”海賊”ドンキホーテ・
「ファルル!!」
「馬ァ!!!」
キャベンディッシュの愛馬、ファルルが倒れる。
愛馬の傷口を押さえ、励ますキャベンディッシュだったが、
人を乗せることは不可能な状態だ。
飛んできたものは砲弾だった。
土埃が晴れた先に現れたのは長髪を逆立てたマスクの男だ。
男は腕を組み、名乗り上げる。
「おれの名はグラディウス!!
まずお前らを片付ける!!」
「グラディウス・・・!」
ロシナンテが苦々しいと言わんばかりに顔を顰める。
グラディウスはかつてのドンキホーテ・ファミリー幹部の中でも、
ドフラミンゴに一際心酔していた男だった。
「あいつはパムパムの実の能力者、破裂人間だ!
触ったモンが爆弾になるっていう厄介な野郎!!!」
ロシナンテの忠告に反応してか、
グラディウスが奥歯を噛み、唸るように言う。
「ロシナンテ・・・! お前は昔から気に入らなかったんだ!
シュガー、すぐに助けてやる!」
「・・・!」
ロシナンテに抱えられているシュガーを見て、
さらに怒りを覚えたのか、
こめかみに青筋を浮かべたグラディウスが右腕を膨らませ、攻撃に移ろうとする。
しかしグラディウスの腕の矛先は、ロシナンテではなく、空中に向けられた。
破裂する弾丸が空中に広がる。
「え・・・?」
「なんだ!? 今アイツ何を撃った!?」
戸惑う一団の中、
ルフィが空を見上げると、影が落ちる。
「上からなんか降ってくる!!!」
グラディウスはもう一度空を攻撃しようとしていたが、
グラディウスの体から生えた”腕”が、それを邪魔した。
「あの腕・・・! まさかロビンなの!?」
が落ちてくる者の正体に気づき声を上げる。
「”ROOM”!」
ローが広げた膜の中に小石を投げる。
ロビンと鼻にピアスを開けた男の位置を入れ替え、
落下の勢いを殺したのだ。
「ぐわァ!? ゆ、油断したべ・・・!!!」
「ありがとう、トラ男くん!」
ローの”ROOM”に戸惑ったのか、結局頭から落ちたのはバルトロメオ、
それとは対照的に軽やかに着地し、微笑むのはロビンだ。
「ロビン!!」
はホッと胸を撫でおろした。
「ルフィ! ! 無事!?」
「ロビン、どうしてここに?」
ロビンは受刑者の一人だ。
身を隠すことができれば、そちらの方が安全だったはず、とが尋ねると
ロビンは困ったように眉を下げた。
「レベッカが”兵隊さん”を探すって言って聞かなくて。
彼女一人では危ないからついてきたのよ」
ロビンの言葉に、キュロスが弾かれたように顔を上げた。
「何だって?! 今、あの子はどこにいる!?」
「恐らくは、ここより一つ上の階よ、追いかけたいのは山々だけれど」
焦るキュロスだが、彼から視線を逸らし、
ロビンは砲撃してきた男に冷ややかな目を向けた。
「・・・今は彼を足止めすることが先決かしら」
グラディウスが自身から生えた腕を破裂させようとするも、
ロビンが能力を解除したことでそれが止まる。
グラディウスはどこか面白がるように眉を上げた。
「レベッカを逃したか、ニコ・ロビン。
・・・フフ、だがそいつはあんまり上手い手じゃなかったな?」
「どういう意味?」
眉を顰めるロビンに、グラディウスは冷たく答える。
「あんな小娘一人、上階に居る最高幹部たちにかかれば
赤子の手をひねるようなものだ」
「!」
キュロスの顔色が変わった。
「だがその前に、まずお前たちからだ!」
攻撃に移ろうと腕を膨らませたグラディウスに、ロビンとバルトロメオが一歩前に出た。
「ここは私とニワトリくんで収めるわ!
他の人たちは先に・・・!」
「いや、僕も残ろう」
剣を構えたのは打倒ドフラミンゴを唱えていたはずのキャベンディッシュだ。
がそれを見て、軽く息を飲む。
「貴公子さん、」
「愛馬の仇を取らなくてはな!」
そうこうしているうちに、グラディウスの腕から破裂玉が飛んでくる。
緊張に身を強張らせただったが、
破裂玉はバルトロメオの広げた透明な壁にぶつかり、爆発する。
「”バーリア”!!!」
バリアは鉄壁。風や破片すら届かず、ルフィ一行は無傷だ。
「うわ!!すげー!!」
ルフィは感嘆の声を上げる。
バルトロメオは鼓舞されるように指を結び、バリアの道を作り上げた。
「”バリアビリティ・スロープ”!!!」
上階につながるその道を見上げ、は息を飲んだ。
「これは、透明な坂道のような・・・!
魔法みたいだわ・・・!」
「使ってけれ!!ルフィ先輩!!!」
バルトロメオは明後日の方向を見つつも、得意げに言った。
それを呆れたように見やるのはキャベンディッシュだ。
「どこ向いて言ってるんだ」
当のルフィは嬉しそうに頷き、笑みを浮かべて見せた。
「こりゃ助かる!!! ありがとうトサカ!!」
バルトロメオはその言葉に感極まったのか、涙を浮かべている。
その様子にいささか戸惑ったようにロシナンテが首をかしげた。
「ええ?! 泣いてる!? ルフィ君なんかしたのか?」
「いや? でも助けてくれんならいい奴だな! ししししっ」
ウーシーに先導させ、後塵をキュロスとルフィらが
グラディウスの攻撃を防ぎ、爆破の勢いを殺しながら前へと進む。
「これで一気に4段目だ! 行くぞみんな!!!」
※
4段目につくと、ウーシーの背に乗った皆の前にはひまわり畑が広がる。
花畑の先、拳銃を構える大柄な男を見てロシナンテが叫ぶ。
「あれは・・・! まずいぞ!ディアマンテが誰かに銃口を!」
「レベッカだ!」
ルフィが焦りに声を荒げる。
その顔色を蒼白にさせるキュロスを見て、が奥歯を噛んだ。
「ロー先生、お願い! 兵隊さんを!」
「ああ!」
ローは”ROOM”を張り、ひまわりの1房とキュロスの位置を交換する。
キュロスはレベッカに銃口を向けていたキュロスの腕を斬り、
銃はディアマンテの腕から転がり落ちた。
「!? ・・・キュロス!!!」
突然の出来事に何が起きたのかわからない、という顔のディアマンテだったが、
ウーシーにまたがるルフィ一行と、レベッカの前に庇うように立つキュロスを見て
全てを察したのか歯噛みする。
「家族を二人も奪われてたまるかァ!!!」
怒りに叫ぶキュロスに、レベッカは声もなく涙をこぼす。
レベッカを尻目に、キュロスは過去を懺悔するように呟いた。
「すまなかったレベッカ。
未来のない”オモチャ”だった私には、戦いを教えることしかできなかった。
母親に似て、心の優しい君なのに・・・!」
レベッカは、キュロスの後悔に首を大きく横に振る。
キュロスはレベッカを励ますように振り返り、優しく言った。
「だがそれも、今日で最後にしよう・・・もう、戦わなくていい」
「・・・うん!!」
頷いたレベッカだったが、気に食わないと眉を顰めたディアマンテが口を挟む。
「そりゃ、どういう意味だ、キュロス」
「お前たちと決着をつけるという意味だ!!!」
キュロスが剣を構える。
「皆・・・、やはり私はこいつで手一杯。
ドフラミンゴは任せていいか!?」
尋ねたキュロスに、とルフィが答える。
「ええ!」
「もちろんだ!」
その声にディアマンテが顔色を変える。
を見て、ディアマンテは忌々しいと言わんばかりに顔を顰めたのだ。
「お前は・・・!!!」
「・・・お久しぶりね、ディアマンテ」
がウーシーの背から、微笑んでいる。
ディアマンテの表情には、どこか焦りと恐怖の色が伺えた。
は軽く眉を上げ、頰に手を這わせた。
「ウフフ、そう青い顔をするものではないわ、ディアマンテ。
まるで”幽霊”を見たときのよう・・・。
私は兄に会いたいだけなのに、何がそんなに恐ろしいのかしら?」
首を傾げて挑発するに、ディアマンテは剣先をに向けた。
「・・・そうはいかねェ、お前だけは最上階に行かせるわけには行かねェのさ、!」
「ウフフフフ! そんなに怯えることはないのに、だって・・・」
は自身の手首を縛る錠を掲げた。
「今の私は幽霊ではない、ただの無力な、”物分かりの悪い小娘”なのにね?」
13年前、確かにディアマンテは、トレーボルと共にを物分かりの悪い小娘と嘲笑った。
はそれを覚えているのだ。
揶揄するような仕草を見せるに、ディアマンテは奥歯を噛む。
「お前・・・!」
笑みを浮かべていたの顔が冷ややかなものに変わる。
ロシナンテがの後ろから銃を構えた。
「残念だけどお前に構っている暇はないの。先を急がせてもらうわ」
「そういうことだ、一発鉛玉くらっとけ!!!」
身構えたディアマンテに、ロシナンテは構えた銃ではなく煙幕を放った。
驚き目を見開いたディアマンテをよそに、ローがウーシーごと能力を発動する。
「”ROOM” ”シャンブルズ”!!」
煙が晴れた時には、ローたちの姿はそこにない。
「・・・! あの、裏切り者どもがァ!!!」
「よそ見をしている暇があるのか!? ディアマンテ!!!」
追いかけようと最上階を睨むディアマンテに、キュロスが声を荒げる。
こうしてディアマンテはキュロスとの戦いに身を投じることになったのだ。
決して最上階に上がるべきではないを逃したことに、確かな焦りを覚えながら。
※
ローの能力でプールの庭まで飛んだルフィ一行だったが、
ウーシーが息を荒げ、座り込んでしまったのをきっかけにその背を降りる。
「さすがに無理をさせ過ぎちまったかな・・・」
「そうね、この人数だもの・・・ありがとう、ウーシー」
ロシナンテが労うようにウーシーの頭を撫でた。
ロシナンテとシュガー、ローとに加えて最後にはルフィまでも乗せて
かなりの距離を走ってくれたのだ。十分に働いてもらった。
「ここから最上階までは遠くはない。・・・歩けるか? 」
「ウフフ、ええ。大丈夫よ。まだ」
ローにが笑顔で頷く。
ローは何か言いたげにを見つめたが、は笑うばかりである。
らは最上階への階段をゆっくりと登り始めた。
ドンキホーテ・ファミリーの構成員の姿は不思議と見えない。
階段を登る間、は様々なことを考えていた。
自身の置かれる立場であるとか、これから取る行動の是非を。
正しいことではないことは十分に承知していた。
だが、は正義を背負う立場ではない。
階段も最後にさしかかろうとした時、はルフィに声をかけた。
「ルフィ」
「なんだ?」
首をかしげたルフィが目にしたのは、
いつかの夜と同じように穏やかに微笑むの顔だった。
「私を海賊にしてくれてありがとう、私の船長さん」
思わず息を飲み、何か言わんとしたルフィだったが、
それよりも先にの爪先は王宮最上階へと踏み込んでいる。
そこにはヴェルゴとトレーボル、モネを従えたドフラミンゴが待ち構えていた。
「シュガー・・・!」
モネはロシナンテに抱えられていたシュガーを見て、妹の無事を知り心なしか安堵した様子だ。
対照的に、トレーボルは苦々しいという表情を隠しもせず、を睨んでいた。
それに対抗するように、ロシナンテがの前に立ち、庇うそぶりを見せる。
だが、は首を横に振った。
が一歩前へ出ると、手首をつなぐ錠が音を立てる。
それを見たドフラミンゴは軽く眉を顰めたが、特に何も言わないでいる。
円卓と椅子が用意されているのを見て、は目を眇めた。
しかし、整えられた舞台には一点だけ異物があった。
ドフラミンゴの足元には、誰かが倒れている。
「遅かったな・・・待ちかねたぜ。
おかげで先にくだらねェ客人を招いちまった」
ルフィは倒れ伏した男の正体に気づき、息を飲んだ。
「ベラミー!」
ドフラミンゴの部下だったはずのベラミーは満身創痍の状態だ。
状況から見て、ドフラミンゴが手を下したのは間違いない。
ドフラミンゴ自身、ルフィの反応を面白がるように、
ベラミーの体を靴先で小突き、笑う。
「フフフッ! お前ら昔”モックタウン”で戦りあったハズだが、いつの間に慣れあったんだ?」
「昔のことはいいんだ! ベラミーを放せ!」
苛立ったようにルフィが言うと、ドフラミンゴは肩を竦めて見せた。
「それはお前の決めることじゃねェ。
こいつはおれに殺されに来たのさ、そういう形でしかケジメってもんがつけられねェ。
勝手におれを慕い、思い通りに事が運ばねェとヤケを起こす・・・」
ドフラミンゴは踏みつけていたベラミーの髪を掴み、顔を上げさせた。
痛めつけられ涙をこぼすベラミーに、ルフィらは顔を顰めている。
「生まれ持った”性”を、人間は変えられない。
こいつはどこまで行こうとチンピラで、敗者だ。フフフフフッ!」
「何言ってんだ! ベラミーは変わった!!」
「・・・! もういい、・・・殺してくれ」
ベラミーの諦観に、頭に血を登らせたルフィが拳を振るうよりも先に、静かな声が響いた。
「その”性”というのは、いつ、身につくのかしら?
自分が何者かであるかは、いつ、決まるのかしら?」
はドフラミンゴをまっすぐに見ていた。
ドフラミンゴの顔から笑みが消える。
「生まれによって性分が決まるなら、どうしてこんなにも異なる道を歩んだのでしょうね、私たち兄妹は」
ドフラミンゴは眉を顰め、確認するようにらへ問いかけた。
「・・・お前たち、ここには何をしに来た?
過去の亡霊の”贖罪"か?
ならばやることは一つだ。おれの側で償い続けろ、」
傲慢な言い草にカチンと来たのか、ルフィが腕をまくり飛び出そうとする。
「あったま来た・・・! お前をぶっとば、もご、」
しかしそれを止めたのは他ならぬだ。
ルフィの口を手で塞いだに、ルフィは戸惑い、怒っている。
「何すんだ!」
「ルフィ、お願い。私に任せて、そういう”約束”でしょう・・・!?」
に囁かれ、何を思い出したのかルフィは拳を収める。
「・・・! ごめん、そうだった!」
そのやりとりに首をひねったドフラミンゴにが答える。
「海賊がやって来て、やることといえば一つでしょう。”略奪”よ」
「ほう? この期に及んで、何を奪う気だ?
お前たちが来たおかげで、ドレスローザはめちゃくちゃだ!」
銃声と悲鳴の響く眼下の街を見ろと言わんばかりに腕を広げるドフラミンゴに、
は恐ろしく冷ややかな眼差しを向けた。
「・・・たかが少人数の海賊が少し引っ掻き回したくらいで、
こんな混乱に陥る危うい統治をしているそちらに問題があるのでは?」
とドフラミンゴの間で見えない火花が散ったように見えた。
恐ろしく張り詰めた緊張感がその場に漂う。
だが、先に視線を緩めたのはの方だった。
目を閉じ、嘆くように息を吐く。
「でも、確かにやりすぎたとは思っているわ。ええ。
だからこそ、私はこうしてここに来た。
私は逃げも隠れもしない。そして、・・・”戦い”もしないわ」
「何ですって・・・?」
怪訝そうに眉を顰めたのはモネだけではなかった。
ドフラミンゴ、ヴェルゴ、トレーボル、シュガーもの意図がわからず、戸惑った様子だ。
「一度は交渉の席から外れたあなたに、再びその機会を設けると言っているのよ。
・・・ルフィ、」
「おう」
が声をかけると、
ルフィは自身のトレードマークの麦わら帽子をに乱暴に被せた。
「負けんなよ」
その激励に、は帽子の下で笑みを浮かべた。
「ありがとう、信じて、私の船長さん」
それからまっすぐに、ドフラミンゴに向き直る。
ドフラミンゴは出方を伺うように、笑みのない眼差しをに向ける。
「私は”麦わらの一味”。”海賊”ドンキホーテ・」
今の自分が何者であるのかを、は誰よりも知っていた。
はかつてのように記憶を失っておらず、
またかつてのように、病弱で無力な小娘ではない。
”ドンキホーテ・ファミリー”の一員でもない。
故に、は”海賊”の流儀と作法を持って、ドフラミンゴに挑むのだ。
「麦わらの一味船長、”麦わらのルフィ”から船長権限を一時的に譲り受け、
”ドンキホーテ海賊団船長”ドンキホーテ・ドフラミンゴに、
デービー・バックファイトを申し込むわ」