1問目、または弟の抱いた正義の話
ドフラミンゴはの出した問題に沈黙する。
出された問いは理論で答えを導き出せるものではなかった。
そして、”答えのない問題”であるようにも思える。
ドフラミンゴはに再び、同じ質問をすることにした。
「・・・お前は謎かけに”正解”があると言ったな?」
「ええ」
「それはすべての謎かけに当てはまるのか?」
は困ったように首を傾げて見せた。
「それは、問題に関するヒントに値するわ。
貴重な3つのヒントの一つを、ここで使ってしまっていいのかしら?」
銃を撃った以上、ルールに則り、
必要以上に口を聞くことはないということだろう。
「構わない。答えろ」
ドフラミンゴに語気も強めに促され、は小さくため息を吐いた。
「1問目の一つ目のヒントの答えは”イエス”
すべての謎かけには”正解”が存在する。
付け加えるけど、私は条件を提示した時に嘘は一切吐いていないわ」
「・・・」
ドフラミンゴは顎に手を当て、しばらく考えるそぶりを見せた。
しかし、それも束の間のことで、すぐに二つ目のヒントをに求める。
「、二つ目のヒントをよこせ。
お前は答えを導き出すのに相談しても構わないと言ったが、
相談相手は”ここにいる全員”の中なら誰でもいいのか?」
は微笑み、ドフラミンゴに頷いた。
「1問目の二つ目のヒントの答えも概ね”イエス”よ。例外はあるけれど。
3つの謎かけの答えを出すために、ここにいる全員と相談して構わない。
ただし、”全員”のうちに”ドンキホーテ・”は含まないわ。当然ね」
つまり、ドフラミンゴの相談相手はドンキホーテ海賊団に限らないということだ。
ドフラミンゴは誘導されているのを承知で、の背後に立つ男に声をかけた。
「わかった。・・・ロシナンテ、お前も座れ」
「・・・!」
ロシナンテは息を飲み、の横に用意されていたもう一つの椅子を見た。
こめかみには汗が伝っている。
ドフラミンゴはまるでこの展開を読んでいたかのように、円卓を用意し、舞台を整えている。
だが、そもそもこの成り行きは、”パンクハザードでが予想した”ものでもあった。
どちらがどちらの掌の上にいるのか、今となってはロシナンテにもわからない。
だが。
ロシナンテは椅子を引いた。
の横に座り、真っ直ぐに、ドフラミンゴを睨んだ。
「・・・何が聞きたい」
硬いロシナンテの声色を、
まどろっこしいと言わんばかりにドフラミンゴは鼻を鳴らした。
「言うべきことは決まっているはずだ。
どうせ事前に取り決めているんだろう、お前らは」
「・・・ハハ」
ロシナンテは思わず苦笑する。
ドフラミンゴの所作は、兄妹の中で一人だけ仲間はずれなのを拗ねているようにも見えたからだ。
突然笑ったロシナンテに、ドフラミンゴと、
でさえも訝しむような視線を向ける。
ロシナンテは軽く首を横に振り、深く息を吐いた。
「その通りだ、こういう場面になった時、何を話すかは決まっていた」
もっと早く、こうして3人で話すことができれば良かったのだろう。
言葉を飲み込んだロシナンテは静かに顔を上げ、口火を切った。
「・・・おれの正義の話をしよう」
ドフラミンゴの顔に嫌悪感がよぎる。
ロシナンテはかまわずに、定められたセリフを読み上げるように語りはじめた。
「結局海賊になっちまったが、13年前まで、確かにおれは海兵だった。
マリン・コードは01746・・・、海軍本部所属、階級は中佐。
潜入捜査に向く悪魔の実を食べ、諜報部員として任務に当たった。
・・・お前を探していた」
ロシナンテはテーブルの上、拳を握る。
「父親の首を切り落としたお前から逃げたことを、心底後悔していたからだ」
「・・・続けろ」
ドフラミンゴには何か思うところがあったらしい。
だがそれを堪えるように、ロシナンテへ話を促した。
「将校にはそれぞれモットーとして掲げる正義がある。
おれのそれは・・・”正直な正義”だった」
「”正直”・・・?」
しかし、続けられた言葉にドフラミンゴは思わずロシナンテの話を遮り、哄笑した。
怒りのあまり笑わずにいられなかったのだ。
「フッフッフッフ! そりゃ随分なことだ。おれを騙し、も騙していたお前が!
よりによって”正直な正義”?! 笑わせる・・・!」
「笑いたきゃ笑えばいい。それにお前の思うような意味じゃねェさ。
おれが嘘を吐かないと決めてた相手は、・・・自分自身だったんだから」
ロシナンテは固く目を瞑り、ドフラミンゴに問いかける。
「ドフラミンゴ、お前、本当に親父を殺したくて殺したのか?」
ドフラミンゴから笑みが消えた。
質問の意味がまるでわからないようだった。
「・・・何を言っている」
ロシナンテは目を眇めた。
「おれはお前ほど、嘘吐きじゃない。
殺したくない相手は殺さない。助けたいと思った相手は助ける。
おれはギリギリまで、自分の正義を貫くために行動する。
いや、”行動した”だな。海賊になっちまった今となっては。
・・・だが、海賊になっても自分に嘘は吐かなかった」
ロシナンテの口上に、ドフラミンゴのこめかみに青筋が浮かぶ。
膨れ上がる怒気にもかまわず、ロシナンテはドフラミンゴを問いただす。
「質問を変えようか、なぜお前は親父を殺した?」
ドフラミンゴはテーブルを拳で叩いた。
テーブルには小さくヒビが入った。
ドフラミンゴは這うように低い声色で、怒りを押さえ込むようにセリフをなぞる。
「『慎ましく暮らそう、人間らしい生き方をしよう』
父はそうのたまい・・・一家はこのゴミの掃き溜めのような世界に降りてきた。
その結果・・・おれ達がどう言う目にあったか忘れたのか?」
ロシナンテは黙り込む。
その顔に少しの溜飲を下げて、ドフラミンゴは笑みを取り戻した。
「何が”人間らしい生き方”だ? なァ、おい。
地位を捨てたおれたちに、誰が”人間らしい”行動をした?
フフフフフッ!!! ある意味じゃあ、人間らしい行動だったのかもなァ! ”あれ”は!!!」
おそらく思い出した情景はドフラミンゴと同じものだったのだろう。
ロシナンテの眼差しは暗澹としていた。
「・・・地獄だったな、おれは心の底から死にたいと願った」
ポツリと呟かれた言葉を、ドフラミンゴは肯定する。
「そうだ。地獄だった。おれたちがどうしてそんな目に遭ったのかを考えろ。
全て親父のせいだ。を守るため? もっと上手く立ち回れる方法があったはずだ!
父親が考えなしに地位を捨てるような馬鹿じゃなけりゃ! おれたちは何も失わずに済んだ!!!」
口を閉ざしたままのだったが、ドフラミンゴの糾弾には堪えるようにその目も瞑った。
だが、それとは対照的にロシナンテはドフラミンゴを睨んだ。
「何も失わずに・・・、天竜人として生きていたなら、
おれは目の前を横切った幼子を銃で撃つようになったかもな」
「何?」
言葉こそ静かだったが、その顔には怒りが燃えている。
「金を収めさせるために国ひとつ滅ぼしても何とも思わない、
奴隷を遊び半分で殺すような人間になってたかもしれねェ・・・!」
「・・・!」
ドフラミンゴはロシナンテの言葉に、燃え盛る炎の記憶を思い出していた。
忘れられるわけもない、悪夢の記憶だ。
「おれがなぜ死にたいと思ったのか教えてやるよ。
とっとと死んだ方が楽になれただろうと思ったのが一つの理由だが、
それだけじゃねェ、」
かつて痛みに死を願ったロシナンテの横で、
ドフラミンゴは武器を構えた人間を皆殺しにすると宣言したのだ。
理不尽な復讐を受けた。だから報復するつもりだった。その権利があるとさえ思った。
だが、ロシナンテは違ったらしい。
「炎で炙られ、矢で射られて思い知った。
おれが奴らと同じ”人間”だったからだ・・・!」
ロシナンテは怒鳴りつけるのを堪えるように息を吐く。
理不尽な復讐に対する怒りを、ロシナンテが持っていないわけではなかった。
「奴らと同じような”人間”には絶対になりたくなかった。
バケモノを憎むあまり、同じバケモノになっちまうような”人間”には!」
ロシナンテは軽蔑したのだ。
直接危害を加えたわけでもない、ただ”天竜人”だったというだけで、
個人としては善良だった一家を追い立て、暴力と憎悪を躊躇いもなく向けた”バケモノ”を。
だからこそ、ロシナンテは許せなかった。
「ドフィ、・・・なんでお前は進んで怪物になっちまったんだ?
あんな最悪な連中と、お前はなんで同じことができた?
おれはお前が怖くて逃げた・・・、止めたのにお前は聞いてくれなかったからだ、
助けを求めるおれたちに『殺すな、生かして苦しめろ』と喚き立てた、あいつらと同じように!」
自ら進んでバケモノになったドフラミンゴが許せなかったのだ。
「だからお前を探した。嫌だったからだ。
おれの、血を分けた兄弟が、・・・バケモノになるのが嫌だった」
「・・・フッ、フッフッフッフッフ!!!」
ドフラミンゴは肩を震わせて笑った。
どうやら同じ体験をしていても、
ロシナンテとドフラミンゴでは見えている景色が、憎むものが違っていたらしい。
最初にドフラミンゴが憎んだのは苦痛の元凶となった父親だった。
ロシナンテが憎んだのは苦痛を与えた”バケモノ”だった。
「そりゃあ、おれとお前じゃ噛み合わないはずだな! フフフフフッ!
お前にとっての悪は”バケモノ”か。・・・だったらお前にとっての親父は何だ?」
ドフラミンゴは知りたくなった。
今でさえ怒りを覚えずにはいられない父親を、ロシナンテがどう思っていたのか。
ロシナンテはテーブルの上、指を組んだ。
祈るようでもあり、耐えがたい苦しみを堪えているようでもあった。
「・・・おれだって今ならわかるよ。親父がどれだけ無謀だったのか。
でも、おれは親父の考えが間違っているとは、思わない」
ドフラミンゴは眉を顰めた。
「奴隷も要らない。金も生活に困らないだけあればいい。
家族と、どこか静かな場所で過ごしたい。普通の、願いだ」
「だが、堕ちた天竜人が望むには分不相応でもあった」
ロシナンテは苦く笑う。
「・・・否定はできない。
ただ、親父はおれたちを庇っても、一回も相手に反撃したりしなかったよなぁ、
あれは、親父なりの意地だったんだろう。暴力も銃も、"自分だけは使わない"」
ロシナンテは父親を思い出すたび、最初から反撃する力がなかったというよりも、
それを使わなかったと言う方がしっくりくるような気がしていた。
ドフラミンゴが小さく息を飲み、が悲しげに目を伏せたのを見て、
ロシナンテは「やはり、」と項垂れる。
「正しい人だった。模範的な善人だった
・・・生きる為の狡猾さを持たない人だった」
ロシナンテは組んだ指に力を込める。
「だが、おれはあんな風にはなれなかった。・・・なってはいけない、とも思う」
静かに告げられた言葉が最後、ロシナンテは沈黙した。
ドフラミンゴは疲れたように目頭を抑えると、顔を上げ、に声をかける。
「。三つ目のヒントをよこせ。内容は、お前に任せる」
は淀みなく答える。
「1問目、三つ目のヒントは
『”ドンキホーテ・ロシナンテ”が潜入捜査の際、行ったこと』」
ドフラミンゴは再びロシナンテに目を向けた。
「・・・お前は海賊団に入団を希望するガキを追い払おうとした」
「ああ」
「ドンキホーテ海賊団の行き先の情報を海軍に横流しした」
「そうだ」
「だが拠点までは教えなかった」
ロシナンテは少しの間を置いて、頷いた。
「妹を巻き込みたくはなかった。
お前の吐いた嘘が真実であればいいと思ったのは、おれも同じだ」
ドフラミンゴはしばし沈黙し、の背後に腕を組んで立つローを一瞥した。
「ローを連れ去ったのも、お前の正義に準じたからか?」
「・・・その通りだ」
ドフラミンゴはたどり着いた結論を、ため息とともに吐き出した。
くだらない理由だった。
「”おれを、止めるため”か。・・・殺すつもりはなく、
お前のいうところの”バケモノ”になろうとするおれを、”人間”に戻すため」
ドフラミンゴは自ら出した結論を鼻で笑う。
「・・・バカな、おれが止まれたとでも思ってるのか」
だが、ロシナンテは大真面目に頷いた。
「止まれたさ。お前は一度ブレーキを踏んだ。
止まりかけたんだ。忘れたとは言わせねェぞ」
サングラスの下、ドフラミンゴは目を閉じる。
「、答えは出した。これは正解か? 間違いか?」
は短く気の無い拍手をする。薄く笑みを浮かべて頷いてみせた。
「おめでとう、正解です。
心臓を3つ、お渡ししましょう」
ローが自身の足元に心臓を3つ並べ、手のひらを返した。
ドフラミンゴのそばに横たわっていたベラミーと位置を交換する。
「トラファルガー・・・てめェ、何の、真似だ・・・?」
「お前はこっちで転がってろ」
どこからともなく一人でに現れた包帯がベラミーの怪我に勝手に巻きついていっている。
ドフラミンゴはそれを一瞥するも、
やがて興味を失ったかのように人質の心臓へと手を伸ばした。
一通り心臓を眺め回し、目の前の円卓に並べてドフラミンゴは口角を上げる。
「どれが誰の心臓かは・・・ロー、お前に聞けばわかるだろうな?」
ローはドフラミンゴの問いに、瞬時に答えてみせる。
「お前から見て右端がモネ、中心がヴェルゴ、左端がシーザー。
・・・体格に心臓の大きさは準じる。それで間違いない」
ローの言葉に従い、ドフラミンゴは右端の心臓をモネに、
中心にあった心臓をヴェルゴに渡した。
モネは半信半疑のまま、手渡された心臓を自身の胸元に入れると、
それまで胸に穴が空いていたのが嘘のように、あっさりと元に戻った。
ヴェルゴもモネと同じように心臓が戻ってきたらしい。
ドフラミンゴは部下の心臓が確かに戻ったのを確認すると、
再びに向き直った。
「フッフッフッフ! 確かに心臓3つは本物だったな。
・・・、2問目のヒントを削ってもいい。次の質問に答えろ」
「いいでしょう、何かしら?」
首を傾げたに、ドフラミンゴは硬い声色で問う。
「お前、おれに何をやらせようとしている?」
実態を得た”過去の亡霊”は笑みを深めた。
「捨て去った、あるいは思い出したくもない”過去の亡霊”との対話を」
「・・・その必要が、どこに」
「あなたは”事実”に目を向けていたけれど、それは”真実”ではないということよ」
は微笑みを解いた。
「”事実は真実の敵だ”」
その時、どういうわけかドフラミンゴには、のいるべき場所に男の姿が見えていた。
男の首の中心には、はっきりとした赤い境目があり、
ウェーブがかった髪は境目と同じ位置でざんばらに切られていた。
境目からは一滴、また一滴と——血が滴っている。
ドフラミンゴは息を飲んだ。
だが男の見た目と裏腹に、蓄えた口髭の下、紡がれる言葉が驚くほど穏やかに響く。
「”人生そのものが狂気染みているのなら、本当の狂気はどこにあるのか。
本当の狂気とは。
夢に溺れ現実を見ないのも狂気か。
現実だけを見つめ夢を持たないのも狂気か“」
幻は節くれだった指を組み、どこか優しげに、濁った目を細めた。諭すような仕草だった。
「“しかし最も憎むべき狂気とは、現実をあるがままに受け入れ、あるべき姿のために戦わないことだ“」
は今、”能力”を使えないはずだ。
ドフラミンゴが瞬きをすれば、それは錯覚だったのだろう。
母親に生き写しの顔が物憂うように俯いている。
ドフラミンゴの他に、男の幻を見た人間はいなかったようで、
横目で周囲を伺っても、誰も不審がるそぶりは見せていない。
それを見て、ドフラミンゴはなぜか安堵していた。
どうかしている。に、よりによって父親の面影を見るなど。
「我らが一様に狂気に駆られた結果として、今、蔑ろにした”真実”からの復讐を受けている。
そしてその真実とは、過去から汲み取るしかない。少なくとも、”今の所は”」
は顔を上げた。
「・・・あなたは過去の亡霊の語る真実に、耳を傾けなくてはならない」
ドフラミンゴがその時のに感じたのは、
異様な、得体の知れない寒気のようなものだった。
その寒気を覚えたのはドフラミンゴだけではなかったらしい。
トレーボルの杖を握る拳は色を失っている。
「・・・ゲームを続けましょう。
正解すればシーザーもシュガーも返してあげる」
は淡々と問題を告げる。
何もかも予定調和だと言わんばかりに。
「”第2問” 31年前、あなたに引鉄を引かせたのは、誰?」