幽霊と朝のサニー号
早朝。朝焼けは眩しく、海はきらめき、カモメは鳴いている。
その中に、ニュース・クーの姿もあった。
ブルックが甲板に落ちた新聞を拾い上げ、
ギターをかき鳴らし皆を起こしにかかる。
「あーさーですヨホホホー!
しーんぶんが来てますよー!!!」
その爆音に起こされた面々が徐々に甲板に集まり始めた。
ルフィとロー、とロシナンテを中心に、新聞を広げる。
「ドンキホーテ・ドフラミンゴ
『七武海脱退』!!! ドレスローザの王位を放棄!?」
「本当に辞めやがったァ!?」
ウソップが頭を抱え、信じられない、と言わんばかりに新聞を覗き込んだ。
「こんなにアッサリ事が進むと、逆に不気味だな」
フランキーも難しい顔で呟く。
しかしローは満足げに頷いていた。
「これでいいんだ。
奴にはこうするしか方法はない・・・!」
「ジョーカー・・・!! おれのためにそこまで!」
感激するシーザーをモネとヴェルゴがジト目で睨む。
しかし、当のシーザー本人はまるで気づいてはいない様子だった。
ヴェルゴはへと視線を向ける。
は目を伏せて新聞を見つめているが、
その顔には安堵も、不安も浮かんではいなかった。
「ところでよ。なんでおれたちの顔まで載ってんだ?」
ルフィが告げた言葉に、その場にいた全員が新聞を覗き込んだ。
「は?」
「『七武海』トラファルガー・ロー、”麦わらの一味”と異例の同盟。
ローに対する政府の審判は不明・・・、
あら、下段も同盟の記事なのね。
『キッド海賊団』『オンエア海賊団』『ホーキンス海賊団』
時同じくして海賊同盟を結成」
が新聞の見出しをそらんじて見せた。
ルフィがそれに目を輝かせて新聞を抱える。
「へー、こいつらもか。同じ事考えてんのかな?」
「よそはよそだ。作戦を進める。ドフラミンゴに集中しろ」
ロシナンテはシーザーを指差し、この作戦の意味を語り始める。
「この取引、ドフラミンゴにとっては進退を決めるだけの意味をもつ。
おれたちはシーザー、そしてモネとヴェルゴを誘拐しただけ」
それを引き継ぐように、ローが言葉を続けた。
「それに対してドフラミンゴは10年保持していた『国王』という地位と、
略奪者のライセンス『七武海』という特権をも一夜にして投げうってみせた。
さて、こいつらを返せば一応の取引は成立するが・・・」
「ウフフフ、そこからが本番というわけね!」
は朗らかに笑い、胸の前で手を組んだ。
とてもこれからドレスローザで大暴れする予定を立てている人物には見えない。
はふと、何かに気づいたように顎に手を当てる。
「ところで、ドフラミンゴの後に、玉座を任せられる人っているのかしら。
そもそもドレスローザはリク王家が治めていたはずだわ。
彼らは・・・亡くなっているの?」
「・・・いや、生きている」
ロシナンテが複雑な表情を浮かべながら告げた。
は瞬くと、難しい顔をする。
「ドフラミンゴは婚姻による王権譲渡の手順を踏んだわけではないのでしょう?」
「お前・・・結構すごいことをサラリと言うよな・・・」
「いつものことだぞ、割と」
の発想に動揺するロシナンテに、ゾロが頷いてみせた。
は「そんなに驚くようなことかしら?」と首を捻りながら、ロシナンテに顔を向けた。
「いえ、私が死んでいる間に身内が結婚してたなら
一応、奥様には挨拶するべきかしらと・・・。
そう言えばロシー兄さんはどうなの? 浮いた話はないの?」
「え!?」
突如予想だもしなかった話を振られたロシナンテは裏返った声で驚いた後、
そっとから目をそらした。
「いや、ほら、おれは・・・今までローと一緒に打倒ドフラミンゴに向けて
動いてきたわけで・・・そんなのに誰かを巻き込むとかはできないし、」
言い訳めいた言葉を連ねるロシナンテに嘆息し、ローがに呟いた。
「コラさんはそこそこモテるけど、ドジだから・・・」
「ああ・・・なるほど・・・」
ほか、その場にいた皆が納得したように頷いた。
「うるせェ!!! ほっとけ!!!」
ロシナンテはローを怒鳴りつけた。
そのやりとりをクスクス笑っているに、フランキーが声をかける。
「と言うか。お前ドフラミンゴ打倒に動くのに、挨拶も何もねェだろ」
「あらホントね。ウフフフフッ!」
しばらく凹んでいたロシナンテが気を取り直したように咳払いをし、
話を本筋へと戻した。
「・・・まァ、そう言う手もあったとは思うけど、あいつが選んだのは、
王と護衛兵に国民を”殺させる”って言う手段だ。
イトイトの実の能力。”パラサイト”を使ってあいつは惨劇を作り出し、
あたかも自分をヒーローのように演出して、ドレスローザを乗っ取ったんだ」
「・・・自作自演と言うわけね。
でもそれなら余計に、リク王家の人間が生きていることが不思議だわ。
叛乱の火種は刈り取っておきたいと思うのが、普通のはず」
の言葉に、ウソップがもの言いたげな視線を送る。
「・・・お前・・・」
「言っておくけど!『ドフラミンゴだったらこうするだろうな』ってことだから!
私は思いついてもやらないわよ! 思いついても!」
さすがにも不服そうに返す。
ロシナンテはそのやりとりに苦笑しつつ話を続けた。
「外海から調べた限りだが、リク王家の生き残りは
リク王、ヴィオラ王女、そしてリク王の孫レベッカ王女の3人だ。
本当なら王位継承権は彼らにある」
「王様が生きているの?」
ロビンも意外そうな顔をする。ロシナンテは頷いた。
「どうもヴィオラ王女が嘆願したらしい、彼女は悪魔の実”ギロギロの実”の能力者。
能力は千里眼。噂によれば、人の心まで見通すことができるそうだ。
ドフラミンゴは彼女が部下になることを条件に、リク王を生かしている」
「・・・すごい力」
「自分の能力と引き換えに、と言うことね」
ナミとロビンは難しい顔をして話を聞いている。
がさらにロシナンテを追求した。
「レベッカと言うのは、ヴィオラ王女の娘なの?」
「いや、スカーレット王女の娘だ。ヴィオラ王女の姉の娘がレベッカにあたる。
・・・スカーレット王女は、ディアマンテに殺されたと聞いた」
「!」
その場にいた皆が息を飲んだ。
ロビンが呟く。
「・・・姉を殺した人間に、従わざるを得なかったのね」
「ああ、・・・そう言うわけで、リク王家の人間は生きている」
はそれを聞いて、小さく笑った。
「ウフフ、なら好都合だわ。
ドフラミンゴが死んだら、その後を任せる人材は居ると言うことですものね!」
明るく笑ってみせてはいるものの、その実それも演技だということは、
もうここにいる皆にはわかっていることだった。
はでんでん虫へと手を伸ばす。
「じゃあ、通話をしてみましょうか。多分すぐ出ると思うけど。
今回も交渉は私でいいかしら」
※
三回ほどのコール音ののち、その通話は繋がった。
『おれだ・・・『七武海』を辞めたぞ』
間違いなくドフラミンゴの声だ。
サニー号は一気に騒然となる。
「出たぞ!」
「ドフラミンゴか!?」
「シーッ!!! お前ら声が入るだろ!?」
「大丈夫か? サイレントするか? あいたっ!」
チョッパーやウソップ、ルフィらが騒ぎ出したので、
ロシナンテがサイレントすべきか迷う最中、いつものように転んでいる。
「お、落ち着いて、ロシー兄さん、あっ」
が見かねて声をかけると、横から伸びてきた腕が
から受話器を奪い取ってしまった。
「もしもし、おれはモンキー・D・ルフィ!!
海賊王になる男だ!!!」
「お前! 黙ってろっつったろ!?」
ウソップがルフィを引き離そうとするものの、
ルフィは話を聞くつもりはないようだ。
「おいミンゴ!!」
「ミンゴ・・・」
「・・・斬新な愛称だわ」
ドフラミンゴを独特の呼び方で名指しするルフィに、
ロシナンテとは脱力したように呟く。
「”茶ひげ”や子供らをひでェ目に合わせてたアホシーザーのボスはお前かァ!!!
シーザーと鳥女と竹のおっさんは約束だから返すけどな!?
今度また同じような事しやがったら今度はお前もブッ飛ばすぞ!!!」
「竹のおっさん・・・」
「ヴェルゴのことか・・・?」
ロシナンテとがバラバラのまま縛られたヴェルゴへと視線を移すと、
ヴェルゴはすっと視線を外した。
受話器の先では突然ルフィが話し始めて唖然としていたらしいドフラミンゴが気を取り直したのか
ルフィへと向けて通話を続けている。
『”麦わらのルフィ”・・・!!
どうやらが世話になってたらしいな。
テメェの影響か否か、すっかりはねっかえりになっちまったようだが・・・。
お前、兄の死から2年。どこで何をしていた?』
ドフラミンゴに探りを入れられ、ルフィはむ、と唇を尖らせた。
「・・・! それは!!絶対言えねェ事になってんだ!!」
それを聞いて、ドフラミンゴは愉快そうに笑いだす。
『フッフッフッ・・・おれはのことは抜きにしても、
もともとお前に会いたかったんだ。
お前が喉から手が出るほど欲しがる物を、おれは今・・・持っている』
「!」
とローが瞬いた。ルフィの目の色が変わる。
ゴクリと唾を飲み込んで、ルフィはドフラミンゴを問いただした。
「お・・・おい、それは一体どれほど美味しいお肉なんだ・・・!!!」
「聞く必要ないわよルフィ! と言うかお肉じゃないと思うわ! 多分! きっと!」
ルフィの肩を揺さぶるだが、ルフィはすっかり食欲に飲まれている。
「麦わら屋! 奴のペースに乗るんじゃねェ! 、代われ!!!」
見かねたローがルフィから受話器を奪い取り、へと手渡した。
の後ろではウソップとチョッパーがルフィを正気に戻そうと頰を叩いている。
「もしもし!? 私の船長を惑わすのは止めてくれないかしら!?」
が受話器を受け取ってドフラミンゴに抗議すると、
受話器の先の声が幾分低くなった。
『・・・”私の船長”か、フフフフフッ、随分”麦わら”に入れ込んでるようじゃねェか、
一体どう言う成り行きで奴の船に乗る事になったんだ?』
は眉を顰め、話を本筋へ戻そうと試みた。
「無駄話に時間を取られたくはないの。
約束の通り、人質は引き渡すわ。それでいいでしょう」
ドフラミンゴもの意図を悟ったのか、取引の方へと話題を移した。
『つれないな。だが、まァ、良い。その方が身のためだ。
ここへきてトンズラでもしようもんなら・・・どう言う目に遭うかは
わかっているな?』
「当然よ」
毅然として答えたに、ドフラミンゴは頷く。
『フッフッフッ!! さァ、まずは人質の無事を確認させてくれ』
「ですって、シーザー、モネ、ヴェルゴ、一言ずつどうぞ」
が受話器を人質の3人の元へと向けると、各々が喋り出した。
「ジョーカー!! すまねェ!」
「・・・若様、申し訳、ありません」
「こちらは3人とも無事だ」
悔しげなシーザーとモネに対し、ヴェルゴだけはどこか余裕が伺える。
はそれ以上の情報を流されないようにとすぐに受話器を自身の口元に戻した。
「確認できたわね?」
『ああ、良いだろう』
ドフラミンゴが納得したと見て、
はローとロシナンテの描いていた計画の通り、その場所を告げた。
「今から8時間後。『ドレスローザ』の北の孤島
『グリーンビット』”南東のビーチ”。『午後3時』に人質を連れて向かうわ。
・・・その時、少しだけお話をしましょう」
『!』
でんでん虫が意外そうな顔をする。
は目を伏せ、ドフラミンゴに問いかけた。
「どうしたの? 何か、おかしいことでも?」
『フフフッ、普通は接触を避ける場面だが?』
そう、普通は、面と向かっての交渉は避けるべき場面だが、
の目的は、ドフラミンゴとの接触が必要不可欠だ。
「・・・でしょうね。でもどうしても面と向かって、伝えたいことがある場合は、
その限りではないでしょう」
続けられたの言葉に、でんでん虫は訝しむような表情を浮かべ、
を問いただそうとした。
『・・・お前、何を企んで』
「切れー!!こんなもん!!!」
「あ!」
しかし正気を取り戻したらしいルフィがの手から受話器を奪い、
でんでん虫へと叩きつけてしまった。
「ふーっ、危なかった!! また奴のペースにやられるとこだったな?!」
「目が肉になってんぞ?!」
未だに”美味しいお肉”に未練があるらしいルフィにウソップが突っ込んでいる。
切れてしまったものは仕方がない、と肩を落としたに、サンジが問いかける。
「相手の人数指定をしなくても良かったのか? 相手が一味全員引き連れてきたらどうする?」
「多分・・・ドフラミンゴはそう言う手は使わないと思うけど、それでも構わないわ。
SMILE工場を潰しにかかるのには都合がいいし」
の言葉に、サンジは眉をひそめる。
「お嬢さん、自分を囮にするつもりなのか!?」
「ええ!?」
慌てる一同に、は首を横に振る。
「ウフフ、大丈夫よ。受け渡し場所にはロー先生と一緒に行くつもりだから」
「安心しろ黒足屋。の安全は保証する」
ふわりと浮かんでローの肩を軽く叩くに、ローは頷いてみせる。
「・・・解せねェ!!! 釈然としねェ!!! なんかムカつく!!!」
サンジは妙に自信に満ちているローにイラっとしたらしく地団駄を踏んでいる。
横にいるロシナンテも複雑そうにしていたが、気を取り直したように作戦の流れを口にした。
「工場の場所は昨日も言った通り、現地で情報収集しよう」
「案外行けばすぐにわかるだろ。おれ様のビームで一発だ!」
フランキーが頼もしい言葉を告げると、ウソップとチョッパーが囃し立てる。
「よっアニキー!!」
「かっこいいぞー!!」
なんとなくの話の顛末がついたところで、ルフィがローとロシナンテに尋ねた。
「トラ男とドジ男は行ったことあんのか、ドレスろうば」
「ローザだ」
「ローザ!!」
「ない。奴の治める王国だぞ」
国名の間違いを正してから、ローは首を横に振った。
それにロシナンテも続く。
「ああ、流石にな、潜入しようとか考えたこともあるんだけど、リスクがでかすぎてな」
「ドジだからか?」
「・・・ドジじゃなくても普通にあぶねェんだよ」
チョッパーに首を傾げて尋ねられ、ロシナンテはどこか消沈した様子で
それに答えている。
ルフィはローとロシナンテの言葉を聞いてにかっと笑ってみせた。
「そっか。じゃあ全部着いてから考えよう! しししし冒険冒険!!!
楽しみだなー、ドレスローザ! おれ早くワノ国にも行きてェんだ!」
そのあまりに能天気な言い分にローは目を見張った。
ロシナンテも難しい顔をしている。
「バカ言え! なんの計画もなく乗り込めるような・・・」
「いくら何でも、それは、」
「・・・でも、一理あるかもしれないわね」
「!?」
どこか考えるようなそぶりで呟くに、ローとロシナンテは瞬いた。
は唖然としている2人に笑みを向けた。
「ウフフ! 多分、ドフラミンゴは私とか、ロー先生の考えていることはわかっても、
ルフィみたいな人の考えてることは全然わからないと思うのよ!」
の言葉に、ルフィを見て、ローとロシナンテは納得したように頷く。
ルフィは話題の槍玉に挙げられているとはわかっても、何のことを言っているのかはわからない様子で、
パチパチと目を瞬いていた。
「・・・ああ」
「・・・まァ」
「だから多少、運任せにしてみても良いと思うの。
ルフィは運が強いから! ほら、そんなことより、朝ごはん食べましょ。
サンジのご飯、とても美味しいのよ!」
ローとロシナンテの背を押すの横を、ルフィが駆けていく。
「サンジ、ハラへった。今日の飯なんだ!?」
「サンドイッチだ」
サンジの言葉に、チョッパーが歓声をあげた。
「わー! おれわたあめサンド!」
「私は紅茶だけで」
どうやらある程度注文をつけても許されるらしいと
気付いたローとロシナンテは顔を見合わせる。
ローは軽く咳払いすると、小さく答えた。
「・・・おれとコラさんはパンが嫌いだ」
「あら、そうだったの? ウフフフフッ!」
それを聞いて、がクスクス笑っている。
こうして長い一日はあまりに穏やかに、始まった。