家族になれなかった女


2年というのは長かったような、短かったような感じがするわ。
明日、ようやくシャボンディ諸島へと到着するの。
クライガナ島に飛ばされたのがまるで昨日のことのようなのに。

ペローナちゃんとミホークは元気にしているかしら。

”2年間の思い出”

2年前、くまに最初に飛ばされたのがクライガナ島。シッケアール王国跡地。
随分前に滅びた王国ゆかりの古城には鷹の目のミホークが住んでいた。

バーソロミュー・くまの攻撃を受けたモリアの部下、ペローナちゃんもここに飛ばされてきていて、
ペローナちゃんはミホークの留守をいいことに勝手気儘に城で過ごしていたようだわ。
雰囲気が少しスリラーバークに似ていたから、過ごしやすかったのではないかしら。

私の他にゾロもクライガナ島に飛ばされてきていたの。
もしかして、くまは一味の性質を考え、修行させるのに適した島を選んで
能力を使ったのではないかとも思う。

ゾロは剣士だから、世界一の剣豪と名高いミホークから教えを乞うことができたし、
私は同じ”幽霊”の能力者、ペローナちゃんからヒントを得ることができた。
そして何より、ミホークは私が悪魔の実の能力者であることを看破し、
その上口にした実の名前さえ知っていたわ。偶然にしては、出来すぎているわよね?

私はこの島で覇気の存在を知り、それを使いこなせるように修行しながら、
幽霊についてを勉強したの。私の可能性を広げるためにね。

実のところ、そんなに苦ではなかったわ。
昨日できなかったことが今日はできるようになる。
成長は目に見えずとも実感ができる。私はそれが楽しくて仕方ない。

少しずつ物に触れることができるようになった。
本のページを捲れるようになった時、鍵盤を押せた時はとっても嬉しくて!
ペローナちゃんやミホーク、ゾロをよく修行に付き合わせたわ。
特にペローナちゃんとミホークにはとってもお世話になったから、
いつかお礼をしなくてはいけないと思っているの。

ペローナちゃんは私に色々と世話を焼いてくれたわ。
幽霊についてのお勉強にも付き合ってくれたし、
おしゃれやお化粧のことをアドバイスしてくれたりして、・・・お友達ってあんな感じかしらね。

教えてくれた極めて実践的な護身術もとても役に立っているの。
ペローナちゃんのくれた重たいトランクの角で、頭か脛を狙うと、大体の相手は倒せるわ!
剣を使うよりは平和的な解決法だと思うのだけど、そうでもないかしら?

ミホークからも旅立ちの餞別に剣を貰ったわ。名前は”ティソーナ”
昔の言葉で”炎の剣”を意味するけれど、名刀でもなければ妖刀でもない、普通の剣。
この剣は私の前のモデル・ゴーストの実の能力者が使っていたそうよ。
かつては一目を置く剣士だった彼が幽霊になって万全な力を発揮することなく、
ミホークに敗れたことを、ミホークは残念に思っていたみたい。

私は真剣を扱ったことはないので、この剣を使いこなせるかは正直自信がないけれど、
ミホークはこれを小道具にでもしろと言ったわ。私なら然るべきに使いこなすことができるはずだからと。
随分と私を評価してくれたみたいで、少し恐縮するのだけれど。
世界一の剣豪に武運を祈っていただけたことは、私の確かな自慢で、自信になりました。

またお会いできる時には剣舞でも披露できればいいのだけれど、
生半可なものは見せられないから、頑張らなくてはね!
実はミホークとゾロの立ち居振る舞いはちょっと参考にしているのよ、内緒だけど。

それにしても、晩酌のたびに物騒な演目を歌うように言われたのは
今思い返してもちょっと悪趣味だったと思うわ。

ブルックとワールドツアーに合流してからも修行は続いている。
前よりもずっと長く歌えるようになったの。コンサートも開けそうなくらいよ。

ツアーの最中で特に印象的だった人たちは、ピオニアで会ったクザンという旅の人と、
フォクシー海賊団の面々。
特にフォクシー海賊団は、ブルックと私が加入する前の麦わらの一味と
デービーバックファイトをしていたと聞いて驚いたわ。
ルフィに海賊旗を奪われて、子供の落書きのような帆と旗を掲げなくてはいけなくなっていて、
とても気の毒だった。

クザンさんはとても気さくなお兄さんだったわ。
また会った時にはお茶をご一緒する約束をしたの、再会できるといいな。
氷のバラのお礼をしなくてはいけないものね。

ワールドツアー・ファイナル前夜、船上にて 




やっぱり麦わらの一味は冒険に愛されているのだわ!
2年後に集まってから一つ目の島の航海を終えて実感しました。

”魚人島の冒険”

シャボンディ諸島ではみんなと無事に合流することができたの。
私も最後に一度だけ、ブルックと同じステージに立つことができたわ。
観客のみんなに惜しまれながらブルックはマイクを置いて、サニー号の甲板へと戻ったの。
スポットライトの光は眩しくて刺激的だったけど、世界を股にかける冒険の魅力には抗えないわ。

魚人島への航海はとても楽しかった。
目の前に広がったシャボン越しに見る魚たちが悠々と泳ぐ光景、クラゲが深海を電飾のように彩る様、
そして物語に出てくる伝承そのもののクラーケン!

驚くべきことに、ルフィはクラーケンを手懐けてサニー号を引かせ航行したのよ!
大渦をも巻き起こす触腕がサニー号を抱えながら、今にも噴火しそうな海底火山から逃げ出した時は
手に汗を握ったものだわ。

そして私は、魚人島で一人の伝説と出会った。
”さまよえる幽霊船”の、バンダー・デッケンとフライングダッチマン!
あのオペラにも歌われる伝説の海賊・・・の子孫に出会うことができた。
彼の名はバンダー・デッケン9世。
自分の野望のために幼い人魚姫に強引に婚約を迫った海賊。

その話を聞いて、私は正直がっかりしたわ。
6歳の女の子に結婚してくれと無理やり迫った挙げ句の果てに、
言うことを聞かないなら殺すだなんて脅したと言うのよ。
そのせいで人魚姫しらほしはずっと硬殻塔と呼ばれる要塞のような城の一角から出られないでいた。
あんまりだと思った。

私は『さまよえる幽霊船』のお話が大好きよ。

海賊の船長と、美しい少女の恋物語。

ある大嵐の日、突然錯乱した海賊船の船長が部下を次々に嵐の海へと投げ込んで、
皆殺しにして、神にさえ唾を吐いた。当然、怒った神は、彼を呪う。
永遠の拷問を受けながら、自ら殺した仲間達と共に果てしない時間、深海を彷徨うように。

その呪いは真実の愛によって解くことができる。

海賊船の船長が美しい少女に愛を注ぐきっかけは
呪いを解くための条件に少女が当てはまっていたから。
その恋は打算から始まった。

だけど船長は少女にそんな風には思わせなかった。
気を配り、言葉を尽くし、少女を対等な一個の人格として認めてみせる。
内心はわからない。けれど、確かに船長は少女を”騙し通した”。

これが純粋な愛や美しい愛に劣ると誰が決めつけられるかしら。
これこそが真実の愛に勝る”本物”だと、私は思ったのよ。

それなのに”本物”の子孫ときたら、自分勝手なストーカーなんですもの。本当にがっかりだった。
だから偶然9世さんにお目にかかった時、ここぞとばかりに説得したわ!
・・・そうしたら、どうやら9世さんがしらほし姫のことを好きだったのは本当らしく、
随分と影響されてくれたの。
私はちょっと諭したり脅したり騙したり、ちょっと優しくしてみたりしただけなんだけど・・・。

だから魚人島で人間を嫌い、魚人島を侵略しようと企んでいた新魚人海賊団と一味が敵対したときも、
9世さんに戦ってもらったの。
9世さんとフライング海賊団の人たちには、なぜか”師匠”とか呼ばれるようになってしまって、
違和感を禁じ得なかったのだけれど、最終的には新魚人海賊団の幹部たちを捕まえることもできて、
ジンベエさんと挨拶できたり、竜宮城でも宴会に招待されたりと大団円でまとまったから、よしとするわ!

でも、竜宮城ではマーメイドカフェのオーナー、マダム・シャーリーに予言されたの。
私はミホークから贈られた剣”ティソーナ”で、愛する人間をこの手で殺すことになると。

マダムはおそらく、先天的な覇気の使い手なのではと思う。
未来予知の力を持っているの。ケイミーちゃんがとてもよく当たるのだと言っていたわ。

その、愛する人間というのが誰のことかはわからないのだけれど、
私が予言の通りに動かなくてはいけないなんてことないでしょう?
できる限り、予言が外れるように行動してみるつもりです。

魚人島から出発してすぐ。サンジのデザートを待つ間に。 




自分の気持ちを整理するために、今私は筆をとっています。
今日はあまりにも色々なことが起きたので、少し混乱してもいるわ。

”失われた記憶と、私の夢”

一味はホワイト・ストロームに巻き込まれてしまい、魚人島からの通常の航海ルートからは外れてしまったの。
深海からアイランドクジラたちとともに浮かび、逆巻く火の海に出た私たちの目の前にあった島、
それがパンクハザードだった。

パンクハザードで一味は、この島を牛耳っていたシーザー・クラウン、その助手モネと敵対したの。
彼らは子供を人体実験に使ったり、慕う海賊たちを騙して利用していた。
子供達に助けを求められた私たちは、彼らを家に戻すために動こうと決めたのよ。

そしてこの島で、私はトラファルガー・ローと再会した。

ローはやはり、私を治療してくれた少年だった。
だから、私は11年、あの霧の海を彷徨ったのだと気づいたの。
随分と長い間歩き続けていたと思っていたけど、まさかそんな時間が経っていただなんて。

ローは私と一味をパンクハザードから遠ざけようとした。
この島でやるべきことがあり、それに私たちは邪魔になるからと。
それが何だったのか、最初は教えてくれなかったけれど、
シーザーとモネを下したローと私の前にヴェルゴが現れて、状況は変わったわ。

私が最初に思い出した、私を殺した男の一人。それがヴェルゴだった。

ヴェルゴは私を見て、驚いていた。
当然よね。殺した女がそこにいるのだから。

ローは自分の命と引き換えに私をヴェルゴから庇おうとしてくれたわ。
私は止めようとしたけれど、ヴェルゴには敵わなくて。
ローの心臓も掌握されていて、ルフィも助太刀に入ることすら難しく、
もう絶体絶命だと思ったその時、ロシナンテが現れたの。

ロシー兄さん。私の兄。彼を見て、私は記憶をほとんど取り戻すことができた。
もう一人の兄のことも。

ドンキホーテ・ドフラミンゴ。

王下七武海の一人で、ドレスローザの国王。悪のカリスマ、天夜叉、
知らぬ間に色々と肩書きが増えたと聞いたわ。だいたい悪名なのが、少し悲しい。

パンクハザードもドフィ兄さんの持ち物だった。
この島で四皇カイドウと取引する人造悪魔の実の原料、SADという薬品を作っていたみたい。
そのためにシーザーを雇い入れ、彼の実験を支援していたのだと。

ローも、ロシー兄さんも、それを止めようと動いていたのね。
ローはそれに加えて、私が遺書に残した言葉をドフィ兄さんに伝えるために、
新世界を越えたのだと言っていた。
病を克服したのなら自由に生きることだってできたというのに。

私が記憶を取り戻したことを、ローは手放しでは喜べないようだった。
私の幸せを思えば、記憶を失ったままの方が良いと思ったのだそうよ。

確かに、改めて突きつけられた現実や取り戻した記憶は良いことばかりではなかったわ。

ずっと部屋に閉じ込められたまま、本や芸術品ばかりを慰めに日々を過ごしていたこと。
病に苦しみ喘いでいたこと。
私の忌まわしいルーツ。迫害の日々。
私が卑怯だったせいで、兄に全てを押し付け、引き金を引かせたこと。
トレーボルに私がドフラミンゴの家族ではないと、自分たちこそが家族なのだと言われ、
私はそれに納得し、自ら死を選んだこと。

それでも私、不幸なだけの人生じゃなかったわ。
ロー先生と出会えた。ドフィ兄さんともロシー兄さんとも笑い合えた記憶が確かにあって、
あの小さな美術館のような部屋で過ごした日々を忘れてしまっては、
私はドンキホーテ・ではなかったの。だから、やっぱり記憶を取り戻すべきだった。
後悔なんかしてないわ、この身に降りかかった幸福も不幸も、なかったことにしたくないから。

私は、ドフィ兄さんから見れば、裏切り者なのでしょうね。
昔ヴェルゴにもそう罵られたわ。それを私は否定できない。今でも。

私は家族として、ドフィ兄さんに何もできなかった。
私はトレーボルたちに胸を張って、ドフィの家族なんだって、言えなかった。

だって、家族から立場を奪ったのは私なのよ。
父さんも母さんも、私のことだけが原因じゃなかったって言ったけれど、
それでも私が天竜人に目をつけられなければ、こんなことにはならなかったとも思う。

母をきちんと弔うことさえできなかった。
父を憎ませてしまった。父を殺させた。
私が発端だったなら、本当にどうにもならないのなら、私が引き金を引くべきだった。
父の死をきっかけにロシー兄さんと、決裂させてしまった。

それでもドフィ兄さんは私を心から大事に思ってくれてた。
たとえ本心からの言葉を、交わすことができなかったとしても、
私に嘘を吐いていたのだとしても、それは私を思っていたからこそだと、分かっていたから。

だから言えなかった。ドフィ兄さんに嫌われるのが、私のせいだと責められるのが、ずっと怖かった。
本当は打ち明けるべきだったのよ。わかっているの。

本当に苦しい時にドフィ兄さんを支えたのはトレーボルたち。
私が死ぬか、私と彼らが死ぬかの二者択一を迫られた時、私が自分で死んでしまえば、
ドフィ兄さんは”家族”を手にかけなくて済むと思ったの。
多分、それはトレーボルの思惑通りだったけれど。

トレーボルたちの言う通り、彼らも確かに、ドフィ兄さんの家族だったから。
ドフィ兄さんに、また家族を殺させるなんて、できるわけがなかった。
あんなのは、もう沢山だった。

だけど、ロシー兄さんから、ドフィ兄さんがドレスローザの国王になった経緯を聞いて、
やっぱり私が止めるべきなんだと思った。他の誰でもない、私がやらなきゃダメなのよ。
私が卑怯だったことがきっかけで、ドフィ兄さんが世界を憎み続けているのなら、
人々を踏みにじり続けているのなら、私はそれを止めたい。
何かを憎み続けることは、辛くて苦しいことだから。

それにしてもなんで私たち、確かに血が繋がっているはずなのに、
ちゃんと家族でいることもできなくて、傷つけ合わなくちゃいけないのかしらね。

多分、やり方はともかく、ドフィ兄さんがドレスローザを手に入れるまでにはとても苦労したのだろうけど、
私は築き上げたものを全て壊すつもりでいるの。
それなのに私を妹と呼んでくれだなんて、虫が良すぎるでしょう?

でも、私にも夢があったの。ずっと昔から諦めていた、我儘のような願い事。
記憶を取り戻して、ルフィに発破をかけられて、一味のみんなから後押しされて、
ローとロシー兄さんに協力してもらって、ようやく、私はその夢に向き合うことができた。

私は、やっぱり、



ベビー5はいつしか両目から涙が溢れていくのに気がついた。
最後の言葉を反芻し、ベビー5は涙で汚さないように日記を閉じる。

日記の最後にはの望みが綴られている。
それは単純で、我儘な願いだった。

「若様・・・!」

ベビー5は日記を抱きしめ、ドフラミンゴを思う。

この日記は、ドフラミンゴが読むべきものだった。
の本心を、ドフラミンゴだけは知っておくべきだ。
その結果がどんな結末でも良い、ただ、これを知らずにを殺めてほしくない。

だからベビー5は、ドフラミンゴに日記を押し付けたのだ。
ドフラミンゴはきっと読んでくれるだろう。不思議とそう確信していた。

ドフラミンゴと別れたベビー5はファミリーを集めるべくでんでん虫をかけ始める。

最高幹部の面々や、ヴェルゴを呼び寄せる時は、ドフラミンゴに日記を渡してしまった手前、
少しの罪悪感のようなものを覚えたが、それだけだ。
その処分はドフラミンゴが決めるべきもので、ベビー5が口を挟むことではない。

ベビー5の関心は別のことに移っている。

「それにしてもローの奴、案外やるじゃないの・・・次会ったらからかってやろ!」
「・・・おいベビー5。お前なにをニヤニヤしてるだすやん?」

幹部の面々が揃ってもスートの間に来ないベビー5を呼んでくるように言われたバッファローが
でんでん虫の部屋の前から顔を覗かせている。

ベビー5はバッファローに気づくと慌てて駆け寄った。

「あ、今行くわ、私が必要なのよね!?」
「・・・なんだすやんそのテンションの高さは・・・おれたち結構ヤバい状況なのが分かってるか?」
「分かってるわよ!」

ベビー5はバッファローの後をついて行った。

どんな結末になるかを決めるのは、読者になったベビー5ではない。
と、ドフラミンゴが決めるのだ。