報復劇と誘拐劇


ドレスローザ”花畑” リク王軍決起本部はついに地下通路を通り
敵地の”交易港”に向かおうとしていた。

小人達の気合は十分で、一軍は張り切って地下通路を渡っている。
が、一つ問題が発生していた。

「おれとロシランドはこの地下通路通るのは無理だぞ」
「おれとロビランドでギリギリだな」

ロシナンテとフランキーでは通り抜けられそうもない大きさだったのである。
本当にウソップとロビンでギリギリと言うところだ。

「元々大人間が通ることは想定してないれすからね」

レオも眉を下げて困った様子だ。
おもちゃの兵隊が少し考えるそぶりを見せる。

「『オモチャの家』より入るしかない」
「どこだ、そこは?」

ロシナンテが尋ねると、兵隊が答えた。

「『オモチャの家』とは王宮のある台地の下部に存在し、
 オモチャたちが夜な夜な帰って行く場所のこと。
 人間は立ち入り禁止だ。『家』とは名ばかりで、中には地下への通路が伸びているだけ・・・。
 毎夜オモチャたちは地下で夜通し働き続けるのだ」

それを聞いてウソップは眉を顰めた。

「ひでェな・・・!
 本当は町のおもちゃたちはいつもヘトヘトなのか!?」
「そこを抜ければおれたちもSMILE工場へ行けるんだな」

ロシナンテが尋ねると、おもちゃの兵隊は頷くが、
あまり気が進まない様子だ。

「入り口は四方4ヶ所。ただ、どこも警備は厳重だ」
「任せろ、もののついでだ、大暴れしてやるさ!」
「?!」

フランキーが胸を張る。

「その方が都合がいいだろ? おれが奴らの気を引く。
 お前らがシュガーを仕留める・・・そんで、ロシランド。
 ”あいつ”の仇を取るなりなんなり好きにしな」

ロシナンテは目を見張る。
それは、囮を引き受けると言うのと同義だ。
あまりに無謀だ、とロシナンテの声は少々低いものになる。

「一人で陽動を引き受けるつもりなのか?」
「野暮なことを言うんじゃねェよ」

フランキーは眉をあげる。
これから一番危険な状況に臨もうとしているようには見えなかった。

「おれにもな、故郷ってわけじゃあねェが、そこに置いてきた妹分がいてよ。
 そいつらがひでェ目にあったんなら、
 相手がどこの誰だろうと、落とし前をつけてやる」

フランキーは何を思い出したのか目を細めた。懐かしむような仕草だ。
それからロシナンテへと視線を移し、頷いて見せる。

「”兄貴”ならそうするさ、そうだろう?」

ロシナンテは軽く息を飲み、目を瞑る。
顔を上げた時にはフランキーに笑みを返すことができていた。

「・・・わかった。恩に着る」
「おうよ」

フランキーはニカッと白い歯を見せて笑う。
まさしくアニキらしい、溌剌とした笑顔だった。



おもちゃの兵隊に伝えられた場所には、
確かにドンキホーテの構成員たちが警備にずらりと並んでいた。

構成員たちの真ん中には、女たちを侍らせたサングラスの男が
ビーチパラソルの下、足を組んで座っている。

フランキーとロシナンテに気づいたのか、立ち上がったその男は異様な風体だった。
おしゃぶりを咥え、ボンネットを被り、
よだれかけをタンクトップの上から纏った挙げ句の果てに、オムツを履いている。

フランキーは思わずと言ったように感想を漏らした。

「なんだあの変態野郎!!!」
「おめェが言うなよ!!!」

構成員らが突っ込む通り、フランキーもフランキーで海パン一枚であるし、
髪型もピストル風に整えた、本人曰くの”戦闘ヘア”だ。

ロシナンテは赤ん坊の格好をした男の正体に心当たりがあるらしい。
驚きを隠せぬようで一歩引いていた。

「え!? セ、セニョールか!? 本当に?! あんた一体何があったんだ?!」

13年前のスマートな伊達男然としたセニョールの姿を思い出し、
ロシナンテは月日は残酷だと改めて思い知る。

ロシナンテの引きつった顔に何を思ったのか、
セニョールは腕を組んでロシナンテを睥睨した。

「昔のことは忘れちまった・・・と、言いたいところだが、
 生憎だ。”裏切り者”のお前のことは覚えてるぜ、ロシナンテ」
「!」

そこには確かに怒りが見える。
ドンキホーテ・ファミリーは幹部以上のメンバーの誰もがドフラミンゴに心酔した海賊団だ。
実の弟でありながら13年間姿をくらまし、
ドフラミンゴと敵対するロシナンテをよく思うはずがない。

「おいおい、こんなところで油売ってる場合じゃねェぞ」
「あァ、悪いが頼むぜ」

ロシナンテに応えるように、フランキーは左手を構える。

「中へ入れさせてもらおう、
 ”ウエポンズ・レフト・・・クー・ド・ヴァン”!!!」

左手から放たれた風の大砲におもちゃの家の壁は崩れてしまう。
カラフルでファンシーな外壁は粉々に砕け散り、
ドンキホーテのシンボルは無残に落下して割れている。

「すげェ威力だ・・・! あ痛っ!!!」

フランキーの技の威力に気を取られ落ちていた空き缶に転ぶロシナンテを見て
フランキーが「おい!」と突っ込む。

「締まらねェじゃねェか! こけてんじゃねェよドジ男!!! さっさと行け!!!」
「よく転ぶのは生まれつきなんだ。治らない!・・・すまん!!!」

ロシナンテは気を取り直して駆け出した。



向かってくる構成員たちを時に躱し、投げ飛ばしながら
ロシナンテはおもちゃの家、内部へと足を踏み入れた。
外装と異なって内部は随分と簡素な作りだ。
これならば迷うことなくウソップやロビンらの居る交易港へと向かうことができそうだった。

密かに安堵していたロシナンテの頭上に影が落ちる。

「は!?」

とっさにロシナンテは天井を見上げた。
”浮いていた男”が口角をあげる。

「ダイ〜ン・・・”トントン”」

直後、落ちてきた巨体をすんでのところで避け、
ロシナンテは男を睨む。

「マッハバイス!」

ドンキホーテ・ファミリー幹部の一人。
”スーパーウェイト人間”トン単位で自身の体重を増加、
あるいは風に浮かぶほどの重さにまで軽くすることもできる能力者だ。

マッハバイスは腹を抑え、ため息をこぼす。

「ぶはー・・・外した外した。ドジの癖に生意気だイーン!」
「ドジは関係ねェだろ!?」 

ロシナンテは咥えた煙草を思わず噛み締めた。
せっかくフランキーが一人で陽動を引き受けているのだ。
ここで足止めを食らってはその意味もなくなるだろう。

望まれるのは短期決戦だった。

ロシナンテは銃を構え、片手をポケットに突っ込む。

「おい、マッハバイス。お前の言う通りおれァ確かにドジっ子だがよ、」

「ん?」

ロシナンテはポケットから取り出した何かを放り投げた。
マッハバイスが瞬く間も無く、投げられた”それ”は煙を発生させる。
”煙幕”だ。

そして、ロシナンテの姿を見失ったマッハバイスに音もなく銃弾が放たれた。
文字通り手も足も出ず、あっという間にその戦闘は終わったのである。

「”弱い”と言った覚えはねェぞ」

煙幕を投げた瞬間”カーム”を発動していたロシナンテは捨て台詞を吐き、
煙が晴れる前にすぐさま先を急ごうとして駆け出した。その瞬間。

「痛ッ!?」

思い切り壁に頭を打ち付けていた。

「だーっ、コンチクショー! 勝ったのに締まらねェなァ、本当によぉー!!!」

打ち付けた額を抑え、自身に悪態をついた後、
ロシナンテは壁に手をつき、早足で先を急ぐことにした。

ここから先、カームは常に発動した状態でいなければ、と
改めて気を引き締める。

何しろここは外からは掴めなかった、ドレスローザの闇の根幹”おもちゃの家”。

その正体はSMILE工場であり、そして”ホビホビの実”の能力者、
シュガーが居ると言うことは、おそらく”おもちゃ工場”でもあるのだから。



ロシナンテが交易港にたどり着いたのは、ちょうど、おもちゃが人間に戻っていく瞬間だった。
小人達の作戦の成功に、思わずロシナンテは拳を握る。
工場内もパニックを起こしているが、”上”も相当な騒ぎになっていることだろう。

「おのれ麦わらの一味!!! トンタッタ!!! ここからは出さねェぞ!!!」

トレーボルの声に、ロシナンテはとっさに積み荷の影へと身を隠した。
満身創痍の怪我を負っているウソップが小人達によって運ばれている。

「ウソップをお願い!!」
「おおー!!!」

トレーボルの前に立ちふさがるのはロビンだ。
瓦礫を使い、トレーボルの攻撃をうまく受け流しているが、
そう長時間は持たないだろう。

助けに入るべきだとロシナンテが銃を構えた、その時だった。

「待てェ!!!」

ロビンとトレーボルの間に、巨大な脚が割って入る。

「ちょっとこいつを借りるぞ!」

突然の乱入者は巨人の男だ。

「・・・こんなにボロボロになってまでおれたちを!
 よく見ろ戦士たちよ!!この男こそおれたちの呪いを解いてくれた英雄!
 その名も、キャプテン・ウソップだ!!!」

どうやら巨人の男はおもちゃから元に戻った人物らしい。
いたくウソップに感謝しているようで、その声にはどこか誇らしげな色がよぎる。

手のひらに乗るほどのウソップの腕を掴み、
高々と掲げて見せると同時に、何の偶然か、交易港の天井が崩れ天から光が漏れだした。

まるで宗教絵画のような構図に、元おもちゃの集団は感激した様子でウソップを見上げる。
ある者は涙さえ浮かべる始末だ。

そして、光のはしごに照らされたウソップは途切れ途切れに言葉を紡ぐ。

「おまえ、たちはおれ、が、み、ちびく・・・」

その言葉に溢れんばかりの歓声が上がった。
皆一様に拳を、それぞれの武器を掲げ、ウソップを賞賛する。

「あんたやっぱり天の使わせた、おれたちの救世主なんだな?!」
「導いてくれ! おれたちはどうすればいい!? ”ゴッド・ウソップ”!!」

ウソップ本人はどこか腑に落ちていない様子だが、
指示を仰ぐ集団に、援護を頼んだ。

「じゃあ、後ろの工場を破壊して、・・・小せェ仲間たちを救出してくれ・・・!」
「仰せの通りに!!!」

雄叫びをあげ、元おもちゃの集団のうち、
ある者はトレーボルを始め、ドンキホーテの構成員達に向かい、
ある者はまっすぐ工場へと武器を手に向かっていった。

ロビンはウソップと小人達に合流しようとすでに駆け出していた。
それを追おうとするトレーボルだが、元おもちゃ達に邪魔されてその場から動けない。

行動するなら今だと、ロシナンテは積み荷の影から飛び出した。

「トレーボル!!!」
「!?」

トレーボルがロシナンテに気づいて息を飲んだ。
ロシナンテは銃を構え、奥歯を噛む。

「よくもおれの妹を・・・!!!」

唸るように言うロシナンテを挑発するように、トレーボルは高らかに笑う。

「ベヘヘへへ! この混乱に乗じ、おれを殺してみるか?!
 やってみるがいいさァ、できるもんならなァ!」
「ああ! そうしてェのは山々だが・・・! 生憎おれはまだ冷静なんだよ」

「何?」

思わぬロシナンテの言葉に、トレーボルは訝しむように眉を顰める。

ロシナンテはニッと不敵な笑みを浮かべた。
トレーボルは何に思い至ったのか驚愕して目を見開く。

「まさか!?」

ロシナンテはトレーボルをそれ以降見向きもせず、
一点を目掛けて走りだした。
そして、気絶したシュガーを抱えると颯爽と逃げる。

これは流石のトレーボルも意図せぬ展開であったらしい。
しばらく唖然とした様子でロシナンテの背を見送っていたが、
我に帰ると思わず叫んでいた。

「な、な、なんだとーーー!?」

「幼女誘拐だァー!!!」
「大男がシュガー様を攫ってるぞー!!!」

ドンキホーテの構成員達も慌てふためいてロシナンテを攻撃しようとするが、
銃を使っては抱えられているシュガーを傷つけかねないと躊躇して
満足に追えない様子だった。

ロシナンテは浴びせかけられる罵声に逃げながらもひっそりと肩を落とす。

「いや本当、全くもってその通りなんだが人聞きが最悪だな・・・」

そこに、羽音のような音が響いた。
ピンク色のフェザーコートが砂塵に翻る。

「なんだこのザマは・・・どう言う状況だトレーボル!?」

「げっ!?」

ロシナンテがその姿を認めて苦々しい顔をする。
敵も味方も問わず、皆まさかのドフラミンゴの登場に息を飲んでいた。

「若様!?」
「ドフラミンゴ!? 何でここに!?」

トレーボルはドフラミンゴに涙ながらに訴えかけた。

「ドフィ〜〜〜〜!!! すまねェ・・・シュガーが気絶しちまったァ〜〜〜〜!」
「そのシュガーはどこにいる?!」

状況を理解したのかドフラミンゴの表情は険しい。
トレーボルの懇願にもどこかおざなりに、シュガーの安否を確認しようとあたりを見渡した。
そんなドフラミンゴに恐る恐る、構成員の一人が声をかける。

「あ、あいつが抱えて逃げてます!」
「あァ!?」

構成員の指差した先に見覚えのある顔を見つけて、
ドフラミンゴのこめかみに青筋が浮かんだ。

「・・・! てめェ、ロシナンテ!!!」

ロシナンテはシュガーを抱える手とは反対の手をポケットに突っ込んだ。

「言いたいことは色々あるけどよ、
 ・・・あんまり下の弟妹ナメてんじゃねェぞ、バ〜〜〜〜〜カ!!!」

ロシナンテは自分ができうる限りの人を小馬鹿にした表情を作りあげ、
ドフラミンゴを罵倒する。

「な、」

虚を突かれたらしいドフラミンゴの隙を見て煙幕を使い、
追っ手の目をくらませた後、
ロシナンテはシュガーを確保してロビンとウソップらと合流したと言うわけである。



事の顛末を聞いたとローはそれぞれに思うところが違うのか、
一方は満面の笑みを、一方は複雑な面持ちででんでん虫を見つめる。

「ナイスよ! ロシー兄さん!!!
 特にホビホビの能力者を確保したのはかなりのファインプレーだわ!!!」

はよほど嬉しかったのか、受話器を持つ手とは逆の手でガッツポーズを決める。

『え、そう? いやー、そうでもないぞ!
 多分ドフラミンゴはこれが一番嫌がるかなって思っただけで・・・』

妹に手放しで喜ばれたのが嬉しかったらしいロシナンテの表情が
デレデレするでんでん虫から伝わってくる。

その様子を見てローはに受話器をよこせと合図した。
渡された受話器に、ローは心底呆れたような声を吹き込む。

「コラさんおれの時といい、・・・あんたガキを誘拐する癖でもあるのかよ」
『ねェよ!!! 止む無くだ!!!』

ヤニ下がった笑みから一転してでんでん虫がブンブンと首を横に振っている。
がその様子を苦笑しながら見ていると、頭上に影が落ちる。

「え・・・?」

が瞬く間も無く、ローとの目の前に糸の柵が降りてきた。

「なんだ?・・・糸の、檻?」

首を傾げるローの声を拾ったのか、でんでん虫の顔色が変わった。

『なんだって!? それは ”鳥カゴ”だ!
 糸が刃物になってて出られなくなる!』

ローとは息を飲む。
ローは顎に手を当て、これから起きる事態を察して眉を顰めた。

「・・・つまり、逃げ場を失くしたってことだな。
 、お前がドフラミンゴなら次はどうする?」

「そうね・・・七武海の座とホビホビの能力者を失った。
 シーザーは出航済み。ドレスローザの国民は真実に気づきかけている。
 敵である麦わらの一味と、ロー先生とロシー兄さんもまだ生きている・・・」

は顔を顰め、何に思い至ったのかローの顔を見上げた。

「全部、無かったことにするわ」
「同感だ」

ローもの出した答えに頷いてみせる。

『おそらく市街地では”パラサイト”を使っているはず。
 一般人にも大勢の死傷者が出るぞ・・・!』

ロシナンテの忠告に、が一刻を争う事態と見て答える。

「・・・とにかく、ドレスローザに残ったみんなと合流しましょう!
 ロシー兄さん、私たちどこへ行けばいい!?」

ドレスローザ各地に設置されたスピーカーがドフラミンゴの声を放送したのは、
そんな時だった。

『ドレスローザの国民達、及び、客人達。
 別に初めからお前らを、”恐怖”で支配しても良かったんだ』

「ドフラミンゴ・・・!」

もはや何を取り繕う必要も無くなったと言わんばかりの残忍な声色だった。

『真実を知り、おれを殺してェと思う奴もさぞ多かろう!
 ――だから「ゲーム」を用意した。このおれを殺すゲームだ!!』

「!」

は意外そうに目を瞬いた。

『おれは王宮にいる。逃げも隠れもしない。
 この命を取れれば当然そこでゲームセット。お前達の勝ちだ。
 ――だが、もう一つだけゲームを終わらせる方法がある。
 今からおれが名前を挙げる奴ら。全員の首をお前達が取った場合だ』

『――なお首一つ一つには多額の懸賞金を支払う。
 この国にいる全員が賞金稼ぎ。お前らが助かる道は・・・誰かの首を取る他にない』

そこまでを聞いて、は手にした受話器に淡々と目的地を告げる。

「・・・ロシー兄さん、王宮で待ち合わせましょう」
『え? ちょっとおい、?!』

慌てるロシナンテにかまわず受話器を置き、は振り返る。

「行きましょう、ロー先生。
 どうやら、向こうから決着の舞台を整えてくれたらしいわ」