幽霊と貴公子
「幹部達に捕まったら流石に足止めを食らうはずだ。麦わら、僕が壁を切って道を作る。麦わらとトラファルガーがいれば
後ろからの攻撃を食い止めることができるだろう?! それで一気に3段目に登るぞ!」
キャベンディッシュの提案は現実的なものだった。
それぞれがバラバラに最上階を目指すよりは、団結するべきだと判断したのだろう。
「それから、」
「待て、いつの間にか一人増えてるな・・・!?」
キャベンディッシュの言葉の途中、
その場に見知らぬ人物がいることに気がついて、ローが声をあげた。
そこに居たのはひたいに傷のある、いかにも剣闘士然とした男だ。
だが、ルフィとは彼に見覚えがあるのか目を瞬いている。
「銅像のおっさん?!」
「あなたは確か、受刑者の一人だった、」
集中する視線に、男は口角を上げて見せた。
「私はキュロス・・・おもちゃの兵隊だったものだ」
「何ですって!? あなたが、あの兵隊さんなの!?」
は驚き、口元を抑える。
その驚愕にキュロスは無理もない、と苦笑し、に頷いた。
「シニョリーナ、君たちのおかげか、人間に戻れたよ。
ルフィランドの作った道を辿り、ここまで来ることもできた」
「そうだったの・・・」
確かに、ウーシーに乗り前線を走るルフィ一行はさぞかし目立ったことだろう。
は納得した様子だ。
ロシナンテには気になることがあったらしく、キュロスに首を傾げてみせる。
「あんた、おもちゃ工場にいた時
なんで真っ先に飛び出したりしたんだ?
娘さんのそばに行ってやったほうが良かったんじゃ・・・」
ロシナンテの指摘に、キュロスは表情を引き締めた。
誰を思い返しているのか、闘志に満ちた目をしている。
「・・・状況がどう転ぼうとも、私がやるべきはただ一つ。
ファミリーの最高幹部に、何としてもこの手で討ち取りたい男がいる!」
その気迫に、ルフィは眉を顰めた。
「おっさん、死ぬ気じゃねェだろうな!」
「バカ言え、人間の体で負けやしない」
キュロスの表情には自信が漲っている。
ルフィは安心したのか、「ならいいや」とキュロスの答えに頷いた。
キュロスはそれに安堵したように、ぽつりと零す。
「それに、私が今更父親ヅラしたところで、あの子のためになるかどうか・・・」
「・・・」
どうやらキュロスにも葛藤があるようだ。
今までおもちゃの兵隊として娘、レベッカに寄り添ってきたが、
父親としての役割を満足にこなせなかったという、負い目があるらしい。
は慮るように目を閉じ、ロシナンテは軽く頭を頭をかいた。
「それは娘さんが決めることだと思うがなァ・・・、
まあ、ここから引き返したところでドンキホーテファミリーがうじゃうじゃいるだけだ。
ウーシーに乗ってけばいい!」
ロシナンテが自身のまたがるウーシーの背を軽く叩くが、
ウーシーは乗せる人間の数を見てぎょっとした様子だ。
ロー、ロシナンテ、シュガー、ルフィに加え、キュロスまで乗せるとなると、
満足に動けるかどうか怪しい。
「でも、ちょっと手狭よ・・・さすがに可哀想になって来るわ。それに・・・」
はウーシーに同情するような視線を注いだ後、
キャベンディッシュへと向き直った。
「ところで貴公子さん、あなたは悪魔の実の能力者ではないのよね?」
どうやら”貴公子”と呼ばれるのは満更でもないらしい。
キャベンディッシュは鷹揚に頷き、嘆いてみせる。
「ああ、残念ながらメラメラの実は別の人間に食べられてしまったようでね・・・」
キャベンディッシュの返答には手を叩いた。
「ウフフ、だったら私にとっては好都合!
ちょっとお願いしたいことがあるのだけれどよろしいかしら?
本当はゾロあたりにお願いしようと思っていたのだけれど・・・、
ロシー兄さん、例のやつ持ってる?」
「ああ・・・え? ここで使うのか?」
ロシナンテが見せたのは巾着に入った”錠”だった。
シュガーの手に嵌められているものと同じものに見える。
「そう。それを私の手首に嵌めていただけるかしら、貴公子さん」
一拍の間を置いて、ローとロシナンテを除いた面々が驚きの声をあげた。
「はあ!?」
「ええ?! やめとけよ。それ触るとダルいぞ!」
特に訝しむような表情を浮かべるのはルフィだ。
同じ能力者だからか、「”ぐでーっ”てなるんだからな!?」と力が抜けるマネをしてみせる。
はそれを見てクスクス笑うばかりだ。
そこに真面目に声をかけたのが、キャベンディッシュである。
「・・・君、ちょっとおかしいんじゃないのか?」
さすがに真剣に止められて、は肩を竦めてみせた。
「心外だわ、必要なことなのよ。考えがあるの」
キャベンディッシュは笑顔のをジッと見つめ、
やがて諦めたようにため息をついた。
「君みたいなお嬢さんに手枷を嵌めるのは、好ましい事ではないんだがなァ・・・」
キャベンディッシュはロシナンテの巾着から錠を取り出し、
首を傾げつつもに尋ねる。
「本当にいいのか?」
「もちろん。お願いするわ」
キャベンディッシュが何か言いたげに口を開いたが、
の浮かべる笑顔が有無を言わせぬようなものだったからか、
そのまま黙っての実態化した手をとった。
錠を嵌めると、幽霊だったの全身が色を取り戻した。
素足でふらついたを、ローが支える。
「大丈夫か?」
「・・・ええ。
なるほど、これはなかなか、・・・しんどいわね」
軽く眉をひそめたに、
ルフィは「だから言ったのに」と言わんばかりに唇を尖らせた。
「言わんこっちゃねェ」
しかしは困ったように笑うだけで、錠を外す気はないらしい。
「ウフフ、ここから先王宮最上階まで、私は足手まといになるけれど、
・・・ドフラミンゴに相対するとき、私は”幽霊”のままではいけないの」
ローとルフィへとは顔を向け、首をかしげる。
「だから・・・私のことを、守ってくれる?」
「勿論だ」
「おう、任せとけ!」
ローとルフィの答えに破顔し、は頷いた。
「ウフフフフ! 二人ともありがとう!」
それを白い目で見ているのはロシナンテの膝に抱えられているシュガーである。
「なにあれ、あざとい」
「妹ながら恐ろしい女だよ、まったく・・・いや、守るけどな」
ロシナンテも苦笑しているが、最後の言葉でまったく説得力がない、と
シュガーはロシナンテを呆れたように見上げている。
キャベンディッシュは顎に手を当てて何か考えるそぶりを見せたと思えば、
何に思い至ったのかに近寄った。
「・・・仕方のないお嬢さんだ。手枷を嵌めてしまったことも不本意。
本当なら君のような女性をドフラミンゴに相対させるのは気が進まないのだが、
せめて安全に王宮まで届けよう。そっちの牛が手狭ならこちらに乗ればいい」
「あら?」
キャベンディッシュがの両手を取った。
「何よりこの愛馬、ファルルにもよく映えるぞ、君は。
白馬に乗った貴公子然とした僕。薄幸の姫君然とした君・・・」
「微妙に失礼じゃないかしら!?」
幸が薄いというのは褒め言葉ではないだろうと、は目を瞬いているものの、
キャベンディッシュはうっとりと思い描いた空想に耽り、話を聞いていないようだ。
キャベンディッシュがの手を取っているのが気に障ったのか、
ローがキャベンディッシュの手の甲を思い切り叩き、ルフィに声をかける。
「ダメだ。・・・おい、麦わら屋、お前が代わりに向こうに移れ」
「おっ! わかった!」
「さすがにこの人数だ。私もそちらへ」
ルフィとキュロスがさっさとキャベンディッシュの愛馬、ファルルへ騎乗している。
「麦わら、キュロス! 勝手に乗るな! そもそもなんで君が断るんだトラファルガー!?」
キャベンディッシュはローに抗議するも、
ローはキャベンディッシュを一瞥すらしない。
歯嚙みするキャベンディッシュに、が軽く眉を下げた。
「ごめんなさいね、貴公子さん。私相乗りは得意ではなくて・・・。
でもルフィと先導してくださるなら安心だわ!」
のフォローの機嫌を良くしたのか、キャベンディッシュはしたり顔で頷いた。
「ふふふ! そうだろう、そうだろう。
ファンになってしまっても、いいんだよ?」
バチーン、とウィンクを飛ばす様はコミカルな言動と裏腹に
まさしくロマンス小説に出てくる貴公子のようであったが、
ロシナンテもイラっとしたのか、真顔でに忠告する。
「、あまりあいつの話を本気にすることはないと思う」
「同感だ」
「兄さん・・・ロー先生・・・協力してくれてる相手にその対応はちょっと・・・」
は過保護なローとロシナンテにため息をつきながらウーシーの背に乗ることにした。
ここから先には確実に最高幹部をはじめとした、ドンキホーテファミリーの主力陣が待ち構えているはずだ。
気の抜けたやりとりができるのも、ここまでである。
※
協力を申し出てきたキャベンディッシュが切っ掛けとなったように、
コロシアムの戦士たちがルフィたちを先に行かせようと一丸となり、
ドンキホーテ・ファミリーを蹴散らし始めている。
「先をゆけェ! 麦わらァ!!!」
「こいつらァ、おれたちが止めておく!!!」
先ほどまで喧嘩をしながら進むほどバラバラだったというのに、
あっという間に統率して、ルフィらが進む道を作り出している。
「なんだ!? どうしちまったんだお前ら!?」
怪訝そうな顔をするルフィに、コロシアムの戦士の一人が声を上げた。
「ガマハハ! 我こそは”軍師”ダガマ!! これは”戦”だ!
闇雲に暴れても誰一人頂上に行きつけぬ!!!」
ダガマを筆頭に、巨人のハイルディンと、
花の国の八宝水軍サイがルフィらに激励を送る。
「お前を先に行かせるのが筋だ!!!」
「しっかり送り届けろキャベンディッシュ!!」
「おいおい、僕は乗り合い馬車じゃないぞ!」
寄せられた言葉にため息を零すが、
キャベンディッシュも向かってくる敵をなぎ払い先に進む。
「勝たねばならん!!! この”戦”ァ!!!」
「頂上を目指せー!!!」
それぞれ鼓舞するような言葉を掛け合うコロシアムの戦士たちだが、
彼らの相対するドンキホーテ・ファミリーの一団に幹部が混じっているようだ。
軍師ダガマと足長族の格闘家ブルーギリーがハイヒールを履いた少年に攻撃を受け、
倒れてしまっている。
「”ダルマ”と”足長”がやられた!!」
「よそ見をするな! 麦わら! 犠牲は覚悟の上だ。
こうでもしないと勝てないだろう?!」
「!?」
向かってくる敵を斬り伏せながら、倒れた人影を心配するルフィに、
キャベンディッシュが忠告する。
「この”鳥カゴ”ってゲームは全て嘘だ!!!
君たち受刑者を全員討ち取ろうが誰も助かりはしない」
キャベンディッシュは冷静だった。
ドフラミンゴの意図を読み、勝つための作戦を考えている。
「少なくとも、”武器の密売”と”オモチャ”の秘密がバレた時点で、
今この国にいる者たちの”皆殺し”は確定していると思う」
「・・・」
ロシナンテは瞼を閉じる。ローも眉根を寄せ、黙り込んだ。
納得のいく推察だったのだ。
「ドフラミンゴは絶対に情報を漏らさない。
ドレスローザは今、世界から隔離された絶海の孤島。
・・・奇跡を信じゲームの終了を待っていては全員殺される!!!
前へ進みドフラミンゴの首を取ること以外に、この島から生きて出る方法はない!!!」
「貴公子さん、あなた、そこまでわかっていて・・・」
は感心したように息を飲む。
キャベンディッシュは不敵に微笑んで見せた。
「ふふ、だがドフラミンゴは一つミスを犯している。
今回のコロシアムに各国より、一癖も二癖もある強力な戦士たちを集めてしまったことだ。
・・・オモチャに変えてしまえばそう脅威にはならないと踏んだのだろうがね。
生身なら僕らは負けやしない!」
キャベンディッシュは剣を掲げる。
「何故なら、僕がドフラミンゴを討ち取るからだ!」
まるでお伽話の王子のごとく、勇ましい姿を見せたキャベンディッシュだったが、
は首を横に振った。
「ウフフフフ! ごめんなさい。そればかりは譲れないわ!」
「何?」
キャベンディッシュは思わずと言ったように振り返る。
「ドフラミンゴの首は、私が切るの」
あまりに荒唐無稽な話に思えたのだろう。
キャベンディッシュは唖然としたようだった。
は剣を携えてはいるものの、
ただでさえ荒事には向いてなさそうな出で立ちであるし、
何より今は能力を封じられた状態だ。
しばらくの沈黙の後、キャベンディッシュはどこか咎めるように言った。
「・・・その冗談は面白くないぞ」
「確かにゴーストジョークは私のアイデンティティだけれど、
これは冗談じゃないわ。本気よ」
笑みを絶やさないに、キャベンディッシュはなおも口を開こうとするが、
ロシナンテが「前を向け!」と忠告する。
「話してるとこ悪いが・・・3段目に着くぞ!」
「よォーし!! このまま4段目まで突っ走れ!! 馬ーっ!!!」
ルフィが最上階を指差して言った時のことだった。
土埃の中から声がする。
「そうやすやすと突破させるわけには行かねェな!!!」
煙の中から黒い影が飛んできた。
キャベンディッシュは手綱を引いて避けようとするが、
ファルルの足にそれは命中し、”爆発”した。