ドンキホーテ・ロシナンテの良心と呵責


まず、ロシナンテたちの身に何が起きたのか。
これを順を追って話すのなら午後3時過ぎに時間は遡る。

グリーンビットの森でローとの援護をしようとしていた
ウソップ、ロビン、ロシナンテは、偶然遭遇した小人たちに”麻酔花”で眠らされ、
小人の国、トンタッタ王国へ拉致されてしまったのだ。

そして、麻酔の効果が切れ、目を覚ましたロシナンテは頭を抱えていた。

「お、大人しくするのれす!!」

小人たちの会話や向けられる敵意などから察するに、問題は山積みだった。

まず、現在地であるトンタッタ王国がグリーンビットの地下に位置していること。
つまり、ローとの援護ができないということが一つ。

次にガリバー旅行記さながらに体を地面に縫い付けられ、身動きが取れないことが一つ。

その上・・・。

「お、おまいは、ドフラミンゴだな!?」
「えー!? ドフラミンゴを捕まえたんれすか!?」
「普通の大人間の倍くらいの大きさで、金色の髪の毛で、
 サングラスをかけている・・・間違いないれす!」

小人達に、背格好からドフラミンゴと間違えられているらしいことが、今の最大の問題だった。

「違う!!!」

「ヒッ!?」

ロシナンテが強く否定すると、小人達は飛び上がって驚いている。

ロシナンテは深く息を吐いた。
弁解したいが、小人たちはかなり怯えているため、
まともに意思の疎通が図れるかどうか、怪しいところだ。

どう交渉しようか考えあぐねているうちに、
小人の一人がピストルをロシナンテへと向ける。

「・・・こ、このまま抵抗される前に始末をつけるれす!」
「ちょっと待て! 待ってくれ!!!」

人違いで殺されるのは勘弁してほしい、と
特徴だけなら似通っている兄を思い出してロシナンテは奥歯を噛んだ。

「あの野郎・・・ややこしいんだよ、ホントによォ!!!
 おい、よく見ろ!!! おれのかけてたサングラスは尖ってないし、
 髪もあいつよりは長いし、ピンクの羽のコート着てないだろ!?
 ええと、それに・・・、おれの方がハンサムだ! ・・・多分!」

「お前何言ってんだよ」

呆れた様子のウソップの声が後方から聞こえてきて、
できる限りそちらに顔を向けようとロシナンテは首を動かした。

「ウソップ君! この状況どうにかしてくれ!!!」
「ウソランド! ドフラミンゴをやっつけて欲しいのれす!!!」

ウソップのヘルメットについているベルトを引っ張り、
小人の一人がロシナンテを指差した。

「は? ドフラミンゴ?」

ウソップは怪訝そうに首を傾げたが、必死の形相を浮かべるロシナンテと小人たちを見比べて
大体のことを察したのか、小人たちに向けて声をかけた。

「・・・ああ、なるほどな。お前ら、こいつはドフラミンゴじゃねェぞ」
「ええー!? そうなんれすか!?」

小人たちは仰天している。
ロシナンテはなんとか誤解が解けそうだと胸をなでおろした。
ウソップは鼻をこすり、言葉を続ける。

「おう、こいつはロビランドと共におれの相棒のドジ男・・・じゃなかった。ドジランドだ!」
「おい。何もかも違うぞ! そこはせめてロシランドにしてくれ」

ロシナンテはあだ名が妙な方向に進化していることをウソップに突っ込む。

「ドフラミンゴじゃないんれすね? ごめんれす、ええと、ロシランド!」
「ウソランドの仲間だったならそう言ってくれればいいのに! 今糸を解くれす!」

シュルシュルとロシナンテを縫い止めていた糸を解き、
心底ホッとした様子の小人たちを見て、ロシナンテはひとまず安堵した。

「みんな、無事で良かった!」
「ロビン、じゃなかった、ロビランド!」

ウソップの視線の先にはまた別の小人たちを連れたロビンがやってきていた。
これで小人たちに拉致されたメンバーは揃う。

「ヒーローの仲間だと言うのなら話は別れす。歓迎するれすよ! 大人間達!」

小人達は客人達を歓待する準備を始めた。



小人達は闘魚の肉料理を振る舞い、ロシナンテたちをもてなした。

ウソップは北の海の絵本の主役にもなっている、
モンブラン・ノーランドの子孫だと嘘を吐いて小人達に取り入ったようだ。
植物学者ノーランドは過去に縁があって島を荒らす人間から小人達を守る戦いに
身を投じたのだと言う。
いわば、小人達のヒーローのような存在だった。

ウソップの機転の効いた嘘に救われたものの、
ロビンは罪悪感があるのか、ウソップに咎めるような眼差しを送っていた。

「悪い人ね・・・」
「まあまあ。方便だろ?」

振る舞われた食事を取っている間もグリーンビットの地下にあるトンタッタ王国は地震に揺れる。

ロビンとロシナンテは目を配らせた。
十中八九、ローとはドフラミンゴと戦闘になっているのだろう。
ドフラミンゴはに”七武海を辞めた”と嘘を吐いていた。
それをが許すわけもない。だが。

 ドフラミンゴ相手に、まともな戦闘になって勝てるわけがない・・・!

ローがついているとはいえ、は戦闘に向いているとは言えないだろう。
ロシナンテは腕を組み、地面の一点を見つめていた。

「ロシランドさん、大丈夫よ。のことだからうまくやるわ」
「そうか? だといいんだが」

心配しているのがあからさまだったらしく、
慰められてロシナンテは頭を掻いた。
ウソップはロビンに頷いてみせる。

は戦うにしても正面からの戦闘には持ち込まねェだろうしな。
 魚人島でも敵だったはずのバンダー・デッケンに戦わせてたし」
「・・・ちょっとその話あとで聞かせてくれ。なんとなく想像はつくんだが、」

記憶喪失時代の妹は随分と破天荒な上に、
所々にドフラミンゴとの血の繋がりを感じさせる行動を取っていたらしい。
ロシナンテは苦笑した。

「・・・の奴、結構短気だったんだな」
「え?」
「恥ずかしい話だが、昔は全然気づかなかったんだ。
 それに、兄の影響をあんなに受けているとは、」

頰を掻いたロシナンテの言葉に、ロビンは少々考えるそぶりを見せた。

はずっと他人との関わりを遮断されていたと言っていたわね。
 きっと、そのせいでしょう」
「あいつは・・・猫を被ってたんだがなァ」

ロビンは瞬く。
そして、「信じがたいが、」と言う仕草を隠しもせずロシナンテに問いかけた。

「それは、・・・のお兄さんの方が?」
「そうそう。そりゃあもう、分厚い猫を被ってたぜ。・・・別人みたいだった」

ロシナンテは懐かしむように目を細めた。
を見舞うドフラミンゴは、愛情と執着が行き過ぎている節はあったものの、
に対する振る舞い自体はごく穏やかだった。

人の命を簡単に奪う手のひらが、驚くほど優しくの頭を撫でているのを見たとき、
あれが”本物”なら良いと思ったことを、ロシナンテは覚えている。

「・・・あんまり猫かぶってるところが想像できねェけど、
 それならの命の心配はしなくて良いんじゃねェか?」
「――そうだな」

ロシナンテはウソップの言葉に本意と裏腹に頷いて見せた。
ドフラミンゴは父親を殺した前科もある。
しかしここでいたずらに不安を煽ってもろくなことはない。

そして、の言っていたことを思い出し、小人達に尋ねる。

「そういや、オモチャの兵隊がお前達と工場を破壊する作戦を立てていると聞いたんだが、本当か?」
「ええ!? なぜ知ってるんれすか?! ロシランド!」

ロシナンテは少し迷いながらも、ウソップの嘘に乗っかることにした。

「そりゃあ、おれたちがヒーローだからさ」

”嘘”は、その時”そうありたい”と思うことの裏返しだった。
少なくとも、ドンキホーテの兄妹にとっては。



小人達とロシナンテ、ロビン、ウソップは
グリーンビットから伸びている地下通路を通り、”花畑”へと移動する。
ドレスローザのコロシアムの地下”闇の工場”とあだ名される場所で、
強制的に労働させられている500人の小人達を助けるための戦いの、最終作戦を練るためだ。

フランキーと、の言っていた協力者オモチャの兵隊とも合流することができた。
小人、レオがロシナンテらの到着を告げると、オモチャの兵隊は鷹揚に頷く。

「ご苦労、レオ!」
「いよいよれすね隊長! 伝説のヒーローもお連れしたれす!」

敬礼したレオに応えるように、オモチャの兵隊は左手を掲げた。

「この戦いは10年前、無念のうちに退位されたリク王の名誉と、
 我々の自由を取り戻すための戦いである!」

小人たちは歓声でオモチャの兵隊の声を迎えた。

「ある日この国にやってきて、全てを奪い去ったあの男の暴挙を私は忘れない!
 作戦の準備には一年を費やしている。”七武海”の海賊団であれ勝機はあるっ!!!」

ロシナンテは複雑な面持ちでオモチャの兵隊の顔を見た。
それを何と誤解したのか、オモチャの兵隊はロシナンテの方へ顔を向けた。

「こうも我々の士気が高いのは、ドンキホーテの一族と、
 彼ら、小人たちの間に、浅からぬ因縁があることも関係している。
 君たちは、・・・の仲間ならば知っているかもしれないが、」

「そうなのか、ロシランド?」

首を傾げるウソップに、ロシナンテは少々眉を顰めた。

「・・・ああ、だが、当事者の話と、”伝え聞いた”人間の話とではまた違うだろう。
 良ければ教えてくれるか?」

「もちろん。君たちが”ヒーロー”だと言うのなら、話を聞くのも悪くはない」

オモチャの兵隊に促され、トンタッタの国王がドンキホーテ一族と小人達の因縁を話し始めた。

それは、はるか昔、空白の100年よりも前の話だ。

当時ドレスローザを治めていたドレスローザのドンキホーテ王が、
”少しの労力”と引き換えに”資源と安全”を保証すると言う条約を小人に提案してきたことから始まる。

しかし、その提案を飲んで始まったのは小人達の”奴隷時代”だ。
条約の抜け穴を利用してドンキホーテの一族は小人を”人”として扱わず、
奴隷として地下での労働を義務とした。
国民達は小人の存在を知らぬまま、
小人達の生み出す富と栄華の上にのうのうと生きた。

そして、空白の100年を経て何があったのか王家が変わる。
それがリク王家の始まりだった。

彼らはドンキホーテの一族とは違い、先代国王達の所業を謝罪し、
小人達の生活に必要なものをドレスローザから好きに持ち出して良いことにしたのだと言う。
ドレスローザの妖精伝説はこうして定着したのだ。

それからドフラミンゴがドレスローザに訪れるまで、
リク王家は一貫して平和主義を貫き、隣国の危機にも援助を惜しまない、
豊かとは言えないが、平穏な国を作り上げたのだ。

ロシナンテは時折向けられるロビンやフランキー、
ウソップからの冷たい視線に胸を押さえる。
遠い先祖の行った話とはいえ良心が痛んだ。

「・・・本当に申し訳ないと思っている」

うなだれるロシナンテに小人たちは頭に疑問符を浮かべている。

「何を謝ってるんれすかロシランド?」
「訳は聞いてくれるな! しかしとりあえず謝らせてくれ、頼むから・・・!」

ロビンはそれまでの話を整理し、目を伏せた。

「だけど、・・・ドフラミンゴが起こした事件のせいで、
 リク王家の人たちの信頼は、今は失われているのよね」

「やはり・・・同様に、君たちはあの事件の真相を知っているのだな」

オモチャの兵隊は嘆息する。

「リク王は最後まで国を守ろうとしていたのだ。
 ドフラミンゴはあの事件の際、リク王の一族を根絶やしにしようとしたが、
 ・・・私はリク王の血を引くレベッカを連れて、ずいぶん長い間逃亡を続けた。
 しかし、彼女は捕まり、今やコロシアムで見世物のように扱われている!」

オモチャの兵隊の声には紛れもない憤りの色があった。

「リク王の信頼とレベッカの命を守れるのなら、
 私は何も惜しまない、この命さえ・・・」

そのあまりに張り詰めた様子に、ウソップがゴクリと唾を飲み込む。

「お前、一体、」

「私はレベッカの母を、スカーレットを守れなかった。
 あの日のことは片時も忘れない! オモチャになった私をあの子は覚えてはいないが」
 ・・・私は、レベッカの実の父親だ」
「!」

ロシナンテは拳を握りしめた。
兄の犯した罪の重さがのしかかってくるようだ。
それから、止められなかった自分自身にも。
だが、だからこそ、今日で終わらせるのだ。
そのために、ロシナンテはドレスローザに来たのだから。

オモチャの兵隊は、ドレスローザの悲劇を思い返し、淡々と述べる。

「ドフラミンゴは自身が操る”糸”とシュガーの”オモチャ”の能力によって
 ドレスローザを我が物にした。
 しかし、・・・そのせいか、ドフラミンゴに操られ殺された兵士。
 苦渋の選択をし、ドフラミンゴへとひれ伏した兵士。
 これを合わせても一国の軍隊として数が少ない」

ロシナンテはオモチャの兵隊の言葉に顎に手を当て、考えるそぶりを見せる。

「・・・オモチャに変えられた人間が数多く居るってことか?」
「その通り。オモチャ同士であっても、大切な者を忘れたことには気づかないのだ」

ロシナンテの推測を肯定し、オモチャの兵隊は続ける。

「さらにはオモチャにされた時点で、皆ドフラミンゴに怒りを覚えていると考える。
 ドフラミンゴは反乱の意思を闇へと葬り去るが、
 裏を返せば国の闇には反乱の意思が蠢いているということだ!」

ロシナンテの脳裏にはパンクハザードでのスモーカーの言葉が浮かんでいた。

『ドレスローザ周辺では妙に”行方不明者”が多い。
 その上、・・・ドレスローザの関係者の書類には存在しない人間の名前が
 羅列されていることも日常茶飯事だ』

「この”悲劇の数”こそが、今回の我々の作戦の、大きな鍵を握っている!!!」

の推測の一つが当たった。
スモーカーが口にしていた『行方不明者』の件も裏が取れた。
フランキーがオモチャの兵隊に問いかける。

「なら、オモチャを元に戻す手段があるんだな?」
「そうとも。・・・作戦の本題に移ろう」

オモチャの兵隊は黒板に『ドレスローザSOP作戦』の張り紙を出した。

「・・・SOPって、なんの略だ?」

「この国には誰も知らない、巨大な地下の世界がある!
 そこには闇取引のための『交易港』、そして謎の『工場』があり、
 トンタッタの仲間たち及び、オモチャにされた者たちが常時労働を強いられている」

「おい、話を聞けよ」

ウソップのツッコミも意に介さず、オモチャの兵隊は言葉を続ける。
 
「我々はそこへ一年かけて掘った「地下通路」を使い侵入し、
 彼ら全員を救い出す! そして設備を破壊し、ドンキホーテファミリーを打ち倒し!
 ドレスローザをリク王の手に還す! これが目的だ!!」

あまりに簡単に言ってくれる、とウソップは眉を上げた。
だが、それは兵隊にとっても百も承知らしい。

「計画はもちろん、”理想”だ。
 我らがやるべき任務はただ一つ。ロシランドの言うように、オモチャを元の姿に戻すこと。
 そのために、ドフラミンゴの部下にして、我々の姿をオモチャに変えた張本人、
 ”ホビホビの実”の能力者の意識を奪うことだ!」

ロビンが口元に手を当てて、考えるそぶりを見せた。

「・・・一斉にオモチャたちが元の姿に戻れば、ドレスローザはパニックになるわね」
「そうだ。誰がどう出るかは正直予測がつかないが、」
「・・・」

ロシナンテは眉を顰める。
もし、ドフラミンゴがオモチャを支配できなくなったとしたら、
おそらく待っているのは”鳥カゴ”だ。

そうなった場合、取れる手段は限られている。

の考える最終手段でも対応は可能だろう。
しかし、それにはいくつか満たさなければならない条件がある。

その条件の一つに、ドフラミンゴの良心に賭けなければいけない場面があるのだ。
ロシナンテは、その条件を満たすことが不可能ではないかと思っている。

 ・・・はおれが引鉄を引けないものだと思っているが。
 が失敗した時は、おれが保険にならなきゃならねェ。

ホルスターにしまった銃身がやけに重く感じた。

思索に耽るロシナンテをよそに、オモチャの兵隊たちの作戦の説明は進む。

「そのホビホビの能力者ってのは今どこに!? 強いのか?!」
「トンタッタの偵察部隊によれば今まさに地下の交易港に居る」

オモチャの兵隊はついに、その能力者の名前を口にした。

「ドンキホーテファミリー、トレーボル軍特別幹部”シュガー”。
 触れた者みなオモチャに変える少女。
 見た目は幼いがこの実の能力者は食べた瞬間から年を取らないそうだ」

「どうやって意識を奪うの?」

ロビンが問いかけると、オモチャの兵隊はぐっと手のひらを握りしめた。

「死ぬほど驚かせ気絶させる。
 作戦名は”シュガーおったまげパニック作戦”!
 つまり、”SOP作戦”だ」
「ネーミングセンスはイマイチだな・・・」

呆れ顔のロシナンテにロビンも頷く。
オモチャの兵隊は心外そうな声を上げる。

「そ、そうか・・・?
 いや、しかし簡単には行くまい。
 シュガーは『最重要人物』につき、常に最高幹部、トレーボルが護衛している」

気を取り直した兵隊の言葉に、ロシナンテは眉を顰めた。
一番の仇の名前を耳にしたからだ。

「トレーボル・・・!」
「知り合いか?」

「ああ・・・おれはそいつに、妹を殺されている!」
「・・・!」

オモチャの兵隊は息を飲む。

が死ななければ、ドレスローザに降り注ぐ悲劇は存在しなかったかもしれない。
ロシナンテはタバコを握り消し、オモチャの兵隊に告げた。

「地下通路に案内してくれるか?
 おれたちも目的は同じ。ドフラミンゴの支配を終わらせることだ」

「そうさ。おれたちが居るからには!」
「負け戦はさせやしねェ!!!」

ウソップとフランキーの声に鼓舞されるように、
小人たちが歓声を上げた。
作戦は、こうして始まった。