三つ巴の戦い 開演
剣を構えたを見て、ドフラミンゴが短く舌打ちする。
なし崩しに戦闘にもつれ込もうかというとき、
グリーンビットのビーチに海軍の一団が割り込んできた。
「こりゃあ・・・どういう状況ですかね?」
一団を率いるのはアカシアの酒場で騒ぎを起こした盲目の男だ。
男は訝しむように顎を撫でていた。
「あの人、」
見た覚えのある男の登場にが眉を上げた。
ルフィに正体を問われ、言葉を濁していたので訳ありの人物かもとは思っていたが、
どうやら海軍を率いる立場にあったらしい。
「・・・! 海軍大将、藤虎!」
「”大将”・・・最高戦力の一人ということ?」
ローが男の正体に気づき、奥歯を噛んだ。
成り行きを見守っていたヴェルゴもこれには驚きを隠せない様子で、眉を顰めている。
「スモーカーの奴め、大物を引っぱってきたようだな」
「・・・フッフッフッフ、どう言う手を使ったかは知らねェが、
海軍大将がお出ましとは・・・」
海軍の登場にドフラミンゴはこめかみに青筋を立てていた。
ドフラミンゴにとっては想定外の事態である。
かつてロシナンテの望んだ結末がこれだった。
ドフラミンゴが海軍に拿捕され、逮捕されることによって、暴走が止まること。
しかし。
「スモーカー中将・・・今はその優秀さが恨めしいわ。
悪くはないけど、良くもないわよ、この状況・・・!」
海軍大将藤虎は、今となってはらの敵になりうる存在である。
かといって、藤虎はドフラミンゴの味方にもなり得ない。
ローがを庇うように前に立つ。
「・・・どう言うトリックを使ったかは知らねェが、
ドフラミンゴ、この取引は白紙に戻させて貰うぞ・・・!
何も約束は守られちゃいなかったんだからな!!!」
ドフラミンゴはローを見下ろした。
唇には嘲るような色が見える。
「フッフッフッフ!!!
このおれに散々上納金を納めてきたと思えば、
そんなことを言いにドレスローザまで来たのか?
人質とを置いていけ、ロー!
そいつらに手を出したら、タダじゃおかねェぞ・・・!」
「ジョーカー・・・!」
ドフラミンゴに心酔した様子を見せ、ジョーカーの名前を出したシーザーに、
余計なことを、とモネとヴェルゴは苦虫を噛み潰したような顔をする。
その様子を見て、はローに向き直った。
「・・・ロー先生、心臓をこちらへ」
「・・・了解」
渋々投げ渡された心臓に、が力を込める。
「あでででで!!!」
「シーザー!?・・・お前、何の真似だ!?」
苦しみ始めたシーザーを見て、ドフラミンゴが声を荒げた。
気が済んだのか心臓をローに返したは、
ドフラミンゴに首を傾げて見せる。
「タダじゃおかない? 何言ってるの?
交渉が成立していない以上、人質をどう扱うかはこちらの自由でしょう。
・・・それにしても、いやね、心臓ってブニブニしてるし、
動いているし、生ぬるいし、意外とかさ張るし・・・何より気持ちが悪いわ。
やっぱり切って捨てた方が楽かしら」
淡々と述べるに、シーザーは恐怖のあまり泣き叫んでいた。
「ジョーーーカァーーーー!!!
助けてくれーーーー!!! あんたの妹怖すぎるーーーー!!!」
「ジョーカー・・・、妹・・・?」
様子を見ていたらしい藤虎がシーザーの言葉に眉を上げた。
はそちらに目を向けて静かに呟く。
「大将さん。私が人質にとっている、”全員”がドフラミンゴの部下なのよ」
「!?」
ドフラミンゴと海兵たちが息を飲んだ。
「・・・その意味が、お分かりでしょうね?」
「イッショウさん・・・! ローと幽霊の女が拘束している人質の中に
ヴェルゴ”中将”、G-5の基地長が居ます・・・!」
後方にいた海兵たちが騒然となった。
ヴェルゴとモネはこれが狙いだったか、とを睨め付ける。
はそれを無表情のまま一瞥した。
「・・・言ったでしょう、私はお人好しじゃないって。
人質である間は、せいぜいドフラミンゴの足を引っ張ってもらうわ」
藤虎は納得したように頷いた。
「なるほど、ヴェルゴ”中将”もドフラミンゴの部下。
・・・はて、まだ軍の新参者のあたくしですが、それにしてもわかりますよ、天夜叉の。
海軍に潜入捜査員、”スパイ”を紛れ込ませて居たってのは、
こりゃあ、ちょいと・・・ルール違反なんじゃありませんかねェ」
そして、シーザーの方に顔を向けた。
「それに、シーザー・クラウンのおっしゃってる、
”ジョーカー”って名は、あだ名か何かで?」
ドフラミンゴは口角を上げて見せた。
しかしその笑みの奥に苛立ちが滲んでいるのは
もはや火を見るより明らかだった。
「・・・フッフッフッフ!! バレちまったもんは仕方ねェ。
だが・・・海軍も大変だな、七武海の席が2つ空くのは痛手だろうに!」
まるで痛くも痒くもないと言うそぶりではあるものの、
世界を騙してまで守ろうとした”王下七武海”の権力が今、失われようとしているのだ。
ただではくれてやるまい、と藤虎にローの進退を迫る。
「ここまで来たなら互いに立場をはっきりさせようぜ・・・、
海軍は、ローの処分をどう決めた?!」
藤虎はローの方へと顔を向けた。
「・・・報じられた”麦わらの一味”の件。
記事通り同盟なら”黒”。 彼らが、ローさん、あんたの部下になったのなら”白”だ」
ローは軽く息を飲んだ。
「返答によっちゃ、あっしらの仕事は天夜叉の旦那に加えて、
・・・あんたさんと麦わらの一味の逮捕ってことになりやす」
藤虎は杖を握りしめる手に力を込める。
提示された条件に、モネが不服そうに眉を顰めていた。
「嘘をつけば、済む話だわ」
「・・・」
は考えあぐねていた。
嘘を吐けば、藤虎の攻撃の矛先は、ドフラミンゴのみに向けられるだろう。
ロシナンテの望んでいた状況に近づくはずだ。
しかし、嘘を吐けばルフィの立場を貶めることになる。
にとって、ルフィはブルック共々霧の海から陽の当たる海へと導いてくれた船長だ。
この世で最も自由な海賊王になるべき人だと思っている。
それを嘘でも誰かの下に付いたと言ってしまうのは、躊躇われた。
ローは逡巡するを振り返り、それから間も無く海軍に向けて宣言した。
「”麦わら”とおれに上下関係はない。記事通り”同盟”だ!!!」
「ロー先生、」
は瞬いている。ローは刀、鬼哭に手をかけたまま、藤虎を睨み据えていた。
藤虎はローの宣言を聞き届け、杖に仕込んでいた剣を抜く。
「では、お二方。共に称号剥奪と言うことで」
「!」
藤虎が突然見事な剣さばきで空を切ったと思えば、
どう言う因果か、音を立てて燃え盛る隕石が降って来る。
これにはその場に居た誰もが息を飲んだ。
無論、ローや、ドフラミンゴも例外ではない。
「嘘だろ・・・!?」
「えええ!? どう言う理屈なのよ隕石って!?」
「冗談じゃねェぞ、おい!」
海兵とシーザー、ヴェルゴとモネがその場からグリーンビットの森へと退避した。
ローは”ROOM”を発動すると、有無を言わせずにを背に庇う。
「! おれから離れるなよ!」
「わ、わかった!」
それは一瞬の出来事だった。
炎を纏った隕石をローが切り捨てる。
その隕石をドフラミンゴが網状に張り巡らせた糸でさらに細かく砕く、
藤虎は剣を掲げ、サイコロ状に切られた隕石を一度浮かして衝撃を殺した。
しかし完全に衝撃を殺しきれたわけではなく、
音を立てて隕石はビーチに大穴を開けたのである。
衝撃が収まって逃げ出して居た海兵と人質の3人は何が何だかわからない、
と言った様子で呆然と藤虎とローと、ドフラミンゴの安否を伺った。
海兵の一人が息を飲み、叫ぶ。
「4人の足場だけ無傷だ!!!」
ドフラミンゴが藤虎に吠えた。
「元帥の教育はどうなってんだ野良犬が!!!」
「へえ、どうもほんの腕試しで、」
「・・・目が見えるかどうかの次元じゃねェな」
ローは衝撃で乱れた帽子を整えて呟く。
片腕はを抱き寄せるように回っていた。
落ち着かないのか、ははおろおろと視線を彷徨わせている。
「あの、ロー先生。守ってくれたのはありがたいけど、そろそろ離してほしい。
あと多分隕石は私には効かないと思うのだけど・・・」
ローはに頷いて見せた。
「ああ、効かないのは分かってるがあそこで何もしねェのは・・・気分じゃねェ」
「どんな気分なの!?」
「おい、何をしている・・・?!」
ドフラミンゴが引きつった笑みを浮かべている。
は咳払いをするとローから距離をとった。
「ともかく! 七武海の権限を失った以上、
これでドレスローザの支配は政府公認というわけにはいかなくなったわよ。
ここで往生なさったらいかがかしら!」
ドフラミンゴはの口上に笑みを深める。
「フッフッフッ、どうやら随分見ねェ間に悪知恵が働くようになったらしいな、”亡霊”。
だが・・・さっきおれの首を落とせなかったのはお前らにとっちゃ痛手だろう」
自らの喉に手を這わせるドフラミンゴに、は眉を顰める。
確かにの能力では”直接”敵にダメージを与えることはできないのだ。
出来ることといえば、眠らせることと、そして、幻を見せること。
「お前、・・・だからローを連れて来たな?
幻はたかが幻だ! おれは”現実”をねじ伏せればいいだけのこと」
故に、の取れる戦法は限られている。
幻を見せて隙を作り、ローが攻撃を仕掛けてくること。
だからを無視してローを倒してしまえば、
は何もできないだろう。そうドフラミンゴは考えたのだ。
しかし、は目を眇める。
「そうかしら?・・・あなたは身をもって知ったはずよ。
ほんの数秒の間でも、本当に首を落とされたと思い込んだ。
痛みすら本物だと思ったはず」
がレイピアの刃に指を這わせた。
切っ先をドフラミンゴに向け、構える姿には誰かの影が見える。
「幻は時に現実を凌駕し、人の命さえ脅かす」
ドフラミンゴは目を眇めた。
の口上に合わせ、空気がヒリヒリとしたものに変わっていく。
レイピアは十字の影を落とす。
「『主よ、憐れみたまえ』」
の纏う覇気が膨れ上がった。
の顔には決意めいたものが伺える。
ドフラミンゴは嘲笑うように口角をあげた。
「”憐れみたまえ”なんて顔じゃねェなァ、
その上見よう見まねでも、このおれに剣を向けるとは、
・・・少々わがままが過ぎるぞ、海賊ごっこはここで終わりだ!」
その声を皮切りに、糸が張り巡らされ、3者の剣がそれぞれに光る。
グリーンビットは瞬く間に戦いの舞台へと変貌したのだ。