”謎が三つ 死は一つ”


「”デービー・バックファイト”?」

怪訝そうに眉を顰めるドフラミンゴに、は頷く。

「そう。”海賊のゲーム”よ。
 賭けるものは”仲間”と”誇り”・・・あるいは、
 今回の場合”ドレスローザ王国”と言い換えても成立するかもね?」

皮肉めいた言い回しだ。
ドフラミンゴは癇に障ったのか、声色を低いものに変える。

「ふざけるな、おれがその賭けに乗るメリットがどこにある?」
「・・・せっかちですこと。話は最後まで聞くべきだわ」

は軽く眉を上げたかと思うと、
3本指を立てて見せた。
手首をつなぐ手錠がじゃら、と鈍い音を立てる。

「通常は船員を奪い合うこのゲーム。少々変則的に行いましょう。
 ”麦わらの一味”が賭けるのは3種類の景品。
 『モネ、ヴェルゴ、シーザーの心臓3つ』
 『シーザーとシュガーの身柄2つ』」

心臓、身柄、と指折り数えて見せたは最後に自身の胸に両手を当てた。

「それから、『ドンキホーテ・の命1つ』」

「!」

ドフラミンゴを始め、モネ、ヴェルゴ、トレーボル、シュガーといった、
ドンキホーテ海賊団の面々はの”賭けたもの”の意味を測りかねていた。

これが通常のデービー・バックファイトならば、
ドフラミンゴの妹であるがドンキホーテ海賊団に与するということになるのだろう。
ドフラミンゴの望みとも合致した提案だ。

しかし、今回の場合。にはある付加価値がついてくる。

はドンキホーテ・ファミリーの浮かべる驚愕を肯定するように、
ルフィから預かった麦わら帽子を指差した。

「私は今、”麦わらの一味”の船長代理。
 代理とはいえ、”船長”としての責任は預からせてもらってるから、
 ”私”を手に入れた時点で麦わらの一味はドンキホーテ海賊団の傘下扱い、ということになるのかしらね?
 殺そうが、部下として使おうが、好きにすればいい」

『麦わらの一味がドンキホーテ海賊団の傘下に入る可能性がある。』

はそう言っているのだ。

「ありえないわ、そんなこと・・・、」

モネは思わず呟いていた。

そもそも一船員のわがままで通るようなことではない。
麦わらの一味はの勝手を知った上で許しているのか、と本来の船長ルフィを見つめるものの、
ルフィはの提案に驚いている様子もなく、ただ腕を組んでそこに立っていた。

モネの脳裏にはえも言われぬ不安が過ぎる。
胸騒ぎがしていた。

おそらく、ヴェルゴや、トレーボル、シュガーも同じ不安を抱いていただろう。
その証拠にドフラミンゴ以外のドンキホーテ・ファミリーの顔つきは険しい。

には麦わらの一味を失うつもりなどない。
それだけの勝算を持って、このゲームに臨むつもりなのだ。
しかし、しばらく何か考えていた様子のドフラミンゴは、やがて愉快そうに笑い出した。

「フッフッフッフッ!!! そっちの船員には我の強そうなのが居たと思うが?
 全員納得ずくのことなのか?」

はドフラミンゴに首を傾げてみせる。
心外だ、と言わんばかりの所作だった。

「私はどこかの誰かと違って自分で提示した条件は遵守するわ。必ずよ。
 ね? ルフィ?」

話を振られたルフィはあっけらかんと頷いて見せた。

「ああ! 要は負けなきゃいいんだろ?」
「ほら、こう言ってるし」

事態の重要性を理解しているのかいないのか。
ルフィにあまりにもあっさりと肯定され、絶句するドンキホーテ・ファミリーの面々を見かねたらしい。
ローが口を開いた。

「・・・他の”麦わら”の面子は了承済みだ。
 おれとコラさんはが一味にデービーバックファイトを”提案”するのを聞いている」

ロシナンテも腕を組み、ため息交じりにこぼす。

「・・・おれは止めたんだぞ。のやつ聞かなかったけど」

ドフラミンゴはそれを聞き、思案する様子を見せたが、
は一度咳払いをしてゲームの景品についての説明を続けた。

「”私”を手にいれるメリットについてはお話しした通り。
 このゲームを攻略し、3つの心臓が戻れば、あなたのファミリーの重鎮を無傷で取り戻すことができる。
 2つの身柄が戻ればカイドウとの衝突を避けられる上に、”新しく王国を作るのが数段楽になる”」

ドフラミンゴは小さく首を傾げた。
の言い草では、まるでドフラミンゴがドレスローザを捨てることをわかっているかのようだ。

は目を眇め、悲鳴と銃声の響く城下を一瞥した後、吐き捨てるように言った。

「・・・壊れたおもちゃで遊ぶつもりはないのでしょう?」

ドフラミンゴは一度表情を失った。
しかし、その口角はやがて弧を描き、残忍な笑みへと変わる。

「フフッ、フフフフフフッ!!!」

は理解していた。
ドフラミンゴにとって”国”というものは、
子供がいつだって気まぐれに崩せる積み木の城と、さして変わりがなかったのだと。
あるいは、ドフラミンゴと”天竜人”を言い換えても通じるのかもしれない。

だが、その発想は同じく人間を”おもちゃ”として見ることができなければ、生まれないものだ。
ドフラミンゴにはそれが心底愉快に思えた。

さらに言うのなら麦わらの一味を”駒”に、ドフラミンゴに”ゲーム”を挑むのも、
十分に世界貴族としての素養を感じさせる振る舞いである。

ドフラミンゴは嗤う。
そして確かに、は自身の妹なのだと実感していた。
母と瓜二つの眼差しの中に、ドフラミンゴと似通った残忍さを見つけて面白がっている。

「なるほど、確かに景品は悪くねェ。・・・だが、お前が勝った時は何を奪うつもりだ?」

「・・・こちらの提示する条件を飲んでもらえるのなら、
 景品を差し引いても、少しこちらに部がありすぎるのよね。
 だから私の望みは一つでいいわ」

はロシナンテを振り返る。

「ロシー兄さん」
「・・・おう」

ロシナンテは持っていた荷物から一つ、ある物を取り出した。
はそれを受け取ると、両手で掲げる。

「あなたに、これを口にしていただきましょう」

真っ赤な表皮の丸い果実だ。

「リンゴ?」

なんの変哲も無い、リンゴである。

「そう、リンゴよ。混乱の起きる前のドレスローザで、ロシー兄さんに買ってもらったの」

リンゴを訝しむように睨むドフラミンゴに、
は小さく肩を震わせる。

「別に食べても死にはしないわ。白雪姫じゃあるまいし。ウフフフフッ!」

面白いジョークを聞いた時のように笑うだが、
その場の誰も笑ってはいない。
ロシナンテとローは何を想像したのか微妙な表情を浮かべていたし、
ルフィは不思議そうに首を傾げている。

当然、要求の意図を飲み込めないでいるドフラミンゴらも無言のままだ。

「・・・信用できないという顔ね、では私が口にしましょう」

は仕方ないと、リンゴを齧ってみせる。
確かに、毒を仕込んでいるわけでも無いらしい。
は肩を竦めて見せた。

「ね? なんともないでしょう?」

ドフラミンゴはこれ以上不可解な要求の意図を探るのは時間の無駄だと悟ったらしい。
に先を促した。

「・・・ゲームの内容は?」
「景品をかけた謎かけを3問出すわ。
 正解できたならドフラミンゴ、あなたの勝ち。間違ったならあなたの負け」

変則的なデービー・バックファイトとはいえ。
スリーコインゲームを少しは踏襲しているらしい。
3本勝負なのは変わらないようだ。

ドフラミンゴは顎を撫でた。

「あくまで暴力には頼らないか。海賊にしちゃあ、随分と上品なやり口だな?」

「このゲームを受け入れなくても、別に私は構わないのよ。
 人質を全員殺してお終いにすればいい。
 そのあとは残った人間で、コロシアムさながらに殺し合い。
 ・・・でんでん虫で中継しましょうか? 盛り上がるのではないかしら」

はドフラミンゴがデービー・バックファイトを受けなければ、
血なまぐさい手段も辞さないと言う。

その上、そのやりとりを見世物にして構わないとすら言い切ったに、
ドフラミンゴは喉を震わせるように低く笑った。

「フッフッフッ! ”娯楽”にするのか、国の滅亡を!」

は答えず、沈黙を返した。

ドフラミンゴはひとしきり笑っていたかと思うと
テーブルを挟んだ椅子に手のひらを向け、に着席を促した。

は一拍の間を置いた後、ゆっくりとドフラミンゴの向かいの席へと座る。

文字通り交渉の席に着いたに、ドフラミンゴは次々に疑問を投げかける。

「・・・幾つか確認させてもらおう。
 お前の出す”謎かけ”とやらに、正解はあるのか?」

「もちろん」

「答えるまでの制限時間は?」

最初の質問には即答しただが、次の質問には少々考えるそぶりを見せた。

「そうね・・・何時まででも、と言いたいところだけれど、
 一問につき30分とさせてもらおうかしら。そう悠長にしている暇はないわよ。
 2問正解して、すぐにシーザーの進路を追うのならね。でんでん虫が通じる距離は限られているから、
 ドレスローザに戻ってくるのには時間がかかるわ」

「いいだろう、まァ、それについてはさほど急ぐ必要もなさそうだがな」

ドフラミンゴは腕を組み、を眺める。
はいたって冷静に見えた。気負いもなければ、緊張もしていない。

「・・・リンゴには何の意味がある?」
「・・・私はフェアな条件を出してるつもり。それだけは教えておくわ」

は肝心な質問には答える気が無いらしい。
だが、人質や麦わらの一味の全てを賭けることと、ドフラミンゴにリンゴを食べさせることが等価であると、
どうやらは本気でそう考えている。

ドフラミンゴがサングラスの下、眉を顰めるとはゲームのルールを補足するように告げた。

「問題に関するヒントは、一問につき3つまでお答えしましょう。
 答えを出すのに、相談しても構わないわ」

ドフラミンゴの背後に侍るドンキホーテ・ファミリーをは一瞥する。

の説明はリンゴについて以外は概ね親切と言って良いものだった。
しかし。

「フフフッ・・・なるほどな。
 だがこのゲーム。受けるのに一つ条件がある」

「何かしら?」

「そっちの提示する条件を鵜呑みにするわけには行かねェなァ?
 リンゴについても、納得したわけじゃねェ・・・お前のことだ。何か裏があるんだろう」

ドフラミンゴはグラスに入った水をに向け、差し出した。

「ここに塩水がある。2問正解した段階でこちらが指名した人間に被ってもらおう。
 それから、海楼石の錠を嵌めてもらおうか。どうせロシナンテあたりに持たせてるんだろ?」

「う・・・」
「ロシー兄さん、構わないわ。お願いしてもいいかしら」

はドフラミンゴの要求に片眉を上げ、言葉に詰まったロシナンテに錠を出すように促した。
ロシナンテは仕方なく、テーブルの横に海楼石の錠を鍵とともに置いてみせた。

は目を眇め、ドフラミンゴに言い捨てる。

「元々は塩水を私に被せるつもりだったのかしら?
 ・・・なら、手間が省けて良かったわね」

テーブルの上で拳を握ると手錠が小さく音を立てた。
ドフラミンゴは肩を竦めてみせる。

「さァな。さて、どうする?」

は顎に手を当てた後、背後にいるロー、ロシナンテ、シュガー、ルフィを振り返る。

おそらく、ドフラミンゴが能力を無効としたい相手はローだ。
オペオペの能力は敵にとっては恐ろしく都合が悪い。

ローに目を合わせたへ、ローは小さくうなずいて見せた。
は気取られぬ程度のため息を零し、再びドフラミンゴへと目を向ける。

「・・・仕方ないわ。了承します」

「フッフッフッ! 準備は整ったらしいな。
 さあ、銃を持て。お前の提案に乗ってやろう」

ドフラミンゴはテーブルの上に自身の持っていた拳銃を取り出した。

「!」

ドンキホーテ・ファミリーの面々はドフラミンゴへと視線を注ぐ。
の思惑に乗ってしまって構わないのか、と各々疑問はあったが、
面と向かってドフラミンゴを咎めるような声を上げることはない。

しかし、ドンキホーテ・ファミリーの中でも、一際トレーボルの顔色は悪い。
唇を噛みを睨んでいるが、はそれを気に留めるそぶりもなく、
ただドフラミンゴに相対していた。

ロシナンテがの前に拳銃を置く。
ドフラミンゴの拳銃と色の異なる、銀で装飾されたピストルだ。
ロシナンテは何か言おうとして、それでも言葉にならず、結局の名前を呼んだ。

「・・・
「大丈夫。大丈夫よ、ロシー兄さん」

の表情はロシナンテの位置からは麦わら帽子に遮られ見えないが、
その声色は落ち着いている。

とドフラミンゴは各々拳銃をとり、
ほぼ同時に鳥カゴの遮る鉛色の空を撃った。

2発の銃弾は誰の命も奪わずに、銃声だけが王宮最上階に響く。

煙の出る銃身はテーブルに置かれ、海賊のゲームが始まった。
口火を切ったのはだ。

「――古今東西、3つの謎掛けの話は数多くあれど、
 私は”トゥーランドット”。氷の姫君に倣いましょう」

は静かに告げる。

「”謎が三つ 死は一つ”」

ドフラミンゴはの言葉に口角を上げる。

「”謎が三つ、命は一つ”」

トゥーランドットのセリフをなぞって見せたドフラミンゴは、皮肉めいた声色でを笑う。

「フッフッフッ! そう、返せばいいか?」
「・・・ウフフ。残念だけど、このゲームが夜明けまで続くことはないわ」

は目を伏せると、一つ目の問題を口にした。

「”第1問” ドンキホーテ・ロシナンテが、ドンキホーテ海賊団の潜入捜査に臨んだ目的は何?」