、
体内を確実に破壊した鬼哭が、その刃を鞘に納めた音だった。
ドフラミンゴは苦痛に喘ぐ。
身体のあちこちが、ダメージを押さえ込んだ反動を殺しきれず痛んだ。
空には暗雲が立ちこめている。その雲が遠ざかるのと同じ速さで、
意識を保っていられなくなるのが分かった。
ドフラミンゴは目を閉じる。
最後に見たのは、自身とは全く似ていない男の顔だ。
ドフラミンゴは小さく笑った。
※
ガンマナイフのもたらした衝撃は、ローの裂帛の覇気も相まって、
凄まじい威力を誇った。
雷が轟くような音と共に、ドフラミンゴの身体は地に落ちる。
ローは何とかと言ったそぶりで地面に脚をつけた。
ドフラミンゴは倒れ臥し、トレードマークのサングラスは割れ砕かれている。
ローは天を見上げた。
鳥カゴの糸が静かに、その形を消していく。
立ちこめていた暗雲が晴れて、抜けるような青空が広がった。
ローはコラソンの言葉を思い返していた。
『ある土地では、Dの一族をこう呼ぶ者たちも居る』
それがどういう意味だったのか、ここに来てはっきりと分かった。
『”神の天敵”』
これで良かったのだろうか。
報いる事が出来ただろうか。
受け取った意思を、つなげられただろうか。
13年間、このためだけに生きて来た。
1人では成し遂げられなかっただろう。
何も聞かずローについて来たハートの海賊団の船員、
偶然に出会った麦わらの一味と、その船長ルフィ、
そして、復讐の道を選びながら、最後にはローに全てを託した。
その全てがローを支え、この結果を生んだ。
ドフラミンゴを、倒した。
ドレスローザは一度静まり返り、
コロシアムの実況、ギャッツがドフラミンゴの敗北を伝えると
徐々にその歓声が広がっていった。
銃声も剣戟の音ももう聞こえない。国中が泣いて、笑っている。
産声を上げているようだった。
ローは鬼哭を支えに、何とか立っていた。
「・・・ロー」
立ち尽くしていたローを、誰かが呼んだ。
振り返ると、赤いドレスの女が立っている。
松葉杖をついて、その左脚にはまだ生々しい傷跡が見える。
ローと同じく満身創痍だったその顔は、少しの疲労を除けば常の白皙を取り戻していた。
艶のある白い髪が風になびいている。
いつも冷えきった剃刀のようだった鋭い瞳は涙に濡れて、今、幾つもの星屑を湛えて光っている。
・がそこにいた。
※
きっかけのようなものがあるとすれば、
それは、がロシナンテの検死を終えてすぐのことだったのだろう。
その時、は、衝動的にメスを手に取って、手首に当てたのだ。
これを横に引けば、ロシナンテさんに、会えるだろうか。
は何かに取り憑かれたように、それだけしか考えられなくなっていた。
だが、メスを横に走らせようとした瞬間、
頭を締め付けるような痛みと、脳裏で声が反響するような恐るべき感覚を覚え、
は立っていられなくなった。
『”生きて”』
頭に響くその声に、は膝を着いて、メスを取り落とした。
床に金属音が反響する。
全身から冷や汗をかいていた。
なんだ、今のは。
メスを握る機会は、今まで幾度となくあったが、そんな声は聞いた事が無かった。
は呆然と床に落ちたメスを拾う。
今度は何の声も聞こえない。
「・・・ああ」
の唇が、弧を描く。
「生きろと言うのね、お母様・・・カルミア」
に『生きろ』と言ったその声は、かつてが殺した母の声だった。
優しく、温かく、祝福するような声色だった。
「他人の命を啜らなければ生きていけない化け物でも、
愛しい人の命一つ救えない私でも、・・・たとえ幸福になれなくても、
泥の中を這いつくばりながら生き続けろと言うのね」
だが、それはにとっては呪縛だった。
「・・・死ねないのなら」
は立ち上がった。
生きなければならない。その理由を、見つけなければならない。
「・・・やり方を、考えなくては」
そしては復讐を選んだ。
※
固い決意を抱きながら、は2年間、ローの船に乗った。
最初はひたすらに憎らしかった。
だが、同じ時間を過ごす事で気づかされるのだ。
ロシナンテがローの中で生きているということを。
に生命力を分け与えた時、
大切な人をドフラミンゴに殺されたのだと打ち明けられた時、
そして何気ない、ふとした瞬間に感じていた。
何よりずっと、ローはロシナンテのために生きている。
世界政府を憎んでいても、”コラソンの本懐”のためなら王下七武海になることさえ厭わず、
血反吐を吐くような思いをして、ひたすらに知恵を絞り、その力を磨いているのだ。
はそれをずっと見ていた。自身の行動が正しくはないと理解もしている。 ・・・苦しかった。
知らずにただ復讐の鬼になれたほうが、きっとずっと楽だったろう。
は最後の最後まで迷い続けていた。
そしてに決定的な選択肢を与えたのは、
ローがを、手荒な手段でドフラミンゴから遠ざけようとしたときだ。
きっとローはを殺してはくれないと悟った。
ドフラミンゴなら、きっとを殺してくれる。
そう思って、一対一の状況を作り上げた。
は努力したのだ。
ドフラミンゴを理解し、どこまでも憎もうとした。
何故なら、”夢魔の愛した男”は必ず死ぬからだ。
ドフラミンゴは心底から憎むに値する男だった。
しかし、ローはがドフラミンゴの手にかかって死ぬことを許さなかった。
よりにもよって、を庇った。
ロシナンテが救った命を盾にしてでも、を助けてみせた。
許せなかった。
化け物の命一つ、切り捨てられないで、どうやってドフラミンゴを止められると言うのだろう。
命がけで立てた計画が、その行動一つで水泡に帰すところだった。
許せるはずも無かった。
——助けられた時に、確かに、嬉しく思っていた、自身を。
だからローを選んだ。
命を捨てる気でドレスローザまで来たのだ。
コラソンの本懐にこだわるローに全てを任せて、幕を引こうと決めた。
疲れたから眠るのと、さほど変わらないのだな、と目を閉じたその瞬間に思っていた。
思い出すのは愛しい人々の顔だ。
美しかった母カルミアが、悪戯っぽく笑い、父ローレンが困ったように眉を顰める様、
涙ぐんでいたロシナンテの、うさぎのように赤い瞳。
どうせ思い出すのなら、大好きだった笑顔を思い出したかったのに、
どうしてだか、悲しそうな顔しか思い浮かばなかったのは、
がロシナンテを悲しませるような生き方を選んだ、
その報いだったのかもしれないと、漠然と思った。
そして意識が緩やかに混沌に落ちていくのを、待つだけだと、思っていた。
※
目を開けて、飛び込んで来た金色の髪に、は小さく呟いていた。
だが焦点が定まるうちに、それがその人ではない事に気づく。
小人が二人、の顔を覗き込んでいた。
「起きたれす!」
「!」
モネが駆け寄って来た。
がぼうっとその様を見つめていると、思い切り横っ面をはたかれる。
「・・・許さないわよ、。
私をドレスローザまで連れて来ておきながら、よくも死のうだなんて考えたものね」
「も、モネ、さんは、ケガ人れすから・・・!」
「関係ないわ」
モネはを睨む、その瞳は涙の膜で潤んでいた。
は嘆息する。
ああ、死に損なったのだ、私は。
は状況を確認すべくモネに向き直った。
「今、どうなっているの」
「・・・あなたの予想が的中したわ、
若様が鳥カゴを収縮しはじめてる。ローと麦わらが戦闘してるわ」
「・・・なるほど」
は上体を起こす。
失われていたはずの左脚がそこにあることに気がついて瞬いた。
「足が、」
「レオと、マンシェリーのおかげよ。
二人が悪魔の実の能力者じゃなきゃ、助からなかった」
「そう。・・・ありがとう」
内心と裏腹には微笑みを作る。
レオとマンシェリーは、小さくはにかんで見せた。
「あ・・・さん、傷跡は残るれす・・・ごめんなさい・・・」
「傷?ああ、良いのよ別に、そんなこと。
ドフラミンゴが切り口をめちゃくちゃにしたのは分かっていたし」
はそう言いながら、左脚に負担をかけないように立ち上がった。
側にあった松葉杖を借りる。
「、どこへ・・・!?」
「決まってるでしょ、ドフラミンゴと、ローの元へ」
「何言ってるの!?」
モネがの肩をつかんだ。
「そんな有様じゃ、足手纏いになるだけよ!」
「見届けなくては・・・」
「!」
「13年間、私は復讐のためだけに生きて来た。
今日、ここで、その復讐が終わる」
は目を伏せる。
「今、生きているのなら、その結末は、この目で見たい」
モネは、それ以上歩き出したを止めなかった。
止めても無駄だと、分かったのだ。
※
がローを見つけた時、ローは天を仰ぎながら、その場に立っていた。
暗雲は晴れ、抜けるような青空が広がっている。
鳥カゴは消えていた。
ドフラミンゴの支配が終わった証だった。
は息を飲む。
暫くその光景に見入っていた。
ギャッツの実況を皮切りに、ドレスローザに歓喜と涙の声が溢れる。
一度は殺してやると、滅べとまで思った、その姿を見とめ、その国の歓声を聞いて、
は涙が自身の頬を伝うのに驚いていた。
13年前、ロシナンテが死んで、の心もその日に死んだ。
復讐と共に命に終わりを告げるつもりだった。
それなのに。
今更、もうには何も残っていないのに。
この光景が、歓声が、胸を打つのは何故なのだろう。
何故こうも涙が溢れるのだろうか。
「ロー」
答えを求めるように、は呼びかけていた。
ローが振り返る。
コートの端が風になびいた。
互いに血みどろだ。ローに至っては右腕が切り落とされたままで、
は松葉杖をついてようやく立っている。
に気がついたローはまっすぐにに向かって来た。
その顔はひどく怒っているように見えたので、は殴られることを覚悟した。
なにしろモネには思い切りはたかれたし、それだけのことをした自覚もあるのだ。
だから、それは予想外の展開だった。
気がつけば、痛い程に抱き締められている。
「生きてるんだな」
は瞬いた。
「生きてるんだよな、お前は」
肩口に額を寄せて、ローは確かめているようだった。
噛み締めるような声色に、は何度か言葉を吟味したが上手い返しが思い浮かばない。
仕方が無いのでローの背に手を回した。
少しローの肩が跳ねたような気がしていた。
青空が眩しくて、目を細める。
生きている。
確かに、今、はその場に脚をつけて、立っていた。
ローがぼそり、と何か呟く。
「・・・好きだ」
「は・・・?」
は聞き間違いかと思い、眉を顰め、その顔を確認しようとするも、
ローはそれを許さない。
より一層拘束するように左腕に力を込めた。
「好きだって言ってんだろ、うるせェな」
何も言っていないのだが。
はしばらくの沈黙の後、深いため息を零した。
それから何か言おうと口を開いた時、ずるずるとローの体重がにかかる。
「ちょっ、とロー!?」
さっと顔色を変えて、はローを抱え直す。
その状態が緊急を要すると気がついて、は眉を顰めた。
「・・・死なせないわよ」
は、”生きろ”と言ったのだ。
もう二度と、死なせてたまるものか。
医者の手は命を救うためにあるのだから。