幽霊と花畑までの道行
コロシアムの廊下。
フランキーとはオモチャの兵隊から話を聞いていた。
は顎に手を当てて、オモチャの兵隊の話を自分なりに整理する。
「つまり、この国で”妖精”と呼ばれているのは小人族で・・・、
正直な彼らの性質を利用され、ドンキホーテ・ファミリーからは
奴隷のように扱われている、と」
「端的に言えばそうなる。
私は彼らと協力し、工場を破壊するために計画を練っていた」
オモチャの兵隊はに頷いた。
フランキーは考えるそぶりを見せると、に目を向ける。
「ここで協力者を得られるのはおれたちにとっても悪いことじゃねェだろ?」
「ええ・・・小人達とでんでん虫で連絡が取れるなら、そうするべきだと思うわ!」
の提案に、オモチャの兵隊は首を横に振った。
「残念だが、小人にでんでん虫の文化が無いんだ。
君たちには我々のアジトへ来てもらわなくては」
「あら、そうなのね、」
目を瞬いたは懐中時計を取り出し、文字盤を見るとすぐに閉じた。
「うん、時間にはまだ余裕がありそうだから、それが良さそうね!
アジトはどこに?」
「”花畑”だ。警官には見つからぬよう慎重に進もう!」
「”花畑”? 妖精といい、えらくファンシーな国だな、ここは・・・」
フランキーはオモチャの兵隊を肩に乗せ走り始めた。
も足だけを幽霊に戻し、フランキーの横を並走する。
フランキーとがコロシアムの門を抜け、
通り過ぎようかと言うときに、誰かの声が響いた。
「兵隊さんっ!!」
「ん?」
フランキーが立ち止まる。
とオモチャの兵隊が、声のした方向へと顔を向けた。
声の主は女の剣闘士だった。
兜を被りマントを羽織っている。まだ若く、美しい少女だ。
「レベッカ・・・」
「え・・・?」
オモチャの兵隊の呟いた名前に、は目を瞬く。
オモチャの兵隊は重々しい声色で、レベッカと呼んだ剣闘士に告げた。
「会場内のリストは見た。・・・やはり、出場したんだな。
私は止めたぞ」
「私・・・! やるよ! 勝つよ! 兵隊さん!!
そしたら・・・ねェ、一緒に暮らそうよ!!!」
涙ながらにオモチャの兵隊に訴えかける様子には、
ただならぬ哀切が漂っている。何か事情がありそうだった。
しかし、オモチャの兵隊はレベッカから目を背けるように前を向いた。
「泣くような戦士に大会は取れん!
おい・・・! 先を急ぐぞ」
「あァ!? いいのか!? 泣いてるぞ」
フランキーはオモチャの兵隊の指示に従いながらも、頭に疑問符を浮かべている。
「だから急ぐんだ。
オモチャにだって守りたいものくらいはある。
・・・こんなブリキの目からは、涙も出やしないがね」
オモチャの兵隊の呟きにフランキーは口を噤み、先を急ぐ。
オモチャの兵隊もまた元人間であるのなら、
それなりの思いがあるのだろうと、その気持ちを汲んだのだ。
「・・・ 彼女は王族のはずよ」
「!」
は後ろを振り返りながら言った。
オモチャの兵隊が息を飲む。
「・・・ヴィオラ王女がリク王と、彼女の命とを引き換えに、
ドンキホーテ・ファミリーへと身を寄せたと聴いています。
それなのに何故彼女が剣闘士に・・・!?」
オモチャの兵隊は俯いた。
「・・・、君がどこまでこちらの事情を知っているのかは、もう問わない。
だが、この国についてある程度知っているのなら分かるはずだ」
オモチャの兵隊は一拍の間を置いて言った。
「ドフラミンゴがリク王家の末裔を野放しにしていると思うのか?」
はぐっと言葉に詰まった様子だ。
オモチャの兵隊は静かに言葉を続ける。
「だがヴィオラ様との約束をドフラミンゴは一応、守ってはいるのだ。
レベッカは”生きている”」
は目を眇めた。
「剣闘士として・・・奴隷のように扱い、見世物にしながら、
それを生かしていると言っているの!?
試合で怪我をすることも、”旧式”の試合であれば死ぬことだって有り得る!
その環境で、生かしていると!?」
眉を顰め、絞り出すように呟く。
その声は確かに怒りと、そして悲しみに揺らいでいた。
「詭弁だわ・・・!」
「ただでさえリク王家の血を引く者は今、ドレスローザでは罪人だ。
この措置を寛大だと言う者もいるほど。
・・・君のように、憤ってくれる者がいると思うと、少しは救われる」
は首を横に振った。
そんなものを”救い”などと呼んでくれるな、と言わんばかりだった。
「ドフラミンゴは、どこまで、」
やり切れないと、拳を握りしめたに、フランキーが釘を刺した。
「、気持ちは分かるが、少し落ち着け。
今は花畑に向かうことを優先させてもらうぜ」
「・・・わかったわ。ごめんなさい、取り乱して」
は深呼吸する。
少し落ち着きを取り戻すと、フランキーに提案した。
「フランキー、移動しながらで構わないから手分けして小人、
・・・妖精が仲間になることを伝えましょう。
皆がどう動いているかもそろそろ気になるし」
「そうだな。上陸してしばらく経つ・・・」
フランキーは懐から2匹のでんでん虫を取り出すと、1匹をに渡した。
まず、はグリーンビットへと向かっているはずのローへと連絡を取ることにする。
そう時間も経たず、でんでん虫が繋がった。
※
北東のカフェではローとシーザー、ウソップとロビンが一つのテーブルを囲み、
その隣のテーブルにはロシナンテとモネ、ヴェルゴが変装した状態で腰掛けていた。
男性陣には口髭、女性陣はサングラスと帽子という雑な変装ではあったものの、
今の所その正体がバレたり、騒ぎになることはなく、
カフェには穏やかな時間が流れている。
「いや、穏やかすぎるだろ」
ロシナンテがタバコに火をつけながら呟いた。
ローがそれに目線を合わせぬまま答える。
「同感だ。王が突然辞めたってのに、この平穏さはおかしい。
早くも完全に想定外だ」
「大丈夫かよ?!」
ウソップが眦を尖らせて突っ込んでいる。
「でも、カフェの店主の言うことが本当なら、
鉄橋に関してはドジ男さんの事前調査がだいたい合ってたみたいね。
闘魚の群れが住み着いているのは確かだとか」
カフェの店主から確認した情報を確かめるように呟くロビンに、
ロシナンテは決まり悪そうに頭をかいた。
「あー・・・ロビン。できれば”ドジ男さん”は止してくれ・・・」
「フフ、失礼」
ロビンは面白がるように笑っている。
それとは対照的に、ウソップは慌てたようにローに問いかけた。
「闘魚ってヤツは凶暴なんだろ!?
そんな危険な場所で引き渡しなんざ危なくねェか!?
引き渡し場所を変えたほうが良いんじゃ・・・?」
「そうだぞ! 引き渡される身にもなれバカ!」
シーザーもウソップに同調している。
「一応言っておくけど、一筋縄で行けるような場所じゃないわよ」
「まァ、行けなくはないだろうが勧めはしない」
モネとヴェルゴは忠告するように告げるが、
ローは誰の意見も聞くつもりはないのか、腕を組んで告げた。
「変えねェ。ここまで来てガタガタ騒ぐな」
「お前ふてぶてしいにも程があるぞ!?」
ウソップがローの態度に噛み付くと、ロビンが何かに気がついたように
通りから顔を背けた。
「ん? どうした、ロビ、」
ウソップの呼びかけを遮るように、ロビンは唇に人差し指を当てた。
静かに、と言うジェスチャーだ。
その様子に皆が通りへと目を向けると、
白い服に身を包んだ3人の男たちが颯爽と歩いている。
「!」
ローが眉を顰めた。
「『CP-0』・・・! 何しにここへ?」
聞き覚えのある単語に、ウソップが青ざめる。
「もしかして、・・・『CP9』と関係が!?」
「――その最上級の機関よ。
彼らが動くときに、良いことなんて起こらない」
ロビンのこめかみにも汗が滲んでいる。
「・・・確かに」
ローは難しい顔をしながらCP-0が立ち去るのを見送った。
その時、ロシナンテとヴェルゴだけはCP-0が動いた意味に気がついていた。
おそらく、天竜人としてのコネクションを、ドフラミンゴは使ったのだ。
ヴェルゴは横目でロシナンテを伺った。
ロシナンテは顔色を蒼白にしながら、唇を噛み締めている。
でんでん虫がかかって来たのは、そんな時だった。
ローは懐からでんでん虫を取り出すと、応答する。
『もしもし、ロー先生?』
でんでん虫の声の主はだった。
「どうした? 何か気になることでも?」
『ええ、協力者が現れたので連絡を!』
「協力者?」
首を捻ったローに、が答える。
『ドレスローザの妖精は私たちに味方してくれるみたい。
それから、オモチャの一部も。
・・・やっぱりドフラミンゴにとって都合の悪い人間が、
悪魔の実の能力でオモチャに姿を変えられていたのよ!
それからロシー兄さんが言ってた”妖精”の伝説の正体は小人族なの!』
「・・・!」
の言葉に2つのテーブルは驚きに包まれていた。
特にモネとヴェルゴの驚きはひとしおだった。
ローがその様子に、どうやらの話は本当らしい、と納得した様子だ。
ウソップがでんでん虫に感心と呆れの混ざった声をあげた。
「お前この短時間でよくそこまで調べたな!?」
『成り行きってやつよ! ついてたの!
親切な人、と言うかオモチャに出会ったものだから。ウフフ!』
弾んだ声で答えたにローは目を細め、頷いた。
「了解。それらしい奴を見かけたら、声をかけてみる」
『そうしてくれると助かるわ、ロー先生の方はどう? 何か気づいたこととかはある?』
の問いかけに、ローは首を横に振った。
「いや、今おれ達は北東のカフェに居るんだが、民衆に特に変わった様子はない。
・・・強いて言うなら、笑えるほど平穏だ。ただ、」
CP-0を見かけたことを話そうとしたローに、ロシナンテが待ったをかけた。
「ロー、にちょっと話がある。代わってくれ」
「・・・?」
ローは訝しむように目を眇めたが、ロシナンテはそれにすまなそうな顔をする。
ロシナンテに説明する気のないことが分かって、ローは小さくため息を零すと
に告げた。
「、コラさんが話があるらしい。今から代わる」
『あら、そうなの? わかったわ』
が頷くとローはでんでん虫をロシナンテに渡した。
ロシナンテは指を鳴らして、でんでん虫を受け取り、
”サイレント”を施してから話し始める。
「、ロシナンテだ。・・・CP-0が動いている」
『!』
はロシナンテの言葉に息を飲んだ様子だった。
ロシナンテは目を伏せ、言葉を続けた。
「そうなると、大体のことは想像がつくだろ?
奴らは・・・」
『・・・ええ、皆まで言わなくて結構よ』
とロシナンテは同じ考えに至ったらしい。
もし、ドフラミンゴが天竜人としての権力を行使したのなら、
新聞に七武海脱退の記事を書かせた後に、それを握り潰すことも容易だろう。
例えば、記事を誤報だと各島で説明させることも、そう難しいことではない。
「ハナから交渉が成立しているかどうかも怪しいぜ、どうする?」
ロシナンテの問いかけに、は別の疑問を返した。
『そのこと、ロー先生には忠告したの?』
「・・・いや、まだだ」
『・・・』
しばらくの沈黙の後、の声を作るでんでん虫は縋るような目をして言った。
『まだ、私は信じたい。せめて海賊としては、
交渉相手としてなら、私とドフラミンゴは、対等に、』
ロシナンテがその言葉に目を見開き、ぐ、と眉間に皺を寄せた。
思わず声を荒げ、でんでん虫に叫んでいた。
「! この後に及んで何言ってやがるんだ!? 相手はドフラミンゴだぞ!?』
『わかってる!』
の声もまた、揺らいでいた。
『わかってる・・・もう多分ダメだってことは。
でもまだ、決め付けるには早すぎるでしょう?』
「・・・」
ロシナンテは眉を下げた。
まだは、本当にドフラミンゴを信じたいのだろうか。
信じたところで、裏切られることは分かりきっていることだと言うのに。
言葉を失くしたロシナンテに、が静かに告げる。
『・・・作戦は半分失敗してもいいように立てているわ。
それに、妖精と言う協力者も手に入れた。様子を、見ましょう』
ロシナンテは硬く目を瞑ると、頷いた。
「・・・了解。」
『なぁに?』
呼びかけに答えるの声は、常の柔らかいものに戻っている。
ロシナンテは絞り出すように問いかけた。
「できるのか?」
その問いに、は小さく笑って見せた。
『ウフフ、できるかどうかは問題じゃないわ。
やるか、やらないかよ。それに・・・』
は淡々と答える。
それには固い決意が滲んでいた。
『また下手な嘘を吐くつもりなら、それなりの対処をするだけよ』